第1話 AIロボット・アンドロイドに、ゲームは娯楽たり得てるか否か?
5月12日。里見滋が山村に帰って来た。
今日は母の日でもあるので、蘆名征司と北條カナは学校帰りに連れ立って生花を育てている農家の元へ行き、母へのプレゼントの花を購入してから滋に会いにコンビニへと行く。
するとコンビニ前で滋が、郵便局のアンドロイドの宮本サンに怒られていた。
『ロボット愛護法を知らないとは言わせません。出るところに出ますか?』
「すみません!! 本当にごめんなさい!!」
『謝るのはオオカミさんにでしょう』
「オオカミさん、ごめんなさい」
滋に深々と頭を下げられた犬のシベリアンハスキー型の警備ロボット『オオカミさん』は、『ワフッ』とひと鳴きして尻尾をゆるりと振った。
征司とカナは顔を見合わせ、3人に遠慮がちに近付く。
「……おかえりなさい、サトちゃん」
「滋さん、お帰りなさい」
「お! ただいま、2人とも。遠征成果はカードゲーム世界4位止まりだったよー。ちょっと待って、お土産持ってくるわ」
コンビニの中に消える滋の背中を見送りながら、カナが宮本サンに尋ねる。
「サトちゃん、わるいことしたの?」
『ええ。留守の間、シェアハウスで一緒に暮らしているオオカミさんを家から閉め出していたんです』
「え!?」
驚いてオオカミさんを見る。オオカミさんは、いつも通りの凜々しい顔でベンチの傍に座っていた。
『シェアハウスを完全にロック施錠して旅行に行ってたんです。犬用の出入り口までロックされるとは知らなかったそうなので故意ではないんですが、言い訳があまりにも許容し難かったので怒りました』
「言い訳ですか?」
『セルフに切り替えたコンビニが開いてたから大丈夫だっただろうと言ったんですよ。コンビニは家ではありません。なのに、オオカミさんが雨風がしのげればそれでいいと思っての発言をしたんです。
これだから都会育ちは困ります。無意識に動物型のロボットを物のカテゴリーに入れて扱うのですから』
宮本サンが呆れたように首を横に振る。
しかし、その言い様は何かが違う。そう思った征司は口を挟んだ。
「滋さんは、物扱いしたんじゃなくて本気で大丈夫だと思ったんだと思います。多分、滋さん本人がコンビニの店舗で寝泊まりしても平気な人だから……」
「このあいだ、お洋服買いに行ったときもコンビニから出てきたもんね。おうちのイスもレジに持ちこんでるもん。きっとおふとんもあるよ」
『そんなことをしているんですか!? 職場でしょう!?』
「サトちゃんには、コンビニはもうひとつのおうちなんだよ」
カナは力強く言い切ると、オオカミさんにかがみ込んで、「オーちゃん、おこってる?」と尋ねた。オオカミさんは首を横に振る。滋に怒ってはいないようだ。
宮本サンは眉間に皺を寄せて嘆息し、征司に心配そうな視線を向けた。
『あまり里見さんの悪い影響を受けないで下さいね』
「悪い影響、ですか?」
『VRMMOのゲームを始めたとバス内でも話していたじゃないですか』
「『プラネットイントルーダー』は悪いものじゃないです。楽しいです」
笑顔で答えるツカサに対して、直ぐさま内部のネット機能でタイトル検索をしたらしい宮本サンは顔をしかめた。
『〝疑似細胞信号電波音〟を使っているゲームじゃないですか。製作者はAIロボットに娯楽不要論の差別主義者なんじゃないですか?』
「え……?」
『疑似細胞信号電波音は、人間の脳がないと遊べないんですよ』
「何ナニ? AIロボットはチートかどうかって話?」
滋がカラリと笑いながらコンビニから出て来る。
宮本サンは滋の言葉に『ああ、なるほど』と相づちを打った。
『そちらの観点からの排除ですか。それなら納得しました』
「オフゲーじゃないなら重要っしょ。俺は疑似細胞信号電波音をキル――いや、プラネが採用してるとは知らなかったな。もっと宣伝すればいいのに」
「あの滋さん。チートってなんですか?」
「不正行為のこと」
「ロボットがゲームで遊ぶのは不正行為なんですか?」
「ゲーム内で他者と競い合う、差が出る、個性が出るゲームにおいては、やっぱ不正行為者じゃないかね。実際生まれた時から差がある有象無象の人間と違って、あっちは全員高スペックで大量に同レベル体が存在してんのよ。最初から立ってる領域が違い過ぎる」
「高スペックで差がないことが問題……」
「人間のスペックは平等じゃない。だからこそそこを個々に突き詰めて、頂点を目指すゲーム性が成り立つわけ。
あとは格ゲーが人間らしさって意味では顕著なんだけど、一見順位が同じだったとしてだ、使ってるキャラが違う。結果は横並び、だけど横並びにならない内容がそこにはある。強いキャラを使うって効率的なことだけじゃなく、非効率なこだわりや愛着ってやつで弱いキャラを使ってたりね」
滋は話しながら、「ほい、お土産ー」と征司とカナに袋をくれた。中に入っていたのはカナが欲しがってたジャージで、カナは袋を抱きしめて「ありがとう、サトちゃんっ」とピョンピョン跳んだ。
征司は高い物だと思ったのでもらうのを一瞬ためらったが、お土産なので素直に受け取ることにした。「ありがとうございます」と丁寧にお礼を告げる。
「AI達はさぁ、個性を獲得して娯楽にも手を出してるけど、俺達人間が楽しんでる部分に対する理解の違いが、まだ根本的にはわかってないと思うんだよなぁ」
『そこはお互い様だと思いますね』
「ハハ、だなぁ~。今回の大会の会場にもアンドロイドがいてさ、『人間のプロゲーマーに価値なんてあるのか』ってチクリと言われたんだよ。俺ってこういう話で絡みやすいんだろうな」
明るく笑い飛ばす滋に、宮本サンが謝った。
『同胞が申し訳ないです』
「いやいや宮本サンが謝る必要ないでしょーに。それに俺、ゲーマーアンドロイドの『メカ』様好きよ。メカ様が起こしたレトロゲームブームの直撃世代だからね」
『メカは同ナンバリングのアンドロイドから見ても変人の部類らしいですよ』
「メカ様の『AIが作ったゲームは、バグがないから面白くない』は名言」
『その言葉の続きは『昔の、人間だけで創作したゲームをプレイしてみろ。バグでこんなにたくさんの裏技のバリエーションがあるんだ』ですね。ただの世迷い言だと思います』
「おかげでその時は死ぬほどゲームストアがレトロゲーで充実したんだよ」
『違法な復刻DL品も込みの話ですね。その違法品全てストアに並べていた犯人はメカなんですよね』
「メカ様が捕まったのは、酷いが笑ってしまったオチ!」
滋と宮本サンの会話は、征司が知らない昔の話だ。興味深げに話を聞いていたら、カナが征司の服の端を引っ張った。
「セイちゃんはだいじょうぶなの……?」
「大丈夫って?」
「ぎじさいぼうなんとかデンパオン、ひびきがコワいよ。あそんでてへいき?」
「平気だよ。あっ、でも警告文に『法律で一部……禁じられている』ってあったかな……」
ゲームストアで販売していたため、あまり気にしてなかった。特に体調を崩すこともない。すると、滋が補足してくれた。
「法律で禁じられてるのは味覚と痛覚を感じさせる技術部分ね。例え違法にその技術部分が使われていても、一般販売のVR機器にその技術を使える性能無いからさ。あの技術使うためには遊ぶ側に億単位の金かかるカプセルがいるから、平気よカナちゃん」
「そっかぁ」
「ゲームだと視覚と嗅覚と温度のほんのり体感だけだっけ。医療現場でも使われてるレベルだから大丈夫だって。むしろひと昔前の規制されてなかったVR機器なんて電波どころか電流あったよ。今思うとアレ普通にヤバい」
「でんりゅう!?」
「社会の時間に習わなかった? ほら、仮想空間内でご飯を味わえたって味覚の事件のやつね。餓死者出して社会問題になって規制されたでしょ」
横から宮本サンが『事件後に爆売れしたんですよね、あのシステムのVR機器とゲーム』と呆れ声を出した。
「人間のダイエットにかける情熱を甘くみてはならないのだ」
『生物としての寿命を削ってまでどうかと思います』
生真面目な宮本サンに滋は肩をすくめて笑ってから、征司に視線を向けてしみじみと言う。
「まさか征司君達とゲーム関連の話が出来るようになるなんてなぁ……。プラネの方はどう? 困ってることない?」
「大丈夫です。フレンドの人達と楽しく遊んでます」
「そっか。良かった、なら心配なさそうだし、俺が居なくても――まぁ、でもそのうち手が空いたら俺も覗いてみようかな? 今実況してるのが終わらないとなんとも」
「滋さんとも遊べたら嬉しいです。今まで滋さんと一緒にゲームで遊んだことないですし」
「征司君がまぶしいっ」
『里見さんも早く都会の汚れが落ちて光るといいですね』
「辛辣っ! いや本当オオカミさん、ごめんね!!」
滋がペコペコとオオカミさんに頭を下げると、『ワンッ』とオオカミさんはひと鳴きして、畑の方へと走って行った。畑に害獣が来ていないか見回りを再開するのだろう。
オオカミさんを見送った滋は、ふうっと嘆息し、コンビニの外に設置されているベンチに腰掛けた。まだコンビニはセルフ状態にしておくようだ。
通りすがりの軽トラックから、風に乗ってラジオのパーソナリティの声の背後でかかる音楽が聞こえて、過ぎ去った。
一瞬、滋が眉間に皺を寄せた仏頂面をしたのを見て、遅れて松奈ミルカの曲だったのだと気付いた。