第9話 無限わんデンの苦言と救援
VRマナ・トルマリンの『無限わんデン』のホームに、ハリネズミのアバターの『ツカサ』として訪れていた。
そこは《レトロのゲーム部屋》というホームで、どこかの和室の部屋というコンセプトのものだ。畳の床に丸いちゃぶ台、壁の柱にはハトの柱時計がかかっている。分厚いダイアル式テレビと、赤色の線があるクリーム色の四角いゲーム機などが家具として設置されている。
無限わんデンのアバターは、驚いたことに現実の滋の姿をイラスト風にデフォルメしたオリジナルのものだった。そして一緒に買いに行ったTシャツを着ている。
顔を公開しているゲーム実況者なので、偽物対策も兼ねてアバターもリアルそのままなのだそうだ。
ツカサは出された座布団の上に正座し、ちゃぶ台を挟んで無限わんデンと向き合った。
「征――いや、ツカサ君か。俺のこともリアル以外ではわんデンで頼むよ」
「はい、わんデンさん」
「うーん、リアル友人とアバター空間で会うのって変な感じだなーとかしみじみと思っちゃうもんだな」
ハハハっと朗らかに笑う無限わんデンに、ツカサは『プラネット イントルーダー・オリジン』での傭兵団のトラブルを話した。
ツカサの相談内容に、無限わんデンが次第に渋面になる。聞き終わった後は額に手をやり、眉間に皺を寄せた険しい表情で首を横に振っていた。
「……傭兵団って、要はクランか。作っちゃったのか。それもよりにもよってリーダーで」
「はい……」
「ソロなら問題無いんだけどなー……」
「僕が団長なのが問題なんでしょうか」
「厳しいことを言うと、YES。オンラインゲーム初心者に務まる立場じゃないんだよ。実際、ツカサ君が問題行動を起こしたって自覚はある?」
「倉庫に鍵をかけず――」
「違う。倉庫のものを盗んだログを見た時に、クラ……いや、倉庫から物を盗んだプレイヤーを退団させなかったことだよ。退団させて、BL入れて、倉庫のログをスクショして運営に通報。リーダーとしての動きがまるで出来てない。
決断力の無さは致命的だったし、あと直接問題起こしたプレイヤーと話すなんて他の傭兵団のメンバーにとって迷惑行為でしかないから」
「迷惑行為……」
「ツカサ君との言い争いで所属してる人達が逆恨みされたら困るでしょ。取った取られたの話し合いなんてね、当事者同士だけじゃどうあっても平行線で終わるからさ。無駄な上に不利益になる行動を率先してリーダーがしちゃダメだよ」
無限わんデンの苦言に、ツカサはそこまで考えが及んでなかった自分自身のうかつさに背筋が凍る思いがした。
「えっとPKの雨月君だっけ? 意図的ではなかったかもしれないけど、リーダーのツカサ君からタゲを逸らして個人でヘイトを取ってくれた彼には感謝するべし! ってこと」
「……はい……」
「大体ツカサ君、リアルで似たようなことあったら話して分かってもらおうなんてことする?」
「……しないと思います。怖いですし、物を盗まれたなら警察に連絡します」
「だよね。でも、ゲーム内ではとっさに話し合おうと思ったわけだ。どうしてなのか、自分で理由は何となく出てくる?」
ツカサは考え込む。それから、おずおずと口を開いた。
「……同じゲームを遊んでいるから、気持ちを分かってもらえるんじゃないかって、根拠もなく思っていた気がします」
「同じ目的を持った一体感か、仲間意識ってやつだね。ところがどっこい、ことオンラインゲームに関しては根本的にプレイヤーの意識は真逆なんだよ」
「真逆、ですか?」
「極端に言えば、自分こそが主役。他人はNPC。誰よりも利益を得るのは自分でなくてはならない――それがプレイヤーの根本的思考」
ツカサは目を丸くする。その様子を無限わんデンは微笑ましそうに目を細めて笑い飛ばした。
「どぎつくてびっくりした? でもまぁ、リアルの人間関係も基本こんなもんよ。そういう意味では、ツカサ君のご両親の言うように痛い目みる良い教材なのかもね。ツカサ君はもっとどぎつい目に遭って、後々村の外でトラブった時のために耐性を作っておこうねってことでさ」
「トラブルは必ず起こるんでしょうか?」
「起こる起こる。トラブルない人間関係って、それもう絡んだことない赤の他人ぐらいしかありえないから!
ゲームに話を戻すけど、ツカサ君がソロじゃない傭兵団を作ったのが問題だと思ったのもそれなんだ。どんなに仲良いフレンドと作っても、利益が付随する集まりである以上、何かしら揉める瞬間がくるはずなんだよ。
しかも揉めない場合はさ。気配りやの誰かが黙って利益を譲ってくれてるってわけ。リーダーはそこをちゃんと把握して、還元出来ることなら還元するのが重要な役目なんだよ。色々な形でさ。
じゃないと不満貯め込んで、突然傭兵団辞めたり、引退しちゃったりしちゃうんだよ。いつまでもフレンドがログインするのが普通だと思うなってね」
無限わんデンの最後の言葉に、和泉を思い出してドキリとした。暗い気持ちになって俯く。
「倉庫が目当ての、形だけの傭兵団のつもりだったんですが……副団長も任せてしまって、すごく迷惑に思っていたかもしれません」
「最近ログインしなくなったっていうサブリーダーか。まぁ、それはドンマイというか……。傭兵団作るのはツカサ君が発案?」
「いいえ。勧めて下さったフレンドの方がいて。えっと、傭兵団を作らないとハウジングが買えないゲームなんです」
「あ、納得。ハウジング絡んでるのかー! そりゃゲーム初心者にも作るの勧めちゃうよな。それにツカサ君のリアル社会性の無さ具合を相手は全く知らない訳だし、しょうがない。そのフレンドも傭兵団に?」
「いえ。その人はゲーム内で特殊なギルドのギルド長をしている方なので、傭兵団には入れない人なんです」
「――前言撤回。自分が出来ることは他人も出来るだろ系のオーソドックスなネトゲ住人の匂いがした。うちのピュア初心者になんつーもん勧めてくれたんだ……!」
「でもその方は良い人で……」
そう言いかけて、ツカサは言葉を詰まらせ再び俯いた。本当にそうなのだろうかと、ソフィアには失礼だが人の見る目の無さに思い至って、疑心暗鬼になる。
すっかり気落ちした様子のツカサに、無限わんデンはコホンと咳払いしてから芝居がかった老人風の渋い声色を作って喋り出す。
「副団長もログインしてないし、嫌なこともあった。別にこの世の中にゲームはプラネだけではない――」
ツカサが驚いて顔を上げると、きっと元ネタがあるであろう台詞を、ニヤリと不敵に笑って言った。
「嫌なら辞めてもいいんじゃよ?」
「やめません」
はっきりとした返事を声に出せば、すっと胸が軽くなった。
無限わんデンは間髪入れずに返ってきた否定の言葉が面白かったのか、腹を抱えて大笑いしている。
「やっぱそうでないと! うっし、じゃあもう俺もプラネやっちゃうぞー。ツカサ君の友人代表、いや兄貴分を名乗っちゃうもんね」
「わんデンさん……」
「ツカサ君のご両親の言い分もすごく分かる。でもさ、俺の本音としては教材なんて考えは、ゲームに対してするもんじゃないって思ってるよ。はっきり言って好きじゃない。
ゲームはさ、もっと純粋に楽しむ娯楽だよ。感動があったり、驚愕させられたり、イライラさせられたり、鬱に叩き込まれてトラウマ作らされたり、感情を動かされるから面白い。
そ、面白ければいいじゃん。だからツカサ君がのびのびとへこまされたり楽しく遊べるように適度にアシスト役をやりたいんでやらせてもらいます」
「ありがとう……ございます」
「そんな身構えないで。そもそも一緒に遊ぼうって話してたじゃないか。気軽に遊ぼ。
俺もプラネで動画投稿するつもりだし。丁度3本のゲームのうち、1本が終わったんだよね。ストックも無いから丁度良き良き」
無限わんデンの笑顔に釣られて、ツカサも笑った。ほっと安心した自分自身の感情を自覚して、誰かに迷惑をかけるぐらいなら辞めるべきなのではないのかと、ツカサこそが『プラネット イントルーダー・オリジン』を続けるか悩んでいたのだと気付かされる。
明日、無限わんデンと一緒に遊ぶ約束をした。待ち合わせ場所はゲーム内のくだんのネクロアイギス王国の中央広場だ。
そんなツカサ達の話の裏で、VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』が再びSNSを賑わせ、また少し妙な知名度を上げていたのであった。