第5話 偶然の出会いとフレンドの情報
VRマナ・トルマリンのホームに戻ると、滋からメッセージが届いていた。
『FROM:無限わんデン
SUB:無題
本文:こっちからもフレンド登録したよん。これからよろしゅうに』
(滋さん、公開ユーザー名は実況者名にしてるんだ)
征司も公開ユーザー名を作っておく。ゲーム内と同じ「ツカサ」にした。
《今のフレンドの様子》の項目を見ると、滋のカードゲーム解説動画とホラーらしきゲーム生放送アーカイブがズラリと並んでいる。
(そういえば、プラネットイントルーダーも実況している人いるのかな)
動画サイトを探してみれば、現在生放送中のユーザーを3人ほど見つけた。
1人は『ふすま』という実況者。視聴者とパーティーを組んで高難易度ダンジョンを進んでいる放送だ。
もう1人は『
更にもう1人は『海幸彦』という放送者。画面の映像はひたすら竿の糸を海に垂らしているもので代わり映えしない。延々と黙って釣りをしている。BGMだけが異様な雰囲気の曲調で騒がしかった。視聴者のコメントに『音響担当AIちゃんの音は、人類には早過ぎるBGMだぬ』と書き込まれている。
(釣り、のんびり出来て良さそう。そういえば海って実際に見たことないなぁ)
ゲームには昼食を食べてからログインすることにした。それまで縁側がぽかぽかと暖かかったので、目を休める休憩としてひなたぼっこをして過ごす。
お昼に両親が戻って来て、一緒に昼食を取った。
「ゲームはどう? 面白い?」
「始めたばかりでまだよく分からない……。マナーが悪いって知らない人に怒られた」
征司が言いづらそうにそう零せば、母はおかしそうに笑った。
父は征司に言う。
「ネットの人は言葉がキツいだろう? でも征司、他人がそう話しているからって自分も人にキツく当たっていいってことにはならないんだ。節度を守って、思いやりの気持ちを忘れないように」
「はい」
父の言葉に頷く。大事な心がけだと思った。
昼食後、再びゲームにログインする。
かなりドギマギしながら城門前を見渡し、人がいないようなのでほっとして再び街へと入った。
オオルリは、手乗りサイズの大きさに変わってツカサの肩に乗っている。この小ささなら怒られることはないだろう。
道の端に移動して、どこか落ち着ける場所はないかと街中を見渡す。城門から真っ直ぐ伸びる道の先は広場のようで、その奥には巨大な門と城がそびえていた。
ツカサは広場へと行き、憩いの場らしき一角の石の長椅子に腰を下ろす。まだじっくりと目を通していなかったメニュー画面を開いた。
(ステータス、所持品、クエスト一覧、フレンド一覧、詳細設定、エモート一覧、パーティー募集板、掲示板――……掲示板?)
文字で情報交換をする場所のようだった。ひょっとして、有名なネットの掲示板なるものだろうか。
掲示板には種類があった。
《総合掲示板》が全プレイヤーが自由に利用出来るもので、他には職業ごとの掲示板がある。ただし、就いていない職業の掲示板は見ることも利用することも出来ないらしく、ツカサが開けたのは《神鳥獣使い掲示板》だけだった。
(へぇ、掲示板用の公式アプリがあるのか。ゲームにログインしてなくても、携帯端末から掲示板に書き込めるんだ。アプリをダウンロード出来る場所は公式サイト――え? でも前に検索した時、プラネットイントルーダーの公式サイト出てこなかったんだけど……)
ゲーム内掲示板の利用者は、必ずしもゲーム内にいる訳ではないらしい。
《総合掲示板》を少し覗いてみると、真剣にカップラーメンの話をしていた。皆が顔見知りのような雰囲気の雑談で、とてもじゃないが新規のツカサが入っていけるような空気ではなく、そっと閉じた。
次に《神鳥獣使い掲示板》を開ける。『レイドで人権が欲しい。俺達のスキルブックどこ……ドコ……』という悲しげな1年前の書き込みを最後に、それ以降書き込みがされていなかった。
(神鳥獣使いの人、今は誰もいないみたいだ。何でだろう?)
ふと視線を上げれば、広場を猫の耳と尻尾を持つ女の子のプレイヤーが、首を傾げながら歩いている姿が目に入った。
その子は眉間に皺を寄せているが、不機嫌というよりはとても困惑しきっている様子に思える。
(あの人、僕と同じ青色の名前だ)
頭上に青色で『アメノカ』と表示されていた。今までツカサが会ったプレイヤーは全員赤色か黄色ネームだったので、初めて目にした青色プレイヤーの存在がとても珍しく思える。
つい、じっと見つめてしまった。すると相手もこちらに視線を向け、目が合う。
しばし互いに見つめ合ったまま、妙な間が続いた。
最初に動いたのはツカサだ。ぺこりと頭を下げて会釈する。
アメノカはツカサの仕草に釣られるように会釈をした。それから目を泳がせて、キョドキョドと視線を四方八方にさまよわせる。口を少し開けたが直ぐに閉じて、もの凄く話しかけるかを迷い、テンパっている心情が一目瞭然な表情をしていた。
相手がツカサ以上に緊張している様子に肩の力が抜ける。自然とツカサから声をかけることが出来た。
「初めまして、こんにちは」
「ははっはじ、初めましてっ」
「何か困ってますか?」
「えっ、あ……えーっと。困ってる……と言いますか。う、うーん……」
アメノカは気まずげに言葉を濁して俯いた。しかし意を決したのか、ぐっと握り拳を作って顔を上げる。そして少しだけツカサに近寄った。対面で立ち話をするのに不自然でない距離になる。
アメノカの顔が赤い。身体も小刻みに震えているし、緊張しているのがツカサにもよく伝わってくる。
「じ、実は私、このゲーム初めてで……」
「僕も今日始めたばかりです」
「! 本当!? えっ……と、ツカサさん? ツカサちゃん……?」
「あ……。女の子っぽい見た目かもしれませんが、こういう人種というか、一応種人の男キャラなんです」
「うわあっ、ごめんなさいっ! じゃ、じゃあツカサ君だねっ、いや、ですね!」
「無理に敬語じゃなくても。多分、僕は同い年かアメノカさんより年下かのどちらかだと思うので」
「そっ、そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……へへ。あ、あのそれで何て言うか、ログインしてみたらこの広場にいたから……私」
「ログインしてみたら、ですか?」
ツカサはきょとんとする。彼女の話す内容が上手くのみこめない。
「キャラクターを作ったら、ここに出たってことですか?」
「あっ!? いや、違うの……! ご、ごめんね、誤解を生む言い方して……っ。あ、兄にね、VRのお古をもらったんだ。そうしたら、このゲームが残ってて。「これ何?」って聞いたら、「もう遊ばないし、やるならやれば」ってパスワードももらって。試しにインしてみたら……その、ココ?」
アメノカが「ココ?」と言いながら、照れ笑いしつつ地面を指差す。
ツカサはようやく彼女の状況を理解して顔色を青くした。
「あ、あの……家族でもアカウント共有は規約違反になってて」
「え!?」
ツカサの指摘に、アメノカもさっと顔色を変えた。
「で、でもちょっと試しにログインしてみただけでゲームを遊ばないなら大丈夫だと……」
「う、うん……そうだね、ハハ……ハ……」
アメノカは顔を強張らせて乾いた笑いを零した。そしてガクリと肩を落としてうなだれる。
「じゃ、じゃあこれで……その」
「は、はい。また……いえ、さよなら」
ツカサの別れの言葉を背にアメノカは去って行く。しかし2、3歩ほど歩いて足を止め、くるりとツカサへ振り返った。
「あ、あのツカサ君! しばらくここにいる!?」
「え? はい」
「じゃ、じゃあ私、直ぐに自分用の新規アカウント作ってくるから! その……っ」
アメノカが顔を真っ赤にして言いよどむ。その言葉の先を察して、ツカサは笑顔を向けた。
「待ってます。だから、ゆっくりキャラクターを作って来て下さい」
アメノカはパアっと顔をほころばせて姿を消した。
何というか、アメノカはツカサ以上に引っ込み思案で人見知りが激しい人のようだ。危なっかしくて放っておけない気持ちになる。きっとツカサより年上だろうから、こんな風に思うのは失礼かもしれないけれど。
ツカサはメニューの確認に戻った。所持品から神鳥獣使いギルドでもらった『神鳥獣使いギルド初心者教本』を取り出す。
(装備品ではないよね。何のアイテムなんだろう)
本のページを開いた瞬間、シャン! と鈴の音が鳴る。
《【基本戦闘基板】に
【水泡魔法LV1】(1P)、【風魔法LV1】(3P)、【魔法防御LV1】(3P)、【魔法攻撃回避LV1】(5P)、【魔法速度LV1】(5P)、【MP回復速度LV1】(5P)、【混乱耐性LV1】(5P)、【沈黙耐性LV1】(5P)、【毒耐性LV1】(5P)、【麻痺耐性LV1】(5P)、【即死耐性LV1】(5P)のスキルが出現しました》
《【特殊戦闘基板〈白〉】に
【治癒魔法LV1】(1P)、【癒やしの歌声LV1】(3P)、【鬨の声LV1】(3P)のスキルが出現しました》
《スキル初出現の報酬として、スキル回路ポイント5を獲得しました》
《スキルの出現について説明します。スキルは、特定のスキルの取得やレベルアップによって基板に増えていきます。また、職業ギルドクエストや書物、行動によって出現する場合がございます。
スキル回路ポイントを使って、基板に出現したスキルを取得していきましょう》
(スキル回路ポイントは自分で振り分けるものなんだ。忘れないようにしないと)
1ポイントのスキルは、最低限取っておいた方がいいものだろうか。
ツカサは称号の報酬と合わせて、現在スキル回路ポイントが10ポイントある。【水泡魔法LV1】、【治癒魔法LV1】、【癒やしの歌声LV1】、【沈黙耐性LV1】を選んだ。
【沈黙耐性】の5ポイント消費は大きいが、回復が出来なくなるのは困ると思って取った。これでスキル回路ポイントを使い切る。
【癒やしの歌声】のスキルの説明に、《【癒やしの歌声】は神鳥獣の鳴き声。パーティーメンバー全員へ徐々にHPが回復する魔法をかける歌》とあったので試しに使ってみた。
すると、肩に止まるオオルリが「ピールリー」と美しい声で歌う。七色にキラキラ光る音符が五線譜をたなびかせてクルクルとツカサの周りを回った。
綺麗なエフェクトに魅せられて、ツカサはしばし五線譜を眺める。そのうちに、ふっと音符と五線譜は消えた。
(【特殊戦闘基板】のスキルは、僕自身の力というよりオオルリが何かをしてくれるって感じなのかな)
次に【水泡魔法】の説明を見て、目を丸くした。
《【水泡魔法】は水の泡の攻撃魔法。水属性魔法ではない》
(水の泡なのに水属性魔法じゃない?)
一体どういう魔法なのか。説明だけではいまいちつかめず、ツカサは外部ウェブブラウザ画面を出し、お気に入りから『ネクロアイギス古書店主の地下書棚』ブログを開く。ブログの『魔法一覧』から【水泡魔法】を見つけた。
『【水泡魔法】
ゲーム説明「【水泡魔法】は水の泡の攻撃魔法。水属性魔法ではない」
要は無属性魔法のこと。魔法版、通常攻撃。
一見説明不足もいいところな内容なのですが、プレイヤーの出自を匂わせている魔法名なのでこうなるのかなと言った感じの説明です』
(無属性の魔法なんだ。じゃあ僕は基本的にこの魔法で攻撃すればいいんだよね)
それからブログの『基本職業一覧』を見てみた。キャラクターを作っている時は流してしまった職業名が列挙されている。そこで初めて、ツカサはヒーラーにも違いがあったことを知った。
『・白魔樹使い(ルゲーティアス公国)…… 武器は木の錫杖(しかし金属SEがします)
生粋の純ヒーラー。直接的な全体回復持ち。
・神鳥獣使い(ネクロアイギス王国)……武器は神鳥獣と呼ばれる鳥(鳥によって鳴き声が違います)
バフ特化のバッファーヒーラー。バフ系の全体回復支援持ち。
・宝珠導使い(グランドスルト開拓都市)……武器は宝石(アクセサリー装備枠増加)
バフとデバフの両刀ヒーラー。バフ系の微少全体回復持ち。回復力が不足しているためか、敵の攻撃力減衰などの全体防御系持ち』
(ばっふぁー……。さっきの徐々に回復する魔法がバフって呼ばれるもの? 直ぐに回復する全体魔法を僕は使えないんだ)
これ以上知りすぎても楽しみが減ると思い、ブログを閉じた。そしてメニューの《クエスト一覧》を確認する。
《メインクエスト『影の興国』開始前、進行中》となっていた。クエストの目的地は広場の中央噴水の辺り。元々神鳥獣使いギルドから出た直後にこのクエストは発動し、今ツカサの居る広場へ来るようになっていたらしい。だが、ツカサが誘導の矢印に気付く前に他のプレイヤーに怒られて街の外へ出たため、誘導の矢印が消えてしまったようなのだ。地図にも確かに「!」マークがつけられていた。
「つ、ツカサ君!」
ハスキーな声に名前を呼ばれて顔を上げた。
目の前には、黄緑のふわふわした長髪と黄色の瞳、首の肌には鱗があってトカゲの尻尾を持つ女性が立っていた。青色文字で頭上に『和泉』とある。
声は違うが、アメノカだとツカサにはわかった。
「お、お待たせしましたっ」
「えっと、ワセンさん……?」
「あっ、違うよ。地名や名字で聞いたことない、かな? 「和泉」って書いて「いずみ」って読むの」
「ごめんなさい、知識不足で変な読み方しちゃって」
「い、いいのいいの! 気にしないで! じゃっ、じゃあ改めてアメノカの……うーんと妹な和泉です。よろしくね! 妹を名乗る癖に、人種違うやつに変えちゃったけど」
和泉は頬を真っ赤にしながら照れ笑う。明るく振る舞っているが、やはり緊張してテンパっているようだった。それに、何だかんだで急いでキャラクターを作り、チュートリアルを手早く済ませて来たのだと思う。少し息が荒い。
「あ、あああの! ツカサ君、良かったらっ、い、一緒に……遊んで下サイ……」
「僕も始めたばかりだから何もわかってないので、僕の方こそよろしくお願いします」
「あ、ありがとうぅ……!!」
「じゃあフレンドになりませんか? 少し前、困ったことがあったら連絡してってフレンドになってくれた優しい人がいたんです。僕、それが嬉しくって」
「フレンド!? うっ、うん! い、良い人がいたんだねぇ」
「はい。本当に――」
はにかみながら《フレンド一覧》を見た。
名前:雨月
人種:平人擬態人〈男性〉
所属:ルゲーティアス公国
称号:【大魔導の英雄】【脱獄覇王】【無罪となった極悪人】【千の虐殺者】【殺人鬼】
フレンド閲覧可称号:【パライソの親友】【カフカの仇敵】【ベナンダンティの天敵】【深海闇ロストダークネス教会を破門されし者】【成就せし復讐】【永劫に赤へ破滅をもたらす鬼神】
非公開称号:有り
職業:二刀流剣士 LV50
ツカサは称号の羅列に固まった。