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第13話 メインクエスト『影の興国』第1幕2場――侯爵邸宅1週間①

 この日は時間が遅かったので、行儀作法を学ぶのは明日からだという。ルビーとは別に用意された客室に泊まった。

 ベッドに横になると、ほどなくして朝に切り替わる。鳥のさえずりまで聞こえてくる陽の光あふれる窓を、ぽかんと見つめた。


(ベッドはプレイヤーにとって夜をスキップする装置なんだ)


 ゲームの仕様というだけなのか、それともプレイヤー自身が睡眠を必要としない生き物の設定だからなのか、謎は深まる。

 頭上からドッドン! と重々しい太鼓の音がして空中に文字が浮かんだ。



 ――《1日目/朝 ~建国祭まであと6日~》――



「えっ……。どうしてカウントダウン」


 広い食堂で朝食となる。ルビーはボロボロだったワンピースではなくなっていた。きっちりとした詰め襟の上着にトラウザーズなズボン、髪は後ろでリボンによってくくり、身綺麗になっている。何故かスカートではない。


(子供服が男の子用しかなかったのかな?)


 朝食はツカサがスープ皿にスプーンを入れた瞬間に中身が消えた。これでプレイヤーの食事は終わったことになるらしい。

 VR内でのリアルな食事が規制されているのは分かっていたことなのだが、美味しそうな匂いがあっただけに、どうしてもがっかりしてしまう。調理師だけはやらないと、ひそかに決意する。

 ルビーがマナーをスウィフとは別の執事に教えられながら朝食を終えた。それから共に食堂を出て、ルビーの部屋へと2人で向かう。


「ご飯、美味しかった?」

「うん。でもキンチョウした」


 照れ笑うルビーは顔色が良い。そのうち痩せこけた頬も、ふっくらとしてくると思う。



 ルビーの部屋ではスウィフが待っていた。スウィフの指導の下、貴族への挨拶なるものの練習をする。ルビーとツカサでは挨拶が違った。

 どちらかというとツカサの挨拶が、胸に手を添えて無言で頭を下げる簡素なものだったというのが正しい。しかし下げる頭の角度がなかなか難しく、スウィフに「その角度ではありません」と注意を受ける。

 やり直して、こうだろうと頑張ってした挨拶も注意されるとアナウンスが流れた。



《「王国式貴族挨拶エモート」を取得しました》



(取得!?)


 驚きながらも、《メニュー》の《エモート一覧》から《王国式貴族挨拶》を押す。ツカサの身体が勝手に動いて貴族挨拶をした。


「素晴らしい。完璧です」


 スウィフに褒められて、ツカサは残念な気持ちになった。

 ルビーの方は、口上つきな上に単語1つ1つの発音を正されて、何度も繰り返して貴族挨拶なるものをさせられている。


「ツカサ殿を書斎にお通ししてもよいと言われております。この後は、書斎でお過ごし下さい」

「分かりました。でも、あまりルビーに無理をさせないで下さい。休憩も適度に取って欲しいです」

「心得ております」

「お兄ちゃん、だいじょうぶっ。わたし1人でもがんばれる……!」

「〝お兄ちゃん〟ではなく〝兄上〟。〝わたし〟ではなく〝私〟です」


 スウィフにたしなめられて、ルビーは恥ずかしそうに照れ笑う。空元気かもしれないが、ルビーの表情は明るかったので、ツカサは控えていた他の執事に書斎へと案内してもらった。



 書斎に足を踏み入れた途端、ドッドン! と太鼓の音が鳴る。



 ――《1日目/昼 ~建国祭まであと6日~》――



(時間が過ぎるのが早い)


 案内してくれた執事は「昼食をこちらにお持ちします」と告げて退室した。書斎は学校の小さな図書室を彷彿とさせるもので、壁や室内に設置された本棚にズラリと本が並んでいる。

 ツカサの目の前に新たな表示のブラウザが出現した。




■総記(0冊)

■哲学(0冊)

■宗教(0冊)

■歴史(0冊)

■地理/地誌/紀行(0冊)

■社会科学(0冊)

■自然科学(0冊)

■医学/薬学(0冊)

■技術/工学(0冊)

■家政学/生活科学(0冊)

■産業(0冊)

■芸術/美術(0冊)

■スポーツ/体育(0冊)

■諸芸/娯楽(0冊)

■言語(0冊)

■文学(0冊)

■区分無し(0冊)




(わ!? 本当に図書室みたいだ! ジャンル分けが同じっぽい! この中から好きなのを5冊読んでクリアするんだよね)


 何故かブラウザには検索バーまであった。プレイヤーがひと目で希望のジャンルを見つけられるように配慮されてのものだと思う。つまり、それだけ本の量があるということ。

 確かに書斎には本がぎっしりと詰まっているがジャンルの記載がされているでもなく、分野ごとに並べられているかどうかも不明である。想像していたよりもずっと本格的なクエストだ。

 《メニュー》の《クエスト一覧》からクエスト内容を確認する。


《メイン派生クエスト『学びの書斎』……推奨レベル3 達成目標:書斎の本を5冊以上読破する。読破済み0/5》


(よし!)


 気合いを入れて、まずは検索バーを使ってみることにした。


(この中で読みやすそうなジャンルは、スポーツと娯楽? でも実際に本を読む訳じゃないだろうし、生産職業に関係していそうな〝技術/工学〟でいいのかな)


 検索バーで『技術/工学』を選択して、空白部分に『彫金』を打ち込んでタップした。

 すると『検索結果――『鉱山工学のススメ』、『金属工学入門』、『宝石の世界』、『鉱物図鑑体系』、『岩石図鑑体系』、『化石図鑑体系』、『鑑定士の道』』と表示される。


(多い!? 1つのジャンルで彫金に絞っただけでも7冊も出て来た!?)


 そして本棚の本7冊が淡く光っていた。《検索結果》に出たものだ。便利である。

 ツカサはその中から『鉱物図鑑体系』を試しに手に取ってみた。本を開いた途端、本の上に横長のバーが表示される。バーの中にト音記号があった。

 どこからかポロンという微かな音がして、バーの左端から別のト音記号が流れる。反射的に、ツカサはト音記号とト音記号が重なった瞬間にバーに触れた。すると、《80%》と出て、更に文字が表示される。



《『鉱物図鑑体系』――読書率80%》



(えっ、いや待って。どういうこと……?)


 本自体に目を向ける。本のページには鉱物をスケッチしたイラストと共に、発掘場所や鉱物の詳しい特徴などが記載されていて、まさに図鑑だった。驚いたことに全ページ内容が違い、現実の本と遜色ないものである。

 ツカサがじっくり目を通そうとした瞬間、またポロンという音と共にト音記号が流れた。ト音記号は先ほどと位置が違う。試しに触らずに放置してみた。

 ト音記号はバーの右端に届くと《0%》と出て、バーと共に消える。そして空中に文字が浮かんだ。



《『鉱物図鑑体系』――読書率80%》



(今の押さないと読書したことにならないんだ)


 普通に本が読みたかったのにと残念に思う反面、それではプレイ時間がかかって仕方がないとも思う。あと、生産をするのが好きでも、本を読むのが苦手な人もいるだろう。だから読んだかどうかの判定をこのバーでミニゲーム的にしていて、読まなくても大丈夫な状態にしているのだと思った。


「失礼します。昼食をお持ち致しました」


 執事が入室して来て、壁際に設置されたデスクの上に昼食を並べた。サンドイッチとサラダだ。匂いのするものは紅茶くらい。本があるため、あまり匂いが移りそうなものはないのだろう。

 先に片付けた方がいいと思って、昼食をとることにした。フォークで野菜に触れると、昼食はきれいさっぱり消える。後には空の紅茶カップとお皿だけが残った。


(うーん、味気ない……)


「ピー」


 オオルリが首を傾げながら小さく鳴く。どうしたんだろうとオオルリを見れば、オオルリの周りに小さな音符が舞っていた。

 ツカサのステータスを確認すると、『生産技量上昇 120秒』というバフがかかっている。


(ああ、これが料理効果なんだ。読書にも関係しているのかな?)


 執事が食器などを片付けてくれるのを待って見送った後、再び『鉱物図鑑体系』を開いた。バーが出現してポロンと音が鳴り、ト音記号が右端から左へと動き出した。さっきよりもスピードが遅い。これがバフの効果なのだろうか。

 今度はト音記号に重ねず、少しずらしたところでバーに触れてみる。《40%》と出た。



《『鉱物図鑑体系』――読書率100%》



《■技術/工学(1冊) 書斎の本を1冊読破しました!》



《メイン派生クエスト『学びの書斎』》

《推奨レベル3 達成目標:書斎の本を5冊以上読破する。読破済み1/5》



(終わった。ちゃんと読んでみたかったけど、次の本にいこう)


 本を本棚に戻していると、ふと別の棚の隅っこにカラフルな背表紙で細い本があるのに気付いた。それを手に取ってみる。絵本だった。

 ページを開くとバーが出る。ポロン音と共に出て動くト音記号を、ト音記号に重なった瞬間にタップする。《100%》と出た。

 『鉱物図鑑体系』と同じタイミングで触れたはずだが、どうやら本の種類によってもパーセンテージは変わるようだ。



《『絵本・いちじくとくまむし』――読書率100%》



《■区分無し(1冊) 書斎の本を1冊読破しました!》



《メイン派生クエスト『学びの書斎』》

《推奨レベル3 達成目標:書斎の本を5冊以上読破する。読破済み2/5》



 読破状態にはなったが、絵本をパラパラとめくる。水彩塗りの淡く透明感のある色彩で、可愛らしい絵柄ながらも不気味さを隠しきれない〝くまむし〟という生き物と、透明なくだものの〝いちじく〟との交流を描いた話だった。



『そらのおくからやってきた くまむしはふしぎ。どんなところでもいきていけるといいます。

 いちじくは くだもののきがないといきられません。かなしくなりました。

 そこで くまむしはわらいます。

 「いちじくさん。ぼくたちが ウミにくだもののきをつくってあげるよ。もっとたくさんのばしょを いっしょにいきられるようになるさ」

 いちじくはそのことばがうれしくて くまむしと とてもなかよくなりました』



 〝くまむし〟は虫だろうか、と別ブラウザを開いてネットで検索したら〝クマムシ〟の画像が出てきて後悔した。本当に不気味でブヨブヨした生物だったのである。深海・宇宙でも生息可能らしい。


(ひょっとして、この絵本の〝いちじく〟が種人たねびと、〝くまむし〟が海人うみびとのことなのかな。この2つの種族は仲が良いんだ?)


 ゲーム開始当時に出て来た海人のクラッシュを思い出す。ネクロアイギス王国の港に送ってくれた親切な人だったが、どこかツカサを値踏みする視線と、うさんくささがあった人物でもある。


(クラッシュさんしか知らないけど、海人って怖いイメージだなぁ)


 ぼんやりと絵本を読み返し続けていた時だった。シャン! と鈴の音が鳴る。



《『絵本・いちじくとくまむし』――習得率100%達成》



《『絵本・いちじくとくまむし』の解析が完了しました。【基本生産基板】及び【色彩鑑定LV1】を取得しました》



「え!?」


 突然のことに固まっていると、頭上からドッドン! と太鼓の音が鳴る。



 ――《1日目/夜 ~建国祭まであと6日~》――



 執事が迎えに来て、書斎で過ごす時間が終わった。

 夕食では、今日教わったことを一生懸命に語ってくれる笑顔のルビーと雑談し、その日は就寝となる。

 読書時間の短さと、その読書でスキルを得たことによって、ツカサは妙な焦りがこみ上げてきて胸の中がもやもやとした。


(全部の本は期間中に読めそうにない……なのに、生産のスキルをポイントも使わずに取得出来てしまう本がある……。

 スキルが取得出来る本も限られていそうだし、それを見つけられるかな……? この後1冊も見つけられないと、それはそれで後悔しそうだし……)


 あまり効率などは考えない方がいいとは思うのだが、どうしても気になってしまう。悩みに悩んで、このクエストに関してはネタバレを解禁することにした。

 ツカサが最も信頼していてお世話になっている個人ブログ『ネクロアイギス古書店主の地下書棚』だけを参考にさせてもらう。


 『メイン派生クエスト『学びの書斎』』のページを開いた瞬間、赤色の大文字で記された一文が目に飛び込んでくる。





『※※検索バーは罠です!! 時間を余分に消費するので絶対使わないように!!※※』





 速攻の断言に、ツカサはゴホッと変な咳が出た。

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