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第16話 メインクエスト『影の興国』第1幕3場――建国祭、と2人の感想会

「兄上、頑張ってきます」

「うん。いってらっしゃい」

「いってまいります!」


 スピネルの代わりに王城へ向かうルビーを見送った。

 しかしツカサは内心ヒヤヒヤしている。クエストタイトルが『王国の凋落』なのだ。不穏である。


(ルビー、何か失敗してしまうんだろうか)


 建国祭ということで、明るい喧騒が外から聞こえてくる。ポンポンと打ち上げ花火っぽい音もあった。

 だが天候は残念ながらネズミ色の曇り空。微かに湿気った匂いも漂っていて、ひと雨降りそうだ。空を見上げていると、屋敷の奥からスピネルの声がかけられた。


「彼に馬車を出してやってくれ。折角の建国祭だ。城下の賑わいを見て回るとよい」

「僕は屋敷から出てもいいんですか?」

「構いませんよ。良ければご一緒致しましょう」


 答えたのはキアンコー神父だった。久しぶりにマシェルロフ侯爵邸で顔を見た気がする。

 用意された馬車に乗って、キアンコーと共に貴族街の外へと出た。今度の馬車は窓がある。カーテンがされているので相変わらず外は見えないが、カーテン越しに外の活気が感じられた。


(要人はキアンコー神父だったんだ)


 ツカサがそう納得していたら、ガタリと長椅子の一部が持ち上がり、空洞の中から種人の少年が這い出て来た。少年は涼しい顔で椅子を元に戻すと、その上に座る。

 ツカサは唖然とした。


「スっ、スピネ……?」

「ルビーと呼んでくれ、兄上殿」

「ええ!?」


 してやったりと、スピネルが口角を上げる。

 キアンコーはそれを横目に見て、眉間に皺を寄せ嘆息した。


「悪戯が成功致しまして、ようございました」

「ふふ、キアンコーもそう怒るな。……確認は直ぐに済ませる。港に人はいないな?」

「建国祭に港にいる不届き者がおりましたら、どんな善人であろうと引っ捕らえましょう。今日は海に近寄ってはならぬ禁忌日なのですから。しかし――よいのですか? 彼を連れて」


 キアンコーがツカサに視線を向けると、スピネルは「ああ」と頷き返す。

 話の流れから街中には行かないらしく、ツカサは戸惑った。



 馬車は港付近の路地で止まる。人通りはなく、街の中心から届く喧騒以外は静かな場所だ。

 馬車から降りれば、スピネルを先頭に人ひとりしか通れない細い路地に入っていく。スピネルとキアンコーの後に、ツカサはついていった。そして港へと出る。

 海の方に視線を向ければ、ゲーム開始後、クラッシュにネクロアイギス王国へ送られた際に降ろされた小さな桟橋が目に入った。既に懐かしい心地がする。


 海岸線の港には数軒の漁師小屋が並ぶ。その隅の方の漁師小屋の端には、城壁にもたれかけるように数十もの大きな碇を無造作に積み重ねている一角があった。スピネルはそこに行き、左手を挙げる。するとブワンッと機械的な音が鳴り、複雑な魔法陣が地面に浮かんだ。


(わっ、これってソフィアさんが地下通路を通る時のと同じもの?)


 続いてスピネルは右手を軽く挙げる。同じような機械音と共に、別の魔法陣が一瞬上空に浮かんで消えた。地面が剥がれ落ちるように消えていき、地下への入り口と階段が出現した。

 階段を1、2段下りたスピネルは、ツカサに振り返って手を差し出す。


「兄上殿も、こちらへ」

「何をおっしゃって……!? 神聖な霊廟にローゼンコフィン王家の御方以外は立ち入れはしません!!」

「――いや、キアンコー。彼は通れるだろう。さあ、どうぞ」


 ツカサは促されるままに、スピネルの後に続いて階段を下りていく。背後から「おぉ……まさか、このような日が……」と、キアンコーの呟きが聞こえてきたので振り返ると、跪いて両の手を合わせ、祈りを唱えている姿が目に入った。


「出来過ぎた推測が当たったようだ。今日は歴史的な日だな」


 目を丸くするツカサを尻目に、明るく弾んだ声音でスピネルが笑った。下る階段は直ぐに終わる。辿り着いた先は、広い講堂のような場所だった。地下とは思えないほど明るく眩しい。白い壁面と床で、光源は光る白い天井だと思われた。

 中央にある円形のテーブルを見て、スピネルが険しい顔をする。


「まさか、とは思っていたが……停止していたのか」


 足早に歩いてテーブルへと両手を乗せる。すると円形のテーブルから天井へと真っ直ぐに青白い光が立ちのぼり、テーブルの表面には機械回路のような文様が浮かんだ。青い光の中に、白い文字の羅列や何かを表したブラウザが次々に浮かぶ。


(映画で見た作戦会議室のホログラムみたいな装置だ……すごい)


「兄上殿の目覚めと共に停止を――いや、これは……」


 スピネルは目の前に浮かぶ数字の羅列をじっと凝視する。


「大陸の浮上――北東に」


 そうポツリと呟くと、ツカサに顔を向けて「兄上殿も、手を乗せてもらえるか。ルビーも国民として登録しよう」と言う。

 ツカサは遠慮がちに、そっとテーブルに手を置いた。すると、ツカサの手の甲に一瞬回路のような図柄が浮かんで消える。思わず目を丸くして自分の手を見た。特になんともない。

 そんなツカサの様子に、スピネルは楽しそうに含み笑った。


「兄上殿も鍵として登録しておいた。貴殿もこの国の防壁を担う王家である」

「え!?」

「私としては一安心だ。さて、我が王国からこの短期間に入り込んだ海人を名乗る異形どもを全て追い出そう。〝未登録種族〟に退去警告を。去らぬ者は命をとる」


 スピネルの宣言後、個別にたくさんの人の映像が表示される。全てに〝未登録種族〟と記載されていて、映像の中では彼らが目の前に警告のアラームと文字、更には退去制限時間が浮かんだのに驚愕する姿があった。どうやらそれ以外の人々には音どころか見えてもいないらしく、何を騒いでいるのかと怪訝な表情をしている。

 まるでプレイヤーが個別に見ているシステムブラウザのようだと思った。


「ゾディサイド公爵家の使者――いや、正確にはあの男に鉄槌を」

「あの男、ですか?」

「パライソ・ホミロ・ゾディサイドという男だ。

 ネクロアイギス王国の乗っ取りを企み、それが叶わぬと知ればルゲーティアス公国などという敵対国を造り、我が国と海人の遺物を全てこの世から消し去ろうと画策する、不気味な不老異種族の長だ」


 スピネルが視線を向けた映像には、王城に停まっていた豪奢な馬車が反転して動き出す様子が映っていた。


「……大人しく出て行くようだな。ルビーにも会わせずに済んで良かった」


 ふっと詰めていた息を吐き出し、スピネルは泡をくって城門へと必死に駆けていく人々の映像を最後に一瞥してから、「地上へ戻ろう」とツカサを促した。



 階段を上って、港へと戻る。ツカサ達が外に出ると入り口は消えた。地上で待っていたキアンコーと共に港に来た順路を辿って馬車を停めた路地へと戻る。再び人々の喧騒が聞こえてきた。

 スピネルがツカサに申し訳なさそうに詫びる。


「すまない。折角の建国祭の楽しみを取り上げてしまった。せめてルビーに、屋台の土産を買っていこうか」

「……でしたら私が代わりに買い求めてまいりましょう。人混みは危のうございます。どうか馬車でお待ち下さい」

「ままならぬな。ここまで来ても、自ら屋台を見られぬとは誠に残念だ」


 スピネルは不服そうに肩をすくめたが、キアンコーに任せた。キアンコーはそっと路地を出ていく。


「兄上殿も買いに行かれてもよいが」

「い、いえ。一緒にいます」

「そうか。ふふ、私はルビーだものな」


 たわいない会話を交わしながら、馬車の扉に近付いた時だった。突如、第3者の声が会話に割って入る。


「〝種人のツカサ〟?」


「え」


 既視感のある言葉だった。ツカサが声の方を振り返ると、そこにいたのは馬車の従者の平人男性だ。瞬間的に違和感を覚える。そうだ、行きの従者は犬耳と尻尾の森人男性だったはず――その思考と同時に既視感の正体を思い出した。



『たっ、たねびとのツカサですっ……!』

『種人がなんでこんなところに……。上がって来いよ。俺は見ての通り、海人のクラッシュさ』



(チュートリアルでクラッシュさんに名乗った台詞)


「兄上殿!!」


 銃声が響き渡った。とっさにツカサの前に出たスピネルが崩れ落ちる。


「!?」


 あまりのことに硬直するツカサへ、男はすかさず銃の引き金を引く。しかしその直前で男の銃は、はじき飛ばされた。キアンコーが棒クナイを銃に打ち、更に老人とは思えない身のこなしで駆けてきて男を打ち倒す。

 拘束した男の腕にある金の入れ墨を見て「グランドスルトの鉄砲玉……!!」と忌々しげに吐き捨てた。直ぐさま、首にかけていたアクセサリーの笛を吹く。


「ここはネクロラトリーガーディアンに引き取っていただきます。貴方様は早く馬車の中へ!」

「で、でも……!」


 ツカサの胸に倒れ伏しているスピネルに、頭が真っ白になってしまった。しかし、背後から抱き起こされ、馬車へと入れられた。仮面をつけた人間が2人、いつの間にやらこの場に現れていて、ツカサを馬車に入れたのはその1人だ。

 続いてキアンコーがスピネルを抱えて乗り込むと、直ぐに馬車は走り出した。ツカサは、はっとして身を乗り出す。


「回復を」


 即座に、キアンコーの手で制される。彼は首を横に振った。


「心臓を撃たれています。即死……だったでしょう」

「そ、んな……」



 それから少しの沈黙の後に、キアンコーは沈痛な面持ちと、低い絞り出すような声音で重々しく呟いた。


「――この度は、ルビーさんのお悔やみを……申し上げます」

「え……?」

「亡くなったのは貴方様の妹君です」


 一瞬、キアンコーが何を言っているのかわからなかった。


「あ、えっ……あの、ルビーはどうなるんですか……?」

「ですから、この度は妹君のお悔やみを申し上げると」

「キアンコー神父!?」

「――申し訳ありません。ですが、ネクロアイギス王国を滅ぼす訳にはいかないのです……!! どうかっ……どうか亡くなったのは、彼女の方であると! お頼み申し上げますっ……!!」


 土下座をされて鬼気迫る勢いで頼み込まれ、ツカサはそれ以上何も言えなくなった。

 馬車は貴族街には戻らず、教会へと着く。布で顔を隠したスピネルは丁重に、だが素早く教会の奥の部屋へと運ばれていく。

 何も出来ないツカサは、ぼんやりと教会の椅子に座ることしか出来なかった。



 少しして、キアンコーがツカサの元へとやってくる。彼はひたすらに頭を下げながら、木箱をツカサに差し出した。中にはキャッシュカードぐらいの大きさの1枚のプレートが入っている。そしてツカサにしばらく休息を取るように告げてきた。


「どうか、今日はもうお休み下さい。こちらも色々とございます。ルビーさんの件を含めたお話は、また改めて話しましょう」

「はい……」


 そしてキアンコーは、再び奥の部屋へと足早に去って行った。



 シャン! と鈴の音が鳴る。



《五国メインクエスト、ネクロアイギス王国編『影の興国』――第1幕、3場『王国の凋落』を達成しました》

《達成報酬:所属身分証と経験値1500を獲得しました。ネクロアイギス王国王都の中央広場と各関所の「衛星信号機(テレポート装置)」の解放、他国への移動と所属の制限が解除されました》



《ネクロアイギス王国・ローゼンコフィン王家は滅亡しました。

 真のローゼンコフィン14世が崩御し、影のローゼンコフィン14世へとその権威は移譲されました。この事実は他国には秘匿されます》



《称号【影の迷い子】が【影の立役者】に変化しました》



《これより世界情勢が変化します。北のネクロアイギス王国、南のルゲーティアス公国、南西のグランドスルト開拓都市の3国は冷戦状態へと突入します。


 マーケットに手数料制度が追加されます。自国以外のマーケットを利用した際、手数料が発生するようになります》



《一定規定数のPKプレイヤーキルを行っている赤色ネームプレイヤーは、ネクロアイギス王国から強制的に所属を解かれるようになりました。対象のプレイヤーは自動的にルゲーティアス公国へと所属国が変更され、強制移動させられます。


 今後プレイヤーが所属国を変更する際には、ネクロアイギス王国のみ累積犯罪値が測定されます。累積犯罪値が高いプレイヤーはネクロアイギス王国に所属出来ません》



 ツカサは茫然としながら、トボトボと歩いて教会から出た。正直なところ、メインクエストをクリア出来たという爽快な達成感はない。


 中央広場の噴水は少し形を変えていて、水が噴き出す中心の像が電波塔のような石の彫刻に変貌していた。これが〝衛星信号機〟というテレポート出来る移動手段なのだろう。

 和泉から、衛星信号機は各職業ギルドにもあって、死亡した場合はしばらくすると死亡時の職業ギルドに飛ばされて復帰するという話は聞いている。


 噴水のへりに座って、はぁと思わず溜息が零れた。精神的にくたくただ。


「つ、ツカサ君!」

「あ。和泉さん」


 顔を上げると、疲れた顔色の和泉がいた。和泉と並んで座り、ぼんやりとしながら尋ねる。


「メイン……どうでした? 僕、なんだか色々とびっくりしちゃって、気持ちがついてこないというか……」

「わ、私も……。バッドエンドの映画を見た後みたいなモヤモヤ感。凄いえぐられて疲弊してる……。リアルなNPCの人達に、目の前で物語を展開されると、のめり込み感が段違い過ぎて……そ、そもそも私、涙腺弱くてアニメでも直ぐ泣いちゃうから本当にキツい」

「どうすれば良かったんでしょうか」

「攻略サイト見たけど、スピネル陛下の死は避けられないんだって。私はお祭りで借家の家主さんの屋台を手伝ってたルートだったんだけど、お忍びで陛下が来ちゃったし」

「屋台やってたんですか!?」

「うん、そう。文化祭みたいで準備期間も結構楽しかったよ」

「そっちもいいなぁ。僕は当日までずっと読書してました」

「それ、生産職業ルートだよね。私なんて山菜採りしてた。採集職業ルートだよ」

「僕も和泉さんも、戦闘職業の選択肢を選ばなかったんですね」

「だねー」


 話していると、互いに自然と笑みが浮かぶ。暗い気持ちが浮上して、心が軽くなった。

 2人で、あーでもない、ここはこうだったと楽しく雑談していると、どこからかバーン! とシンバルの音が響き渡った。そしてキラキラとした光のエフェクトが降りそそぐ。目の前にブラウザが表示された。



《正式版開始のお知らせ。

 本日2xx1年5月10日をもって、正式版『プラネット イントルーダー・オリジン』が発売されました!! これからもご愛顧のほど、よろしくお願い致します。


 正式版最初のイベントとして、5月31日に「ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争」が行われます。


 参加資格はメインクエスト称号【影の立役者】【大魔導の立役者】【巨万の立役者】以上です。


 イベントに関連して、期間限定の三国掲示板が設置されます。自国の戦略板としてご活用下さい。また戦争と銘打っておりますが、主軸のPVP集団戦だけではなく、戦闘をせずともイベントがこなせる要素がございます。ぜひお気軽にご参加下さい》



「いや、気軽に参加って。戦争なんじゃ?」


 つい、つっこんでしまった。隣で和泉がお腹を抱えて肩を震わせる。ツボにはまったようだ。

 2人は顔を見合わせて笑い返しながら、《参加する》の文字をタッチした。






【03 先行アーリーアクセス2日間編〈終〉】

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