第14話 デボンの庭園ダンジョン【※一部ホラー的描写有り】
※微かな表現でもホラー描写が苦手な方は、不快な思いはされないようこの話は飛ばして下さい。次回の掲示板回だけでも話の流れは掴めます。
ストーンサークルからダンジョンに入れば、――デボンの庭園―― と文字が表示されて消えた。
(庭園……? 森に見えるけど)
苔の生えた古い木々の森でシダ植物ばかりが生えている。森の先は森のように見え、広大な風景だ。
山に慣れたツカサも、平らな大地の密林は新鮮だった。独特のじめじめした重苦しさと、猿のような動物の声が微かに聞こえる。
「道……これでいいのか?」
えんどう豆が小さな獣道を見て呟く。
∞わんデンが「ちょい索敵してもいい?」とえんどう豆に断って、背中に背負っていた弓を持ち、四方に向かって射る。どれも直ぐに遠方に行って見えなくなったが、∞わんデンには弓矢の届いた先がブラウザに映像で表示されて見えているらしい。
「その獣道が進行方向で合ってるよ。あとこっちが俺達が来た入り口ね。見えない壁に1番にぶつかって出入り口表記あるから」
∞わんデンが指摘した方向が、自分達の背後ではなく左側だったことに驚いた。
先頭に立つえんどう豆がうらめしそうにうなる。
「スタート地点で方角ズラすって……いやらしい!」
「いやぁ、大変そうなダンジョンに引きずり込まれ――あっ」
∞わんデンは一旦口を閉じると、チラっとえんどう豆を見た。
「時にえんどう豆君、古い映画はたしなむかね」
「古いのはあんまり……え? 何の質問ですか……?」
「プレ○ターって作品は知らない?」
「何の質問ですか!?」
言葉の先を想像したえんどう豆は戦々恐々とする。
「視聴者のコメントで指摘が入ったんだけど、皆ホラー演出は平気?」
「ヒッ! ホラー!?」
えんどう豆が真っ先に悲鳴を上げた。雨月は平然と、チョコは目をまん丸くしながらも頷いた。
ツカサも明るい森の景色を見渡して頷き返す。
「びっくりはしても、真っ暗闇じゃないかぎり大丈夫……だと思います」
「そっか。知らないままだと怖いだろうから、ネタバレしよう。攻略サイトによると、デボンの庭園ダンジョンは姿の見えない何者かが常にプレイヤーの後をついてくる不気味なダンジョンなんだって。沼地にダイブするとまくことが出来るけど、まく意味はないってさ。……大丈夫? えんどう豆君」
「だいっ大丈夫なんでっ……さっさと、はい!」
焦った様子のえんどう豆が先頭を切って獣道を進んでいく。
「右前方からレベル6の敵が2」と∞わんデンが言うと、少ししてガサッと音を立てて、シダ植物の影からモンスター2匹が飛び出して来た。
どちらも〝魔菌糸キノコLV6〟。真っ白い毛に覆われた細長い棒のような大きいキノコが跳ねる。
えんどう豆が【宣誓布告】を使って魔菌糸キノコのヘイトを取った。騎士の【宣誓布告】のデフォルトは盾だったが、戦士は鉄槌がモンスターの眼前の大地に振り下ろされるという迫力のあるエフェクトだ。
戦士の武器は槌で、基本全身甲冑の騎士と違って鎧は上半身の胸元のみ。下半身はギリシャの民族風スカートのような薄着と革のサンダルという、カジュアルな格好のタンクである。
えんどう豆が攻撃を受け、雨月の【鬨の声】で攻撃力アップの後、チョコのカワウソの魔法攻撃と∞わんデンの弓矢の攻撃がなされる。ツカサは【祈り】の後に【癒やしの歌声】でえんどう豆に回復をかけた。
魔菌糸キノコはあっという間に倒れる。雨月とチョコのレベルが高いからだろう。
しかし∞わんデンは、チョコに首を傾げる。
「チョコさんや。レベル50台の召魔術士のダメージ量はそれが平均かい?」
「チョコは最底ラインスレスレより上になります」
「待って。人によってそんなに攻撃力に幅が出る職業なの?」
「召喚獣をハムスター型から別の動物姿にするにはスキルポイントを捧げるのです」
「予想外に剛の者だったのか、チョコさん」
チョコは誇らしげに口角と太眉をキリッと上げた。
不意に、全員が背後を振り向く。
視線を感じた。じっと待ってみるが、特に何も出てこない。木々が風に揺れるざわめきだけが聞こえるばかりだ。
「進もうか」
∞わんデンの一言で再び進み出す。
後ろから、ジャリジャリと誰かが歩いてついてくる足音がした。
振り返っても誰もいない。しかも誰かが後ろを振り返ると足音が止まるのだ。「始まったなぁ」と∞わんデンは苦笑いする。
この現象に、えんどう豆が死にそうな雰囲気を出していた。そこからは皆、言葉少なく何度か魔菌糸キノコとの戦闘を終える。
獣道にはところどころ道の端に沼地があったが、道は外れずに進む。たまに振り返ると靴の足跡が出来ていて、少し背筋が寒くなった。
ツカサは背後の足音の存在を極力気にしないように意識の外に出し、戦闘中に湧いた疑問を雨月に尋ねる。
「最初にタンクの人を回復する時、【癒やしの歌声】と【治癒魔法】で雨月さんは悩みませんか? 使い分けってどう判断したらいいんでしょうか?」
「敵のHPが高くて戦闘が長引くなら【癒やしの歌声】、緊急時や長引かないなら【治癒魔法】でいいと思う。でも神鳥獣使いなら基本的に【癒やしの歌声】で自動HP回復している時間を作って、攻撃に参加するといい」
「攻撃に、ですか?」
「ギルドでも攻撃魔法のスキルブックが多い」
「確かにいっぱいありました! ……でもヒーラーは攻撃をたくさんしてもいいものなんでしょうか……?」
ツカサは困惑した。攻撃はアタッカーの領分だと思っていたからだ。
ツカサの戸惑う顔をじっと見た雨月は顎に手をやり、少し考え込んだ後に言う。
「ネタバレになるんだが」
「えっと、構いません」
「次の戦闘は全部任せてもらっても……?」
「はい」
再び、魔菌糸キノコが3匹も現われた。しかも3匹ともレベル10でこのダンジョンでは1番高レベルだ。
えんどう豆がヘイトを取った瞬間、魔菌糸キノコ達の周りに音符がズラリとついた五線譜が現われて、頭上から青白い光が降り注いだと思ったらひっくり返って消滅した。
《神鳥獣使いがLV11に上がりました》
「え」
「は」
「?!」
∞わんデン、えんどう豆、チョコの3人はポカンとする。唖然としながら、後衛で話している雨月とツカサを見た。
「今のが【祈り】関連のスキルをもった神鳥獣使いの攻撃力になる」
「凄いです……。全体攻撃魔法ですか?」
「【波動のさえずり】は直線範囲。偶然敵が直線に並んでいたから殲滅出来た」
「範囲にも色々あるんですね」
なるほど、と納得していたのはどうやらツカサだけだったようで、ヨロヨロと近付いてきたチョコは驚きのあまり目を見開いている。
「チョコはクビです……?」
「え?」
「チョコ不要論……あるのです」
「ええ!?」
青くなるチョコに、雨月はゆっくりと首を横に振った。ツカサも「チョコさんは必要です」と急いで告げる。
そこでコホンと咳払いをして、放送のコメントを読んでいるらしい∞わんデンが口を挟む。
「今の攻撃なんだったのかなとか、どこで取れるスキルなのかとか聞いてもいい?」
「別に隠していません。今のは【祈り】を上位スキルに変化させた【波動のさえずり】です。神鳥獣使いが教会のご神体に【祈り】を使えば大体わかります」
「おお、答えてくれてありがとう」
ふと、ツカサはソフィアのことが気になった。
「そういえばプレイヤーキルをしている人は【祈り】を取れないんじゃ、ソ――その……」
「……暗殺組織ギルドのPKKは、【祈り】剥奪の対象外になってる。あのギルドは設定が教会関係者だから」
名前を出しかけて慌てて引っ込めたツカサの言葉を汲んで、雨月が答えてくれた。
このダンジョンで随分雨月とも話せて、距離が縮まっている気がする。連れて来てくれた∞わんデンに感謝だ。
獣道の突き当たりは池のような泥沼で、その中央には石の台座があり、灰色の宝石箱が乗っている。
ツカサは初めて宝箱なるものを見た。沼に入らなければならないのだろうかと考えていると、チョコのカワウソが飛んで宝箱を開けた。
《「LV7デボンの木の指輪〈VIT+2、INT+3〉」×3が手に入ります》
《ロットする》 《パスする》
(ロット……?)
ブラウザで表示された文字を見て、∞わんデンは「うーん」と軽く嘆息した。
「やっぱMOと違ってMMOだと個別配布じゃなくてロット形式採用してるのか。じゃあここは主催者の俺が決めます。フリーロット! お好きにどうぞー。
ツカサ君、フリーロットはロットとパス、どっちも自由に選択していいってことだから遠慮しなくて良いよ」
「ロットは、アイテムが欲しいって選択で合ってますか?」
「イエース! 合ってるよ」
「わかりました」
ツカサは《ロットする》の文字を押した。
『>>えんどう豆は〝99〟でロットした。
>>ツカサは〝71〟でロットした。
>>チョコは〝86〟でロットした。
>>∞わんデンは〝12〟でロットした。
>>えんどう豆、ツカサ、チョコは「LV7デボンの木の指輪」を手に入れた』
《「LV7デボンの木の指輪〈VIT+2、INT+3〉」を手に入れました》
(雨月さん、パスしたんだ。パスした人は名前が表示されないのか)
「ランダムで数字が割り当てられて、大きい数字の人が手に入れられるんですね」
「そうそう。要らない分は人に譲れて、目当ての物が欲しい人は他の人にパスをお願いしてゲット出来る便利システムではあるんだけど、悲しいかな横取りで揉める可能性があるんだよ」
突然ふっと、暗転した。その時背後で「……バイバイ……」と微かに声が聞こえる。
振り返ると平原だった。ツカサ達はダンジョンの外のストーンサークルの中にいた。
えんどう豆がキョロキョロと辺りを見渡す。
「あ、あれで終わり……?」
「結局デボンって何だったんでしょうか? 不思議な場所でした」
「足音の人物の名前だろうか」
雨月の言葉が、ツカサは答えな気がした。
「あそこがデボンさんの庭なら、僕たちが不法侵入者だったんでしょうか。だからついてきていたのかも……。最後、誰かバイバイって挨拶した声がありませんでしたか?」
「あったな」
「ヒッ!? 怖い話ヤメテ……っ!!」
震撼するえんどう豆に、チョコがカワウソを抱え上げて「撫でると落ち着くです」とカワウソの顔をえんどう豆のお腹に近付ける。
落ち着くならと、ツカサもオオルリをえんどう豆の方へと向けた。オオルリは軽く羽ばたき、えんどう豆の左側に寄り添う。コウテイペンギンの雛もえんどう豆の右足に身体を寄せた。
微笑ましいと思ったが、布を被ったえんどう豆との取り合わせは微妙にシュールなのかもしれない。
「まぁまぁ、えんどう豆君。もう終わったから安心して。いやー、お疲れさま! 短いダンジョンだったね。ボス的モンスターがいないのは低レベルダンジョンだからかな」
「チョコ、高レベルでもたまに遭遇します。プラネには、ボスがいない変なダンジョンがあるのです」
「ということは、これからもそういうダンジョンに当たる可能性があるのか。ボスがいないって外れっぽいなぁ」
∞わんデンはツカサに手招きする。ツカサが傍に行けば、∞わんデンが微かによそ行きの声で話し出した。
「さて、配信はここで終わるよ。この子が俺の友人で、これからはこのゲームを一緒に遊ぶ予定。生配信が楽なんで、レベル上げや金策とか1人の映像をダラダラ配信で流すのが基本になるかな。
動画投稿の方はまぁ、この友人とPTで遊んだ時は次から動画になる。今日は最初だったから友人の紹介もかねて特別に生にしたわけ。今後は他の配信と同じく、プラネの生配信もよろしくー。それじゃ」
∞わんデンはそこまで喋り終えると、ツカサに笑顔で向き直った。
「終わり! ありがとね、ツカサ君」
「いいえ、こちらこそ。これからよろしくお願いします」
「よろしく。えんどう豆君、雨月君、チョコさんもここまでご協力ありがとうございました」
改めて∞わんデンは3人にお礼を言った。「あ。でもまだ署名の協力が残ってたな」と苦笑しながら、傭兵団結成の署名の話を進める。
えんどう豆は署名の間中、オオルリに顔を向けたり、コウテイペンギンの雛の頭を右手で撫でながらカワウソを左腕に抱えてソワソワしていた。
∞わんデンと雨月とチョコに署名してもらった書類を受け取ったえんどう豆は、3人に報酬をトレードで渡し、頭をペコペコと下げる。
「あ……ありっありがとうございますっ……! これで俺、やっと自由なソロ生活を始められます……!!」
「うんうん。寂しくなったらいつでもこっちの傭兵団においで」
「えっ」
えんどう豆は驚いて顔を上げる。
「だってえんどう豆君、ツカサ君のフレンドだろう? 歓迎するよ」
笑顔の∞わんデンに、えんどう豆は俯いて「……はい……」と声を震わせながら頷いた。
その後、えんどう豆はどこかせわしない様子でログアウトしていった。
そして再び雨月とチョコ、そして∞わんデンが傭兵団「アイギスバード」に入団する。
早速《連絡ボード》で和泉の『鉱物・岩石・木材共有倉庫にあります。好きに持ってって下さいね!』という一文を見た∞わんデンの判断は、「損失分は弁償しなくていい」というものだった。
「ツカサ君が使った! 以上」
「えっ……!? でも」
「この人、金銭度外視に素材を仲間に貢ぐことが好きなギャザとみた。下手に補填なんてしたら、絶対気にする。気にして次からは倉庫に物を入れにくくなって、素材を提供するのが楽しかったのにつまらなくなる。結果居づらくなるかもしれない」
「僕の失敗なので、弁償したいって言ってもダメなんでしょうか」
「変な話になるんだけど、副団長の人は被害の当事者じゃないんだよね。素材を倉庫に入れた時点で自分の手から離れてるし、その倉庫から物を盗んだプレイヤーと面識もなくて嫌な思いもしてない。特に思うところもなくて「いない間にそんなことあったんだ」程度だと思うよ。
なのに、そこでツカサ君が謝った上に弁償したら困惑すると思うけどね。ツカサ君が弁償したいって気持ちもわかるんだけど」
「……」
「気になるなら、ツカサ君も負担に感じない程度に無償提供する側に回ればいい。副団長の人が使うようなものでさ。勿論、負担に感じるようになったら即スパッとやめること」
「はい……。色々考えてみて、そうします」
∞わんデンとツカサの会話を黙って横で聞いていた雨月とチョコは、感心していた。
「……勉強になります」
「チョコも初めての傭兵団でわからないことだらけです。木工品入れるのです」
「待って、雨月君。わかってると思うけど、PKの戦利品は入れないで自分で使うんだよ。雨月君以外が持っていたら揉める元だから」
それを聞いて、雨月とツカサは顔を見合わせた。
2人の態度に∞わんデンは笑顔を引きつらせる。
「おう、そこの2人。嫌な予感がするなぁ!」
明星杖の色々をツカサが話すと、∞わんデンは顔を手で覆った。