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第3話 1人のフィールド散策ハプニング

(和泉さん、どうしたんだろう。忙しいのかな……それとも体調を崩してる、のかな)


 昨日に引き続き、今日も和泉はオフライン状態だった。

 思えば、和泉とは初日からずっと一緒に遊んでいたのだ。ソロで遊んでいる時も、パーティーを組んでいたり、チャットで話したりしていたので、ツカサは寂しくなった。

 上がり症の和泉は人と面と向かって話すことを苦手にしていたが、積極的に人と会話をして改善しようと頑張っていて、そんな和泉から一言も連絡がないのは心配になる。



 以前マーケットボードに出品した釣り針は既に全て売れており、昨日出品したタガネの7本も1本1万Gという高さだったが完売していた。タガネは他にHQを売っている人がちらほらいて、その値段を参考にさせてもらっている。指輪は和泉に渡してからと思っているので保留だ。

 ツカサはマーケットボードで投げ売りされていた1Gの木の竿と30Gの生餌を30個を購入した。その際、他国でのマーケットボード利用料を300Gほど差し引かれる。このままルゲーティアス公国で釣りをしたかったので、利用料は気にしないことにした。


 それからルゲーティアス公国の東の門を通り、フィールドに出る。地図によれば、近場に川があるようなのだ。その川はルゲーティアス公国の生活用水になっているらしい。


 うっそうとした森が広がる。

 職業を彫金師から神鳥獣使いに変えた。採集や生産職業だとPKの対策にはなるが、代わりにノンアクティブモンスターがアクティブに変わって襲われやすくなるので、やはりフィールドを移動する際は戦闘職が安全である。いるかいないかのPKの怖さより、常にフィールドにいるモンスターの方が怖いのだ。

 現われたオオルリはツカサの肩に乗り、キョロキョロと森を見渡すと羽づくろいを始める。その様子を眺めながら石畳の街道を進めば、川が直ぐに見えてきた。

 浅く川幅があまりない川には、めがね橋がかかっている。魚がいるようには見えなかったが、坂を下りて川辺に近付いた。


 いくつかの石がほんのり光っている。手に取ってみるが名前表記も出ず、一体何なのかよく分からない。しかし手の中から消えて所持品に入る。一応目につく光る石を拾うことにした。



《【鉱石採集(生産)】がLV2に上がりました》



(鉱石! 後で何の鉱石か彫金師になって確認しよう)


 称号の【博学】の効果『鉱物の採集率上昇』の影響か、拾った数よりも明らかに所持品の中に収納された数は増えていて嬉しくなった。



 アクセサリー装備から、古ファレノプシス杖を一旦外し、木の竿を装備する。杖と竿が同じカテゴリーでどちらか一方しか装備出来ないのは、やはりどちらもオマケ的な装備要素だからだろうか。


 前に作った「袖針HQ」を釣り針にして、「ワーム」という名の生餌をつける。名前からリアルなミミズを想像していたツカサは、謎の四角いピンクのキューブに首を傾げつつ針につけて、ぽちゃんっと川に投げ入れた。


(練り餌……? でもそれなら「ワーム」って名前をつけないか。釣り餌のリアルな虫が苦手な人もいるから、配慮してこうなってるのかも)


 川の中で石の間からザリガニが出て来て、くいっと糸が引っ張られる。川が浅いせいで釣り上げる前から釣れるものが見えていた。

 竿を持ち上げる。釣り上げたザリガニは、途中でボチャンッと川の中に落ちてしまった。


「あっ」



《【基本採集基板】を取得しました》


《【基本採集基板】の【釣り人LV1】を取得しました》



 もう一度、生餌をつけて挑戦してみる。するとさっきのザリガニがまた出て来て餌を引っ張った。

 今度はそろりと引っ張り上げるのではなく、勢いよく一気に川辺に上げた。



《「異星ザリガニ」×1を手に入れました》



(釣れた……!! ……けど、魚じゃない)


 まだ餌はある。種人用折りたたみ脚立を所持品から出して椅子代わりに座り、じっくり腰を据えて、釣りを続けた。

 しかしザリガニばかりが石の影から出てくる。ここはザリガニの沢なのだろうか。

 のんびりと川のせせらぎに耳を澄ませて、水面の揺らぎを眺めていたら、


「うわああああっ……!!」


 と、頭上のメガネ橋から悲鳴が聞こえた。見上げると、必死の形相でルゲーティアス公国の方へと駆け抜けていくプレイヤーの姿がかろうじて目に入り、その背中は小さくなっていく。

 突然オオルリが「ジッ」と鳴いた。次の瞬間、バシャーンッと派手な音と共に目の前に水柱が立ち、水しぶきが降る。メガネ橋から100cmはある大きなカマキリのモンスターが落ちてきたのだ。

 頭上の〝魔虫モリカマキリLV60〟の名前と、そのHPの下のヘイトゲージのバーがツカサに対して赤になっていることにぎょっとした。敵視が来ている。

 ツカサよりも素早い魔虫モリカマキリが、鋭い鎌を横に滑るように振り抜く。とっさに後ろに下がって、視覚的には避けられたツカサだったが、避けた判定にはならずに一瞬にしてHPが消し飛んだ。


(そうだっ、回避スキル持ってない……!!)



《【基本戦闘基板】に【物理攻撃回避LV1】(5P)のスキルが出現しました》



 だが即死はせず、HPが1割だけ残る。称号【死線を乗り越えし者】の効果が発動していた。



《【基本戦闘基板】に【物理攻撃防御LV1】(5P)のスキルが出現しました》



 ツカサが回復の詠唱をする前に魔虫モリカマキリの鋭い鎌に襲われ、HPが0になる。ツカサはその場にうつぶせに倒れた。

 魔虫モリカマキリのヘイトゲージのバーは黄色になり、魔虫モリカマキリは坂道を登って森の奥へと去って行く。



《戦闘不能になりました。所属ギルドに戻ります》

   《はい》 《いいえ》



 初めての死亡だった。身動きが全く取れない状態で目の前に表示される選択肢にどうやって答えればいいのか、直ぐには分からなかった。

 その時、リィンッと鈴の音がする。



《プレイヤー「アリカ」より【復活魔法】がかけられました。復活しますか?》

   《はい》 《いいえ》



「は、はい……!」


 返答の声だけは出せた。するとツカサの身体が柔らな光に包まれて、ふわりと浮き上がり、自動的に立ち上がった。



《【基本戦闘基板】に【自動復活LV1】(10P)のスキルが出現しました》


《【特殊戦闘基板〈白〉】に【復活魔法LV1】(5P)のスキルが出現しました》



 ツカサは慌てて辺りを見渡し、「ありが……」と感謝の言葉を言いかけたが、どこにもくだんのプレイヤーらしき人物が見当たらなかった。


 狐につままれたかのように、再度キョロキョロと周りを見渡して探すが見つからない。

 すると、東からこちらへと走ってきたプレイヤーがメガネ橋で止まった。

 白髪をツインテールにした白いローブの種人女性だ。青色で『シロウサ』と名前が頭上に出ている。古木のような杖を持っているので白魔樹使いだろう。

 彼女はツカサを見下ろすと眉間にしわを寄せて「チッ」と舌打ちし、身を翻して走って行った。ツカサは何が何だか分からず、ぽかんとする。

 その時、ラッパの音が鳴った。



《期間限定イベント『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』の最初の会談がありました!

 三国の貢献ポイントが1000Pに到達し、他国との会談準備が両国共に整ったことで発動しています。それぞれの広場にて詳細な情報が得られます。


 この会談により、突如として現われた北東の新大陸の支配権を巡り、三国は表立っても争う姿勢となりました。

 新大陸において、PKとPVPが解禁されます! 他国のプレイヤーを倒すごとに貢献度ポイントが得られるようになりました。

 ただし貢献度ポイントは対戦相手と人数が同等でない場合、得られません。

 またサブアカウントキャラクター及び同アカウントのキャラクター同士による同時接続での戦闘を行った場合、不正行為と見なし、アカウント停止処分とします。



 現在の前哨戦結果:ネクロアイギス王国……2100P

          ルゲーティアス公国……1610P

          グランドスルト開拓都市……1000P》



 イベントのアナウンスにハッとして、冷静になったツカサはネクロアイギス王国に戻ることにした。

 中央広場の噴水前にテレポートする。既に何人かプレイヤーが集まっていた。

 ゲームキャラクターの街の種人男性が声を張り上げて新聞を配っている。


「号外ー! 号外ー!! 三国会談があったよー!!」


 彼の前に、プレイヤーが一列に並んで新聞を受け取っていたのでツカサも列に並んだ。

 通行人のゲームキャラクター達は、プレイヤーの列に怪訝な顔をしたが同じように列に並んで号外を受け取り、「戦争になるのか?」「怖いわね」とヒソヒソ話していた。

 もらった号外新聞は、この世界の言語で書かれていて読めない。しかし、新聞の上に小さなブラウザが浮き、会談の映像の一部が映る。


 ネクロアイギス王国のスピネル国王と、ルゲーティアス公国の元首ルゲーティアス公、グランドスルト開拓都市の代表カルゴヴァロスという各国家のトップが同じ円卓につき、それぞれの新大陸への見解を述べて、意見を主張する映像だ。

 初めて見たルゲーティアスはヒゲをたくわえた厳格そうな老人で、カルゴヴァロスは上品にしているが目付きが鋭く野性的で、大柄な中年の男性だった。

 そんな2人を睥睨し、スピネルは強い口調ではっきりと断言している。


「我が国は、海から浮き上がった新大陸である以上、あれは海人の領土であるという主張を崩さぬ。海同様の身勝手な領土権を主張するのであれば、どの国だろうと容赦はしない」


(ルビーだ。本当に王様やってる……)


 和泉がここにいたら何て言っただろうかと、映像を見ながらツカサは和泉のことを想っていた。

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