第10話 ヒーラーロール限定特殊クエストからの脱出
ログインしたら、暗い石室にいた。目の前には全身甲冑姿で顔も見えない兵士らしき人物が立っている。
「何故ここにいるのか、お分かりになりますね?」
「い、いえ……」
ツカサはぽかんとしながら答えた。
「あなた方は衛星信号機を破壊しようとしましたね?」
「え!?」
「とある砂人から告発がありました」
「しっ、してません……!」
慌てて首を横に振るが、兵士は「しばらく牢獄で頭を冷やして下さい」と言って取り合ってくれず、扉を開けて出ていった。
(ここは一体……?)
突然のことに呆気に取られたまま、暗い石室を見渡す。ログアウトしたのはネクロアイギス王国の教会の自室だったはずだ。
視界の中央上に砂時計が浮かんでいて《監獄ラプラプス1日目/朝》と表示されていた。
(監獄!?)
システムメニューなどのゲーム内の一切の機能が使えない。更にはツカサの装備も、ゲーム開始時の初期の服装に戻っている。
(どうしよう、外と連絡が取れない。滋さんと待ち合わせしているのに)
内心焦っていると、ギィ……と木の扉がきしむ音がした。扉がきちんと閉まっておらず、半分開いている。
ツカサは恐る恐る近づき、扉に触った。
《現在、スキル封印解放クエスト『衛星信号機のウイルスを除去せよ』が進行中です。1日目の朝はまだスキルが解放されていません。このままヒーラー限定特殊クエスト『シークレットイベント・牢獄からの脱出』に派生させますか?》
(スキル封印解放クエスト……? いつの間にこんなクエストを受注していたんだろう?)
スキルが使えなくなっているそうなので試しに【癒やしの歌声】を使ってみた。
そうするとオオルリが現われて「ピィーリーリー……ジッジ」と鳴き、くるくると回る五線譜がツカサを回復した。
「えっと……使える、けど」
思わずつっこみの声が出た。こんなに意味が分からないクエストは初めてだ。
静かに扉を開ける。壁にかかるランプの、ほの暗い灯りだけが光源の石の廊下は視界も悪く、カツカツと遠くで甲冑を鳴らす金属の音が聞こえた。雰囲気がかなり怖い。
《ヒーラー限定特殊クエスト『シークレットイベント・牢獄からの脱出』が受注されました》
《推奨レベル1 達成目標:看守に捕まらずに、監獄から脱獄する》
《あなたは【神鳥獣使い】です。この特殊フィールドでは【癒やしの歌声】【喚起の歌声】のスキルのみ発動します》
(徐々にHPを回復させる魔法と、沈黙・混乱・狂心・恐怖の精神的状態異常を回復する魔法だけしか使えないんだ)
床には大きな青い矢印マークが出ている。この矢印の方向に進んでいけばいいのだろう。
ゆっくりと、足音を立てないように歩き出す。ランプの光源は中に入ったロウソクの火のため、ツカサの影もユラユラと幽霊のように揺らめく。
真っ直ぐな通路は時折壁に隙間があり、身を隠せるスペースがあった。前方から近付いてくる甲冑の音に、急いでそのスペースに身を隠す。
すると、すっと甲冑の看守が通り過ぎた。看守を見送り、静かにスペースから出る。
(きっ……緊張する、このクエスト!)
通路を進むと、再び背後から足音がし始めた。先ほどの看守が折り返し、戻ってきたようだ。同じようにスペースに身を隠す。
今度の看守は、ツカサが身を潜めるスペース近くで不意に足を止めた。頭を下げて地面に視線を向けている。その動作に、今隠れたスペース近くには頭上にランプがあるのだと気付く。
ユラユラと揺れるツカサの影を見て、ついで看守はツカサ自身へと視線を定めると、ガッとツカサの腕を掴んでスペースから引きずり出した。
「うわ!?」
HPが3割減った。
(ダメージがある!?)
「脱走はいけません。牢まで戻りましょう」
腕を引っ張られて連れて行かれるだけで、どんどんとHPが減っていく。【癒やしの歌声】を慌てふためきながら使うが、手元が狂って自分以外に【癒やしの歌声】をかけてしまった。
するとランプの光は消え、看守はふらついてツカサの腕を放し、顔を手で覆いながら膝を折った。頭上にはグルグルと混乱と恐怖の表示が出て、ピヨピヨピヨとヒヨコのSEが鳴っている。
(どうして回復魔法でこんな風に!?)
驚きながらも、この隙にツカサは走って逃げた。暗がりのスペースを探すが、どこもランプが近くにあるものばかりである。
さっきの光景を思い出し、ランプに【癒やしの歌声】をかけた。フッと、ランプの光が消える。よく見ると、ランプの中のロウソクが火をつける前の長さに戻っているようだった。ロウソクにとって、火が点いている状態はダメージを受けているということなのだろう。
(他にも回復魔法で何か変えられるのかな)
再び動き出したらしい看守の足音が遠くから聞こえてくる。スペース近く以外のランプも消した。看守は消えたランプに必ず足を止めて、ランプに火を点す作業をしているようだ。
(足止めにもなるんだ)
通路のランプは全て消して進むことにする。矢印を辿って行くと、遂に出口とおぼしき扉が見えてきた。
「誰か! 誰かそこにいるのか!?」
扉近くの隙間のスペースから、男性の声が聞こえる。そこだけ細い通路になっていた。矢印からは逸れるが、気になるので声の方へと向かう。
細い通路を出た先は、また別の通路で牢の部屋が並んでいた。ツカサがいた石の独房と違い、鉄格子の部屋でまさに牢獄といった風情だ。
その中にいる平人男性がツカサを見て破顔した。しかしツカサは彼の顔と腕の金の入れ墨に顔を曇らせる。メインストーリーでツカサに銃を向け、スピネルを撃った人物だった。
「なぁ、頼む! ここを開けてくれ!! 逃げたりしない! ただ別の牢に入りたいだけなんだ! なのにここの看守共ときたら、俺が逃げる隙を窺っているなんて言って聞く耳を持たないんだよ!!」
鉄格子を掴んでガシャガシャと音を立てて平人男性が吠え立てる。
「この牢は嫌なんだよ! ヒソヒソと話し声が! 声がー!!」
遂には恐怖の形相で泣き出した。
ツカサは鉄格子の扉の鍵に【癒やしの歌声】が使えるかどうか、まず隣の空っぽの牢に試してみると鍵が開いた。いや、鍵が掛かる前の状態に戻ったといえる。それから彼の牢の鍵を開けた。
豹変しないか身構えたが、平人男性は「ありがとうありがとう」とすすり泣き、頭を下げながら隣の牢へと素直に移っていった。
(何か、あるのかな)
平人男性がいた牢へと足を踏み入れる。特に変わったところはないように思えた。しかし耳を澄ますと、ヒソヒソと誰かが囁く声が微かに聞こえる。これは確かに不気味で怖い。
声の聞こえる場所を特定しようと動き回って調べた。
(ベッドの下――ううん、床から……?)
ベッドの枕元付近の下にあたる石の床は、一部石の色が違う。まさかと思いながら、【癒やしの歌声】を試してみたら、その色が違う石の部分以外が消えた。
一瞬の浮遊感の後、別の地面にツカサは落下して尻餅をつく。驚きの声を上げる暇も無く見知らぬ地下の空洞にいた。
頭上を見上げると、牢屋の床が元の石のものに変わり再生されたようですっかり塞がっている。
(うわっ、これって戻れないんじゃ)
「――ョハハ――……ソニ――ゥオモ――……」
近くでブツブツと呟く声が聞こえてきて、ツカサはビクリと肩を揺らした。声の方を振り返るとローブ服を着て立っている何者かがいて、土壁に向かってブツブツと喋っている。
ギョッとしたが、頭上に狂心の状態異常の表示が出ているのに気付き、そっと【喚起の歌声】を使ってみた。
状態異常回復の魔法が掛かった途端、ローブの人物はピタリと喋るのをやめる。
そして少しの間の後、クルリとツカサへと振り返った。顔を隠したローブの人物はツカサをジッと見てから頭のローブをぬぐ。
現われたのは、緑色のサボテンのような奇妙な生物の顔で、丸く黒い目は昆虫の複眼を連想させた。人間、でいいのだろうか。かの人物は口を開いた。
「親愛なる同士、種人じゃないか! こんなところで会うとは数奇な巡り合わせだ」
「えっと、こんにちは……」
「こんにちは。おや、ここは……? 深遠への祈りに夢中だったか、小生はいつの間にやら足が勝手に巡礼をしていたらしい」
キョロキョロと辺りを見渡す相手に、ツカサは尋ねた。
「【祈り】? 巡礼……ですか?」
「勿論、主君の英知と棺の無事な完成を祈ってさ。種人なら同士もそうだろう? きっとそうさ」
ツカサの戸惑う様子に、相手は首を傾げる。しかし直ぐに「ああ!」と合点がいった風に手を叩いた。
「
小生は苔人のパラサイトという。主君が与えた
パラサイトはそこまで笑って喋ったかと思うと、次の瞬間にはテンションを下げてハァと嘆息した。
「聞いているぞ。主君が長き眠りにつかれた後に、厄介な種族が惑星に到来したそうだな」
「厄介な種族、ですか?」
「
「かげびと?」
「ああっ、哀れな同士だ! 姿形を模倣する影人が、地上で正体を騙って我がもの顔で歩いていても分からないのか。
――かれこれ地上では千年になるのか? だが主君は誰も目覚めては下さらない。やはりあの
パラサイトはグスリと鼻をすする音をさせる。
その言葉には初めて聞く用語がたくさん並んでいた。どう考えてもメインストーリーに関わる重要な話をされていて、ツカサは内心戸惑った。これは突発的なクエストではないのだろうか。
「この惑星の空気に含まれた合わぬ菌に完全に適応する身体を得るため、主君は皆、作り変えの棺に入ってお眠りに――」
ふっと、パラサイトが真顔になって頭上を仰ぎ見た。
「地上が騒がしい」
「え」
「同士よ、静かな外に出たいならこちらだぞ」
パラサイトが地下空洞を歩き出した。ツカサは後についていく。緑の苔がびっしりと生えた行き止まりの空洞に辿り着くと、パラサイトは壁に向かって何かを呟いた。ブワンッと機械音が鳴って複雑な魔法陣が浮かび、土壁が消えて階段が現われる。
「さあ、ここから外に出られる」
「はっ、はい。ありがとうございます」
「気にすることはない。親愛なる同士よ、再会の縁が上手く巡ればまた会おう」
階段を上ると、視界が真っ白になった。
《ヒーラー限定特殊クエスト『シークレットイベント・牢獄からの脱出』を達成しました!》
《達成報酬:称号【密かなる脱獄者】を獲得しました》
《ヒーラー限定特殊クエストにより、プレイヤー名「むっつー」、「アリカ」、「バード協会9」、「雨月」が強襲脱獄に成功し、【脱獄覇王】の烙印を押されました。
彼らプレイヤーは強襲脱獄の際に武器庫からデスペナルティ下方修正前のベータ版PK武器を取得しています。ベータ版PK武器に関して、詳しくは公式サイト「プラネット イントルーダー・オンライン」の特殊武器一覧ページをご参照下さい。
PK強化に関わる武器のため、【脱獄覇王】の称号を得たプレイヤーが出る度に、プレイヤー名を公開アナウンスさせていただきます。
また対象プレイヤーで告知を不快に思われる方は、ベータ版PK武器を破棄して下さい。破棄した際に【脱獄覇王】の称号も消えます》
怒濤のアナウンスに、しばし茫然としてしまう。
ツカサがいたのはネクロアイギス王国の港だった。他にも約10人ほどのプレイヤーがそこにいて、全員が初期装備で鳥や杖、水晶玉を持っているのでヒーラーなのだと分かる。
それぞれ肩の力が抜けたように座り込んだり、溜息を吐いたり、思い思いに叫びだした。
「一体何だったんだ……」
「スキル封印解けたよぉ!」
「本当良かった……っ」
「もう一時はアウターでどうなるかと」
「別の称号貰えるルートあったのかぁ! やり直ししたいっ」
「俺はっ、スキル解除されたぞおぉぉぉぉ!!」
1人の白魔樹使いが、海を眺めながらポツリと呟く。
「正木洋介をBLしたい……」
その発言に吹き出したプレイヤーの声を皮切りに、皆が笑い合って、和やかな雰囲気で海に向かって製作者を罵倒するというおかしな光景が港で繰り広げられたのであった。
ツカサを含めて数人は叫ばず、回復魔法を使ってエフェクトを彼らに添え、何となくその場を盛り上げる。
最後は全員でヒーラーの回復魔法を空へと放って解散した。特に意味はないのだが、何故か楽しい一幕だった。
合流した無限わんデンからは「チュートリアルが終わった途端に監獄に放り込まれて、むせるほど笑ったわ」との所感をもらった。