第16話 正木洋介との遭遇
5月11日。カナが朝から教室で難しい顔をしていた。
「カコの私がわからないの」
せんべいが入っていた銀色の四角い缶の入れ物。カナの学習机の引き出しの奥底から出て来たそれには、ダンゴムシが5匹亡くなった状態で入っていたという。
「どうして入れてたのか、わからないの」
「虫かごの代わりにしてたんじゃないかな」
「そうなのかなぁ。そんな理由でダンゴムシをとじこめてたのかなぁ? ほんとうにぜんぜんわかんない。セイちゃんはこういうケイケンある?」
「虫は捕まえないから僕はないかなぁ」
「そっかー。セイちゃんがすきなのは鳥だもんね」
(忘れていた物)
征司はVRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』の彫金をやっていて思い出した物がある。
学校が終わり、家に帰った征司は、階段下の物置を開いた。
(まだあった)
捨てられている可能性もあったが、物置の中に残っていた。幼少時に遊んだ楽器の知育玩具だ。
記憶の中ではキーボードの形をしていたが、実物は2段の鍵盤でエレクトーンのよう。これは端に並ぶボタンを押すと、鍵盤が光っていく。その通りに押していけば、曲が奏でられるというものだ。
しかし追随して押していくだけでは、元の曲のような音程では鳴らなかった。なので幼い征司は、光ったと同時に押すことに精を出していた記憶がある。
(こんなに小さかったっけ)
両手のひらを広げたぐらいの大きさで、子供の玩具だからだろうか、とても軽い。
「懐かしいものだしてるのね。ただいま」
「おかえりなさい。遊んでるゲームでこれと似たミニゲームがあって懐かしかったんだ」
「そう。何がためになっているか分からないわね」
家に帰って来た母は、テレビをつけて「えっ、もう出すの」と芸能ニュースに驚いていた。
芸能ニュースが取り上げているのは先日活動休止になった「コントロール・ノスタルジック」のボーカル、
「今までの曲と違って、なんだか普通ね。聞きやすいけど……」
「コントロール・ノスタルジック」は幻想的な民族調の音楽に、女の子の日常をポップに描いた歌詞をのせるという独特な曲が特徴的だった。
ところが松奈ミルカのソロ曲は、アイドルグループが歌う親しみやすいJ-POPだ。
番組のコメンタリーの1人が『今までと、かなり趣の違う曲なんですねぇ』と戸惑いが感じられるコメントをし、すかさず芸能レポーターが訳知り顔で『新しい分野への挑戦を、だからこそのソロ活動なんですよ』と補足していた。
「これだけ話題になっているから、きっとこの曲もヒットするわね」
「普通なのに、人気になるの?」
「そういうものなのよ」
母も訳知り顔で頷く。征司は何度か流されるPVのカットを見ながら、
――『そこらの歌手っぽくなって、みなさんびっくりすればイイんじゃないかな』
滋の言葉を思い出していた。
今日は22時まで勉強をした後に、VRマナ・トルマリンを起動する。すると、滋からのメッセージが届いていた。
『FROM:無限わんデン
SUB:無題
本文:負けたー! 今、おうちに帰宅中。
そっちはプラネの方、大丈夫? また地味に炎上してるっぽいけど』
(炎上?)
何のことかと軽く調べてみたら、VRMO『龍戦記ファンタジア』のプレイヤーと思われる人達がSNSなどでVRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』に激怒のコメントを発信していた。
『俺らの不幸を嗤ってやがるキル根の素人製作者くたばれ!』
『どうしてサービス終了前にコラボしてくれなかったんだ!?』
『酷い。もっと早かったら、まだ延命していたかもしれないのに』
『リュー戦が死んでからコラボやるって煽ってるようにしか見えない。馬鹿にしてんのか』
『何でリュー戦が死体蹴りされなきゃならないんだよ!!』
『絶対キル根なんて糞ゲーやらない』
怒りのコメントに、そこはかとなく怨み節が籠もっている。一体何があったのかとハラハラした。ただ怒っているだけのコメントだけではなく、好意的なコメントや擁護も見られて、炎上というよりは賛否両論な印象を受ける。
『ちょっと落ち着いた。やっぱりリュー戦が忘れられないからプラネ覗いてみる』
『CS8始めたばかりだけど、コラボの内容によってはプラネかな』
『舟Pの置き土産が気になる』
『プラネってインディーズだけど有名なとこじゃん! 舟Pこんな人脈あったんだ!』
『批判してる奴らいるけど、プラネ側から見たら勝手にコラボ前に終了して迷惑かけてんのはリュー戦の方』
(コラボするんだ……?)
SNSのトレンドにも『プラネット イントルーダー×龍戦記コラボ』とある。
あとかなり気になったのが、その下の『常に煽ってくる正木洋介』という謎のトレンドだ。
その謎のトレンドを追いかけてみると、どうやらたくさんの人達が思い思いに同じ動画に派手な効果音をつけたり、凝ったエフェクトをのせたりして編集し合い披露して楽しんでいた。
素材の動画は短いもので、『こんばんは。「プラネット イントルーダー」シリーズ総合統括者兼製作者の、正木洋介です。今宵は皆さんに素敵な贈り物があります。そう、あの有名なVRMO「龍戦記ファンタジア」とのコラボです』と若い男性が丁寧に喋っているものだ。
多分、元になった動画はもっと長い映像なのだろう。そこまででブツ切りにされたのがわかるものだった。
動画の若い男性の丁寧な語りは、相手を睨みつけているような鋭い目つきと据わりきった力強い目力のせいで台無しになっている。笑みを浮かべて喋っているが、笑っていないと感じさせる表情だ。
短い髪はほどよく固め、グレーのジャケットに白いシャツ、清潔感のあるカッチリとした服装で、少し痩せ気味の体格からは神経質さではなく、堂々とした姿勢によって不遜な印象を強く人に主張する。
(この怖くて強そうな人が、正木洋介さん……?)
それが征司が初めて目にした、インディーズゲーム業界一偏屈で笑顔がへたくそなゲーム製作者――正木洋介だった。