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第4話 彫金師ギルド・リビアングラス協会

 ガタンゴトン。

 現在地、坑道。ツカサはトロッコに乗っていた。何故か屈強な鉱山夫達に乗せられたのである。彼らはトロッコを押したり、談笑しながらトロッコの隣を歩いていた。楽ではあるが、正直なところ1人トロッコは恥ずかしい。

 彼らは山人やまびと種族で2mの高身長。一方、種人たねびと擬態人であるツカサは130cmで大人と子供以上の差があった。たぶんに、この扱いはそのせいなのだろう。




 少し前。グランドスルト開拓都市の散策をし始めて、最初に見つけたのは採掘師ギルドである。和泉とはパーティーを組んだままそこで別れ、ツカサは都市の中央広場一等地にある彫金師ギルドへと1人で向かった。

 レンガ造りの西洋風な建物。意匠を凝らしたトウモロコシ畑を描く石膏のレリーフ。岩を切り崩して作ったような無骨な家並みの都市で、酷く浮いている古代神殿風の荘厳な建造物からは既視感があった。



 ――《彫金師ギルド・リビアングラス協会》――



 その文字が浮かんで消えた瞬間に思った。


(神鳥獣使いギルドの建物に似てるなぁ。それにギルドに名前がある)


 他の職業ギルドには名称が無い。ここにだけあるのだ。


(グランドスルトのメインに関わる重要な施設なのかな……?)


 しかしツカサの既視感は、ギルドに足を踏み入れてカウンターに近付くにつれ、驚愕へと塗り変わっていった。


(受付の人が見えない……!!)


 カウンターの台が高くて、ツカサの身長では受付の砂人すなびと男性が見えなくなった。非常にショッキングな事実である。茫然と見上げていると、受付の砂人男性がわざわざカウンター台から身を乗り出して下を覗き込んでくれた。


「おや、種人とは珍しいです。ネクロアイギス王国からですか?」

「は、はい」

「彫金師ギルド、リビアングラス協会にようこそ。建物も家具も、山人と砂人の基準で驚いたでしょう。種人用折りたたみ脚立、いります?」

「あっ、はい」

「3000Gです、まいど」


 受付の砂人男性はニンマリと人の悪そうな笑みを浮かべる。

 ツカサはその笑みを見て、高い値段でふっかけられたのだと気付いたが、素直に払うことにした。

 砂人男性はツカサに木の折りたたみ脚立を渡すと、ピシッと伸ばしていた背筋をダラリと猫背に変えて、のんきに口笛を吹いている。

 ツカサは脚立を立てて上がってみたものの、カウンターに何とか顔を出せたぐらいにしか高さは改善されなかった。少ししょんぼりと視線を下に向ける。

 そんなツカサを砂人男性は頬杖をつきながら見下ろしつつ尋ねた。


「それで、本当にうちに入るんですかね?」

「は……入ります」

「了解です」



《「サブ職業」と「現職」が解放されました。「彫金師」の職業につきました!》


《称号【彫金師の見習い】を獲得しました》

《称号の報酬として、スキル回路ポイント5を手に入れました》


《【基本生産基板】に【鉱石採集(生産)LV1】(5P)スキルが出現しました》



《「現職」に「彫金師」がセットされました。「神鳥獣使い」の職業に戻る時は、ステータスでセット変更して下さい。一部装備が初期装備に変わっています》



 ツカサの肩に乗っていたオオルリが消えて、見習いローブも初期の服に変わった。ベルトに下げていた古ファレノプシス杖も消えている。所持品内に別枠としてある装備品欄にはあるので、装備が外れただけだ。

 彼はさらさらと手元の書類にペンをすべらせ、それから顔を上げてツカサに首を傾げる。


「今から彫金やり始めます?」


 釣られて少しだけ首を傾げながら頷く。すると、砂人男性が天井に向かって怒鳴った。


「初心者鉱山1名ー!!」

「観光かー!?」

「入会ー!!」

「わーたッ!!」


 2階からの怒鳴り返し声の応酬の後、ツカサは1階の受付に降りてきた屈強な山人男性に都市の中にある鉱山の1つに連れて行かれたのだった。



 そして現在、坑道――1人トロッコ中なのである。


 3人の山人男性の鉱山夫はトロッコにツカサを乗せてどんどんと奥へと進む。坑道の通路はところどころカンテラが設置されていて案外明るい。そして部屋のように広げられている一角に来ると、トロッコを止めた。

 そこでは木箱やピッケルなどの道具、机、坑道地図やチョークなどが無造作に置いてある。更にところどころに掘り出した石を小山のようにして盛ってあった。

 ツカサは脇の下に手を入れられ、抱き上げられてトロッコから降りる。とても恥ずかしかった。


「……ありがとうございます」

「何だ坊主、しっかりしてるなー!」

「ばっか、おめぇ種人だぞ? 赤ん坊みたいなナリだが成人してんだよ!」

「嬢ちゃんじゃねーのか! 種人は少女しか生まれない種族だと思ってたぜワッハハハ!!」


 坑道内に大きな笑い声がわんわんと木霊する。ツカサは彼らの声の大きさに、軽くクラクラしてしまった。とにかく見た目も仕草も声も豪快なのだ。


「よっしゃ! これから鉱石探しだぞ」

「頑張れよ、ちびっ子!」

「ふはははっ、ここのはいくら拾ってもいいからなぁ!」


 ツカサは小山に盛られた小粒の石のところに連れて行かれる。石をじっと見つめると、モンスターのように石の名前が浮かぶ。大まかに『石』と『銅鉱石』『鉄鉱石』だとわかった。

 横からひょいっと太い手が伸びて2つの石を握ると、それをツカサに差し出す。ツカサは遠慮がちに両手を出して受け取った。


「左が『銅鉱石』で右が『鉄鉱石』だ! この2つの鉱石をここから見つけて袋に仕分けして入れるんだぜ。ただの石はいらんぞ!」

「何個くらいですか?」

「20ぐらいだな! もっとでもかまわんぜ!」


 ニカッと歯を見せて笑った山人男性から麻袋を4つ渡された。


「4つ?」

「予備だ予備! もっと入れたかったらそっちに入れる用だな。彫金師やるなら材料の鉱石の目利きぐらい出来んと格好がつかんぞ!」

「そーそー! まぁ、鍛冶師が精錬した金属買って作るんだけどな!!」

「意味ないけどな! でも本物を知る目はいるぞガハハハ!!」


(目利きからって、本格的だ)


「ピッケルで掘らなくてもいいんですか?」

「そりゃ採掘師の仕事だ! 彫金師は持ってても小ぶりのハンマーやスコップぐらいだぞ!」


 どうやら拾うだけなのは、生産職業だからのようだ。ピッケルで掘る体験は、採掘師にならないと出来ないらしい。


(見つけて入れるって言われたけど、全部名前が表示されてる)


 困惑しながら麻袋に銅鉱石を入れたら、麻袋を素通りして床に落ちた。


(入れられない!?)


 何度か試しても同じだった。試しに所持品に入れようとしてみると、注意文のブラウザが出た。



《所持品に入れられるものがありません》



(あ! そっか、スキルが無いからだ)


 先ほど出現したスキル【鉱石採集(生産)LV1】を5ポイント使って取得する。そうすると、落ちてばかりいた銅鉱石がすんなりと麻袋に入れられた。

 初回報酬5ポイントのスキル回路ポイントは、そもそもこのスキルを必ず取るようにとのことなのだろう。


(それで、このポイントを戦闘しかしない人は戦闘スキルに使うんだね)


 以前、和泉が教えてくれた話を思い起こした。効率的なのだろうが、真似はしたくないと思ったものだ。

 リンッ、としっとりとした鈴の音が鳴った。



《既に上位スキル【古代鉱物解析】と【古代岩石解析】を取得しているため、【基本生産基板】に【鉱物目利き(生産)LV1】(3P)【岩石目利き(生産)LV1】(3P)のスキルが出現しませんでした》



(メインで生産職業の選択を選ばなかった場合、通常はここで覚えるものなんだ)


 しかも〝出現〟だ。スキルを得るためにはスキル回路ポイントを消費しなければならない。そのポイントが必要ないのはメイン派生クエストの読書のおかげである。やはり影響は大きいと思う。

 そして鉱石の名前が全て見えている理由に気付いた。【古代鉱物解析】と【古代岩石解析】スキルがあるからだ。


 3人の山人男性達は椅子に座って酒盛りを始めてしまった。急かされることもなく、ツカサはのんびりと麻袋に銅鉱石と鉄鉱石を入れ続ける。

 不意に崩した石の小山の中から別の鉱石を見つけた。


(あれ……『自然金』もある)


 2㎝ほどの小粒の石である。光ってもいないし、黄色い石でもない。ぱっと見は黒い石ころで、『自然金』と名前が出ていなければ、ツカサもただの石ころだと思っただろう。


(表面が他の石の成分に覆われてるから、こんな色になってるのかな)


 削れば黄色い部分が出てくるのかもしれない。


(価値はないんだろうけど、ただの石じゃないし一応拾っておこう)


 3つ目の麻袋に自然金を入れた。




 銅鉱石と鉄鉱石を20個集めて、再び彫金師ギルドへと戻る。共に帰って来た山人男性は顔を赤らめて、へべれけだった。

 酒臭さに受付の砂人男性が顔をしかめながらも、ツカサから受け取った麻袋の中身を確認する。


「ちゃんと取れてますね。っていうか、石が1つも混じってませんね。凄いんじゃないですか?」

「ありがとうございます」


 とても適当な感じでお世辞を言われたが、褒められたのは嬉しかった。


「じゃ、次は道具です」


 カウンターに大きなベージュ色のトランクと茶色のトランクが置かれる。彼はトランクを開けると、顔だけ出すツカサにも見えるように、ナナメに持って見せてくれた。

 ベージュのトランクの中にはハンマーや小ぶりのピッケルっぽいもの、スコップにゴーグルにルーペ、ふるいや皿が入っている。


「こちら、鉱物採取用の道具一式です。しめて1万5000Gです。買いますか?」

「は、はい!」


 続けて見せてくれた茶色のトランクにはコンパスやノギス、リングゲージやサイズ棒に糸のこぎり、ヤスリにニッパーにタガネに金槌、毛バケ――他にも鋭い棒が複数入っていたり、謎の機械らしきものがたくさん詰まっていた。


「そしてこちらが彫金師用の基本的な道具一式です。3万Gです」

「3万!? か……買います……」


 生産はお金がかかると聞いていたが、本当にたくさん必要だ。更にこれから物を作るのにも素材代が必要になってくる。


「お買い上げありがとうございます。では早速道具を揃えますか?」

「え!? あの、これが道具なんじゃ……?」

「ヤニとタガネは自作するもんです。他人が作った一般市販のタガネは、自作の物が揃うまでのつなぎに過ぎませんよ」

「道具を揃えるのに、道具が要るんですか」

「鍛冶師と彫金師は、自分の道具製作を極められて一人前です。さあ、近所の鍛冶師ギルドへ行って、タガネの材料のはがねの棒を数本買ってきて下さい」



 こうしてツカサは、今度は鍛冶師ギルドへと向かうことになった。

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