第11話 彫金用ヤニ台製作とマーケット価格
一息ついてから、木のデスクの上に置かれている書見台に触れる。すると《簡易生産》のブラウザが出現した。
ここでも、レシピのものは文字が灰色ばかりで作れない。ブラウザには注意説明文があり、『1度も生産したことがないものは大量生産出来ません』とある。更に小さな赤文字の説明文がついていて『簡易生産は、1度製作したNQ品を最大100個分一気に生産出来る機能です。HQ品の大量生産をする場合は、特定の条件とハウジング内に生産職業用の工房が必要です』と記されている。
(たくさん作るための機能だったんだ。それにハウジング……工房なんて部屋が持てるのか。格好いいな)
ハウジングに関しては前から気にはなっているのだが、始めたばかりの自分がとてもじゃないが持てるようなものではないと、どこかで諦めていた。
ところが今は偶然にもイベント戦争クエストでポイントを得られて、ハウジングに手が届く可能性がある。
(――自分の家を持ちたいな。ハウジング領地? がどんなところでどれぐらいお金が必要か全然分からないけど、とにかくお金を貯めよう)
散財したばかりだが、ここから巻き返していこうと思う。彫金師で作れる物をたくさんマーケットに出品して売るのだ。きっと採集職業の方があまり元手がかからず、効率がいい金策なのだろう。だが、長い採集時間が必須でもある。今以上の時間が割けないツカサには向いていない。
目標も出来て意気込みも新たに、木のデスクの上に買ってきた物を並べる。材料は所持品内にあれば製作出来るのだが、何となく気分である。
まず、5冊の本に軽く目を通した。その中で『彫金の雑貨部品目録』はレシピ本だった。細々とした日常雑貨系の部品や、他職の完成品に装飾を施すレシピが増える。他人の作品に手をつけて怒られないのだろうかと不安になった。
その中に釣り針のレシピがあって、しかも鉄と鋼だけで作れるようなので製作候補に入れる。
それから宝石の入った瓶が目に入り、まず何の宝石か調べようと思った。『宝石の世界』を読み始めて直ぐに、
(あ。そういえば宝石は鉱物なのか)
と気付いて『鉱物大図鑑』と『岩石大図鑑』も開いた。ツカサの中で何となくキラキラ輝く宝石は、特別な別カテゴリーになっていたのである。
瓶の中から宝石を1つ手の上に出す。水色、青色、褐色、緑色、草緑色の5つの宝石を、ツカサは1つずつ本の中から探した。
(水色はターコイズ、青色はラピスラズリ、緑色はメノウかジェードかな? 草緑色はペリドット……?)
《【宝石知識】がLV2に上がりました》
(やった! レベル上がった!)
レベルが2になった途端、『ターコイズ』『ラピスラズリ』『ジェード』『ペリドット』と宝石の上に文字が浮かぶようになる。ただ褐色の石だけ名前が出ない。
(『宝石の世界』の挿絵を見るかぎり、アンバー……だと思うんだけど、『鉱物大図鑑』で見つけられない。どこだろう?)
真剣にページをめくって図鑑を確認していると、無情なアナウンスが流れた。
《【化石目利き(生産)】がLV2に上がりました》
(答えが……!!)
がくりと肩を落とした。どうやら鉱物ではなく、化石の類いだったようである。
《【宝石知識】がLV3に上がりました》
『アンバー』と名前が表示された。レベルが上がるのが早い。宝石が化石だったことにはびっくりしたが、今後化石の図鑑も買おうと思った。
(それじゃ、いよいよヤニを作ろう)
レシピからヤニを選ぶと、目の前にコンロと鍋が設置され、
《松ヤニ、スス、植物油、小石。この材料で作業を開始します。通常モード、倍速モード、スキップモードに作業工程は変更出来ます》
と確認のブラウザが表示される。最初なので《通常モード》にしてみることにした。すると、ツカサの腕が勝手に動き出し、鍋に松ヤニを入れて弱火でかき回し始めた。
(わ。アシストしてくれる形なんだ。これで知らなくても作れるんだ)
材料を揃えたらボタン1つで完成という工程を想像していたので、良い意味で裏切られた。……いや、多分それがスキップモードなのだろう。ツカサも慣れれば時間を短縮するために、そちらを利用していくことになると思う。
ススと植物油を入れて混ぜ、茶色のトランクから台座つきの丸い器とバーナーらしきもの、平たい金属のプレートと金槌を取り出した。丸い器に小石を入れる。溶けたヤニをその上から流し込んだ。温めて山形にしてから、金属のプレートを載せて金槌で空気を出しつつ、平らにして冷ました。
木のヤニ台も同じような工程で完成だ。
次の瞬間、突然謎のゲージが目の前に出現した。そのゲージはぐにゃりと曲がり、円形になる。そして見覚えのあるト音記号とヘ音記号がそのゲージ内に複数あった。
(え)
ギュイィン! と派手なギター音が鳴り響き、音楽には詳しくないがロックというジャンルの曲と思われるものが流れる。何故突然、激しいBGMに。
間髪を容れずに視界端の上下左右から、複数の音符と共にト音記号とヘ音記号が花火のようにパァンと広がった。
ゲージと、バラまかれたト音記号とヘ音記号が重なった瞬間に両手の指で触れる。同時または1秒単位でずれていて片手だけではタイミング良く押せないと、とっさに考えての行動が正解だったようで《パーフェクト!!》と判定された。
(び、びっくりした……! そっか、これがミニゲーム……!! 製作工程が終了したらいきなり始まるんだ)
《「ヤニ(彫金用ヤニ台2種)
パーフェクトボーナスとして特殊効果をランダム付与出来ます。どれを付与しますか?
・取得経験値増加(小)
・スキルレベル値増加(小)
・ミニゲーム難易度緩和(小)》
(選べるのにランダム?)
疑問に思いつつ、《ミニゲーム難易度緩和(小)》を選んで付与した。まだ材料が残っているので同じようにもう2つ作る。今度はどちらも落ち着いてミニゲームをパーフェクトクリア出来た。2つ作ったおかげで〝ランダム付与〟の意味も判明する。
《「ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ」を製作しました!
パーフェクトボーナスとして特殊効果をランダム付与出来ます。どれを付与しますか?
・取得経験値増加(小)
・完成品個数+1》
《「ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ」を製作しました!
パーフェクトボーナスとして特殊効果をランダム付与出来ます。どれを付与しますか?
・取得経験値増加(小)
・スキルレベル値増加(小)》
(なるほど。付けられる特殊効果の内容が毎回ランダムなんだ。3つ選べたのは初回製作の時だけかな?)
ツカサは《完成品個数+1》と《スキルレベル値増加(小)》を選んで完成させた。自分が使うのは1つでいいので色々と考えて《完成品個数+1》の物を自分用にする。初回の製作品が2個作れるとお得だと考えた。
(ミニゲーム、緊張するけど楽しいなぁ。余った分は出品しよう)
壁の黒板に触れる。マーケットボードのブラウザが開いて接続された。前に出品して売れた『カジュコウモリの羽』と『果樹林のハーブ』などは、売れた時点でツカサの所持金に追加されている。今は出品数0となっていた。
過去の『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)』の取引価格を確認する。誰もが自分で作る物のせいか、1Gという最低取引価格だった。現在並んでいる品の値段も同様である。
過去取引記録の底の方、つまりベータ版初期の頃と思われる日付の時にHQの取引があったのを見つけた。その価格が5000Gだった。
(じゃあ、5000Gで出品しよう)
《マーケットに出品する際の名前を決めて下さい》
(あれ? 前に出品した時は無かったのに、正式版からの機能かな。じゃあ、VRマナ・トルマリンのアバターがハリネズミだから『ハリネズミ』で)
『ハリネズミ』の名前で『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ〈スキルレベル値増加(小)〉』と『ヤニ(彫金師用ヤニ台2種)HQ〈ミニゲーム難易度緩和(小)〉』を各5000Gで置いた。
そこでツカサは、ふと思った。
(銘で「ツカサ」って製作者の名前が入っているし、名前を変えても意味ないような……?)
チャリン! という音が鳴る。早速マーケットに出品した物が売れたらしい。しかも両方ともで嬉しかった。2つとも買ったのは同じ『逢魔』という名前の人だ。
見覚えがある。以前、街中で『明星杖を売ってくれ』と話しかけてきたプレイヤーである。
ツカサがその人物を思い出しているうちに、『大禍』の出品者名で再度『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ』の2つが出品され直され、つけられた価格に目が点になった。
『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ〈スキルレベル値増加(小)〉』――20万G/大禍
『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ〈ミニゲーム難易度緩和(小)〉』――150万G/大禍
(ええ!?)
ぽかんとした。これはいわゆる転売というものだろうか。
しかしそんな極端な値段で売れないだろうとツカサは思ったのだが、『ヤニ(彫金用ヤニ台2種)HQ〈ミニゲーム難易度緩和(小)〉』がマーケットボードから消えた。過去取引記録に『真珠』というプレイヤーが買ったと表記されて茫然となる。
(こっちが適正価格……? ――マーケットボード、難しい……)
過去取引価格を参考にして値段をつけるだけではダメらしい。今何が必要とされているのか、なのだろうか?
勉強になった一幕だった。