第10話 グランドスルト開拓都市での買い物と、再び自室へ
《彫金師掲示板》は親切に教えてくれる優しい人達ばかりだった。勇気を出して書き込んで良かったと思う。ツカサが書き込んだ直後は、少し雰囲気が変わってドキリとしたが、仕切ってくれる人がいてスムーズに受け答えも出来た。
(多分、雨月さんが有名だから僕のことも知られていたんじゃないかな)
生産職業の掲示板だったのだ。PKをする人間だと警戒をされたのだろう。不意にヒュウッと一陣の風が吹く。砂ぼこりの風で、思わず目をつぶった。
(グランドスルトの野外はあんまり物を作るのに向いてない。でも、作業場なんて彫金師ギルドでは教えてくれなかったし、無かった――のかな……?)
適当な態度だった受付の砂人男性を思い出す。掲示板で『ヤッグス』という名前とその評判の悪さを知った。本当は彫金師ギルドにプレイヤーが利用出来る作業場があった可能性はある。だが彼が面倒くさがって教えてくれなかったのかもしれない。
ゲームのキャラクターの個性的な態度に困惑していると、和泉からチャットがあった。
和泉 :ネクロアイギスのワールド越権クエストを
とある人に教えてもらったよ!
それで今直ぐネクロアイギスにとんぼ返りしようと思ってて
ツカサ:自国のものって発動するんですか?
和泉 :報酬が下がるらしいけど大丈夫みたい。
発見されたのは採集猟師ギルドのものらしくって、
私がちょうど持ってるスキルでやれそうなんだ。
ツカサ君がクエストクリアの時にPTを組んでたけど、
私にポイントは入って来なかったからソロ用クエストみたい。
なのでテレポで1人出稼ぎ行ってきます!m(_ _)m
ツカサ:和泉さんとセットでもらえたって訳じゃなかったんですね
和泉 :あ、でも経験値だけは入ってきてた!
採掘師のレベルが上がってたから、
このままPT組んだ状態にしておいた方が良いと思う
(そうだ! ネクロアイギスの「自室」……! 確か簡易生産が出来るって説明があった。簡易生産がどんなものか触ってみないと分からないけど……。教会なら敷地内で生産作業もしやすいかもしれないし)
少なくともネクロアイギス王国では、グランドスルト開拓都市のような砂混じりの風は吹いていなかった。
ツカサ:僕も生産するために一旦ネクロアイギスに戻ります。
買い物してからなので先に戻って下さい
和泉 :私も鉱石で所持品いっぱいだ。
借家の倉庫にいれないと。
ツカサ君、銅鉱石とか鉄鉱石いるよね?
ツカサ:すみません。鉱石そのままは彫金師は扱えないんです。
鍛冶師の素材になります
和泉 :そうなの!? ツカサ君に渡せて私も楽しく採集出来て
win-winな職業だと思ってた……(´・ω・`)
ツカサ:じゃあ、小石はありますか?
あったら欲しいです
和泉 :ただの石ならいっぱいあるよ。
所持品欄圧迫してるから捨てようかと思ってたけど、
何故かNPCが15Gで買い取りしてくれるから一応確保してる。
どれくらい必要?
ツカサ:10……いえ、多めに30個ほど下さい。
マーケット価格見てきます
和泉 :買い取り価格でいいよ! 450Gだね
ツカサ:ありがとうございます。じゃあ、メールに送付しますね
和泉 :はーい╰(*´ω`*)╯
ツカサは和泉に450Gを送付し、和泉からも石付きのメールが届いた。そのやり取りの後、鍛冶師ギルドに行く。
(えっと、後は鍋、コンロ、木のヤニ台、スス、植物油、松ヤニを買おう)
ここで買えるかどうかを尋ねると、鍛冶師ギルドの山人男性は近隣にある業者用の雑貨屋を教えてくれた。場所を知った途端、地図にも表示されるようになったので、他にも未発見の店があるかもしれない。
「スキルブックもそこで買えますか?」
「おう! グランドスルトのもんはその雑貨屋にひとまとめだなー! だが職人用はギルドで取り扱ってるぞー!」
「職人用?」
「そのギルドだけの技術ってやつだな! 生産の腕を上げると所属ギルドに売ってもらえるようになるぞ!」
(上位スキルか特殊生産基板のスキルかな?)
彫金師のレベルが上がったらまたグランドスルト開拓都市に来よう。色々教えてもらったのでここで銅の棒50Gと鉄の棒100Gを各10本ずつ買う。お礼を言って、今度は教えてもらった雑貨屋へと向かった。
雑貨屋は、軒先で大量の石を色ごとにザルに分けて並べていた。宝石だ。日が当たる軒先に並べている辺り、それほど高価なものではないのだろう。
じっと見つめたが、特に名前の表示はされない。【宝石知識】のレベルがまだ低いからだろうか。
(そういえば、知識のスキルってどうやってレベルを上げるんだろう)
宝石を見ていれば上がるのだろうか。首を傾げながら見つめていると、雑貨屋の店員と思われる山人女性が瓶を持ってきてニコッと笑う。
「どれぐらい入れますか?」
「えっ……あ、えっと……じゃあ、全種類1つずつ」
「まいどー! 5つで2万5000Gでーす!」
(意外と高い!?)
2万5000Gを払って、全ての石を一緒くたに入れた瓶を渡され、少し茫然としてしまった。
「あ、ありがとうございます……。あの、店員さんは【宝石知識】があるんですか?」
「そりゃ、商品を見る目が無いとやっていけませんよ」
「知識のスキルレベルってどうやって上げましたか?」
「それは秘密――と言いたいところですが、お客さん結構お買い上げいただきましたからね」
にこやかに女性店員はそう言うと、視線を奥の本も並べられている棚へと意味ありげに向けた。
「本……。本はスキルを覚えるだけのものじゃない……?」
「知識は基本学びからのものですよ。あとは実際に実物を見て扱ってみて、知識を蓄えていくもんですって」
棚に数冊並ぶ本のラインナップを見て、はっとした。『鉱物大図鑑』と『岩石大図鑑』がある。更にはスキル習得を断念した『宝飾の歴史』も。初めて見るのは『鍛冶の鋳造技術』、『彫金の雑貨部品目録』、『陶芸技法』、『最高峰のガラス工房』。あとスキルブックではないと思われるが【宝石知識】を上げるのに必要そうな『宝石の世界』。
(図鑑! 手元に置いてじっくり読みたいと思ってたんだ……!!)
図鑑は1冊1万Gもしてぎょっとしたが、幸いにもツカサは現在お金持ちだ。『鉱物大図鑑』と『岩石大図鑑』、『宝飾の歴史』、『彫金の雑貨部品目録』、『宝石の世界』、それに加えて鍋、コンロ、木のヤニ台、スス、植物油、松ヤニを全て雑貨店で購入した。合計2万8100G也。
(勢いでまとめて買っちゃった……。マーケットボードで安いものは買おうって思ってたのに)
まだマーケットボードを覗く習慣がついていない。少し損した気分にもなったが、大図鑑シリーズの2冊を買えた嬉しさの方が勝るので気分は直ぐに上向きになった。
雑貨屋を出てから、画面の端に増えた《衛星信号機》のアイコンをタッチし、ネクロアイギス王国の広場にテレポートする。中央広場を目にした瞬間、ツカサは安堵している自分に気付いた。
教会に向かい、自室へと辿り着く。2段ベッドの上段に微かに切なくなりながらも、下の段のベッドに腰掛けて『宝飾の歴史』を開いた。
《【特殊生産基板〈白銀〉】に【金属装飾LV1】(3P)スキルが出現しました》
(……ああ、そっか。僕はグランドスルトで、ストレスを感じていたのか)
自然と腰を下ろせた自分が座っているベッドを見下ろす。建物も家具も、何もかもが大きくて不便で、見上げてばかりだった場所と違って、ここはとても楽なのだ。ほっとして溜息も零れる。
(こういう気持ちが、ホームに帰ってきたって感じなんだなぁ)
ツカサは随分と、ネクロアイギス王国に愛着が湧いていたのだった。