第16話 滋と征司の、過去と未来の交差
征司が学校から帰宅すると、縁側に父と滋がいた。
「そうは言うけれど、滋君。何の電子書籍を読んでいるかだとか、遊んでいるゲームの内容一つ一つを君のご両親が確認していたかい? それこそ過保護を通り越して過剰なエゴ行為だと思うんだが」
「確かに正論なんですけど――。いや、本当に俺もこのご時世にちょっとびっくりするようなレトロ的作りのゲームを選んでいてですね」
「たかがゲームじゃないか」
「……そこですよね。認識の違い。多分思い浮かべているゲームの絵が根本的に違うんですよ」
「滋君と話していると古巣を思い出すよ」
「それ、俺が父に似てるって言ってます?」
「ははっ」
「うわー……。いくら元上司相手でもエリート様は怒り狂いますよ」
「一介の農家に突っかかるなんて外聞が悪いんじゃないか」
父が珍しく意地悪そうな顔で楽しそうに笑っていた。征司は会話を邪魔しないように小さな声で「ただいま」と言う。父からの「おかえり」と返事を聞いて家の中に入った。
「うーわー……」
「ふてぶてしい?」
「征司君は、とりあえず父親には似ないで欲しいです」
「正直でよろしい」
「でもなぁ、征司君が予想外にコミュ力高いんですよね。最終的には蘆名さんっぽくなるんだろうなぁ」
「征司は征司にしかならないよ」
自分の名前が聞こえて、征司はリビングで足を止める。
「呼んだ?」
「滋君が、征司と父さんが似ているんだってさ」
「そうかな」
照れくさそうに顔をほころばせる征司を見て、滋が目を半眼にする。
「征司君、反抗期まだなの?」
「えっ」
「滋君の反抗期はいつだったんだい?」
「いや、俺も無かったんですけどね」
「絶縁状態の今がそうなんじゃないのかな」
「そう見えますか。でもただ単に家族内で生き方の相違があっただけの対立ですよ。少なくとも俺の中では」
父は肩をすくめて立ち上がった。滋と言葉を二言三言交わして敷地内の事務所へと戻っていく。
征司は改めて滋に「こんにちは」と挨拶した。
「やあやあ、征司君。おかえりなさいな」
「滋さん、うちに来るなんて珍しいですね」
「うん、まぁちょっと思うところあったんですよ。柄にもなく、ね」
少しばつが悪そうに滋は視線を山へと向けた。
征司は首を傾げながら隣に座る。ピーヒョロロとトビの声が山頂の上空から聞こえた。
「征司君は都会で暮らしたかったとか思ったことない? 征司君のご両親だって都会からの移住組でしょ。ご両親に都会の暮らしに戻らないのかって聞いてみたことないの?」
「いえ――」
否定の言葉を出したが、以前町で見た高校生の姿が脳裏をよぎり、今は外に興味が出始めている自分の気持ちを思い出す。
「……父さん達、前の仕事をしていた時は子供も出来なくなるぐらいストレスで体調がおかしくなっていたって聞いているから」
「ありゃ、不妊のこと結構ちゃんと聞いてるんだ。俺も、子供は諦めて色々リタイアした後にこっちで生活していたら奇跡的に征司君が生まれたって聞いてるよ。だから自分達が出来なかった育ち方っていうのかな。征司君の意志を尊重してあまり干渉したくないってスタンスもわかるんだけど、うーん……」
「あの、滋さんのお父さんと、父さん達は前の仕事場での知り合いなんですか?」
「らしいよ? 俺も父親の仕事なんて詳しくはないんだけど、その俺の知らないところでの繋がりで、征司君のご両親にお世話になって現在ここで暮らしてる俺です」
あっけらかんと言う滋だが、揉め事もあったのだろうなとは察せられた。
しかし次の瞬間、ハッとした滋は眉間に皺を寄せて渋い表情でうなり出す。
「親御さんの話するって最悪……。俺、定期的に無神経な奴になるってよく怒られるけど、今まさにそれをした」
「オオカミさんだ」
「あー、直近だとオオカミさんだなぁ。正解した征司君には、なんと! 俺のここに至るまでの失敗談を聞く特典が与えられます!」
「失敗談」
滋はコホンと咳払いする。
「むかーし昔――2年ぐらい前かな? に、無限わんデンって奴がゲーム実況界隈にいました。奴は実況者としても長く活動していて、それなりに他の実況者と友人知人と言える繋がりを持っていました。
そしてその繋がりの中で、とあるFPSゲームの大会にチーム戦で出場して優勝をしました」
「優勝! 凄いです」
「どもども。それでとあるゲームイベントの企業ブースに、チームでお呼ばれしていたりしたわけ。その会場にはゲーム会社だけじゃなくてVRやARとか色々な技術を提供する様々な分野の大企業やら大学やらも出展していました。
そこで無限わんデンは、有名大学の偉い大学教授に声をかけられてしまったのです。『やあ、里見君じゃないか』――リアルバレです。しかも生放送のカメラに入ってました。ネット中継されました」
「ネット中継……」
「まぁ、本名は既にネットで晒されてたんでそれは気にしてなかったんだけどね。
――それからです。SNSで無限わんデンが高学歴を鼻にかけて低学歴のメンバーを影でこき下ろしているといった、悪質な話が事実のように拡散されるようになったのは。
もう意味がわからなかったよね。マナーというか、無神経に職業や学歴について根掘り葉掘り聞いたりなんてしないから、こっちはチームメンバーの本名もあやふやなぐらいで知らないってのに何をこき下ろすんだか。
そのうち、チームメンバーから連絡が来なくなり、普段一緒にやっていた実況、そして大会のエントリーからもハブられ、グループから追い出されました。この事態に無限わんデンは、こじれたものはしょうがないと、その時は諦めました」
征司はためらいながら声をかける。
「悲しかったんじゃないですか……?」
「どうだろ。実況の友人は、どっかで切れるのはしょうがないって思ってたし。
でだ、ある日無限わんデンのSNSにタレ込みが入る訳だ。それは元チームメンバーの会員限定生放送の映像を録画した無断転載の動画だった。なんと悪質な話をバラまいていたのはそいつだったのです。
そいつは生放送で無限わんデンの追い出しが上手くいったと視聴者と喜んでいました。いわく高学歴野郎死ねだそうです。自分より良い大学行っている奴を潰すのが心底楽しいと笑っていました。無限わんデンの奴もこれには心が折れてしまい、ネットから失踪しました」
フーッと滋は長い溜息を吐き出す。
「聖人君子を友人にしてた訳じゃない。俺の前でさえ嫌な態度を見せないなら、別に陰で何を言ってても気にしない。
でも根も葉もない工作だの嫌がらせだの……もういっきに冷める? じゃないな、面倒臭くなったというか全部嫌になったなぁ。それでそんな奴がいる世界からさっと手を引いたんだ。
だけど、未練が残ったんだよねぇ。それまで実況が生活の一部だったからさ。吹っ切るためにも環境を変えようってこの山村に転がり込むように引っ越してきて……結局その1年後には復帰するっていう……こらえ性がなくってさ」
苦笑いしながら、滋は「やれやれ」と大袈裟に首を横に振って肩をすくめた。
「しかもいざ復帰したら闘志に火が点いちゃって、プロになってた嫌がらせの奴がゲスト出演する大会にわざと出て負かしてやりました。性格ド悪いでしょ」
「それで滋さんの気は済んだんですか……?」
「まぁ、正面から文句言ってもなぁ。口喧嘩して新たなモヤモヤ抱えたくなかったから、無言で殴り掛かった感じかな。後は知ったことかって優勝後に逃走。全て一般人に負けるプロのせい――って、オチがついたところで」
話し終わった滋は、一旦間を置いて首をひねった。
「……あれ。俺、征司君に目には目をの精神を話してたんだっけ?」
「好きなことからは無理に離れてもずっと好きなままだって話を」
征司の返答に、滋は虚を突かれたように目を見開くと身体を揺らして笑い出した。
「はははっ! そっか。そうなんだ。そうです! 俺はゲームが好きな人。それもプロとして大きな大会出ずっぱりより、おうちでゴロゴロ、みんなとゲームを共有してコメントであーだこーだみんながワイワイ言っているのを見てニヤニヤしながら遊ぶのが死ぬほど好きな人です。多分、視聴者が数人になろうと一生続けるんだろうなぁ」
「滋さんの放送、僕も好きです。視聴者の人も優しいですし」
「ありがとう。まぁ、うちのコメントは適度にNGを駆使して作ってる快適さなんだけどね。あ、NGと言えばプラネでまた腹抱えて笑った。ここ2、3日で俺の中の『PK御用達のクソゲーキル根』の偏見が木っ端微塵になってるんだけど」
滋は笑って征司の眼前にブラウザを浮かべる。
「あれ、これって」
「マナ・トルマリンの拡張現実ブラウザ。征司君もストアで共有便利機能を追加しとくといいよ。俺も他人とシェア系利用するの久々です」
滋が眼鏡型のVRマナ・トルマリンの縁を指でノックする仕草で教えてくれた。
ブラウザが開いているのはVRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』の公式サイトだ。トップには最新情報のリンク付きの見出しが記載されているのだが――
『《更新のお知らせ》
NEW・サブ戦闘職業枠の増加
NEW・有料スターターアイテム登場!(5月末まで500円で販売中)
NEW・サーバー名「アウタースペース」の名称を「スペースデブリ」へ変更
NEW・パッチノート動画(2xx1/05/17)追加
NEW・スキル封印解除イベントを「インナースペース」にて試験的導入開始(「スペースデブリ」には6月配信予定)』
(アウタースペースの名前が変わってる)
昨夜、色々と変更されたようだ。
しかしNG要素とはどこだろうかと視線を下げる。
『《不具合関連のお知らせ》
NEW・全サーバーのゲーム内掲示板にて「留年」「単位を落」「落第」の単語が製作者によって書き込み規制されている不具合を修正
NEW・「スペースデブリ」にてサーバー移転サービス不具合発生中』
「あっ」
「このインディーズゲーム、企業と同じで一応製作者と運営が別に動いてるんだね。NG設定を晒し首にされてるの酷くて笑っちゃうよ」
笑っていた滋は、「受験生なので他人事とは思えません……」と征司がポツリと呟いた言葉を拾い、目を瞬かせた。
「受験……するの? ネット通信高校に行くんじゃなかったっけ」
「えっ、あ……」
慌てて口を閉じたが、滋の真剣な表情に誤魔化せず、征司は小さく頷いた。
「町の高校……挑戦、してみたいなって少し……思ってて」
「征司君。それ、ちゃんとご両親に言うべき」
「で、でも。受けてもきっと落ちるから――」
「いやいやいや、そう思うなら余計に受けときなさい。その時しか出来ないことに失敗するのって全然恥ずかしいことじゃないんだよ。後々、周りを気にしてどうしてやっておかなかったんだって思いが残り続ける方が、ずっと生きづらいくてしんどいんだってば。快適な余生は10代で後悔の数をどれだけ減らせるかのやりこみにかかってるよ。こうしちゃいられない!」
ガバッと勢いよく立ち上がった滋は、征司の腕を掴んで強引に縁側から外へと引っ張っていく。急いでサンダルを履いた征司は、引っ張られるまま両親が働く事務所へと入った。
滋に背中を押されて、精一杯の勇気を振り絞り、遂に真っ向から町の高校を受験してみたいという気持ちを両親に告白したのだった。