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第11話 メインクエスト『影の興国』第1幕1場――教会

 ツカサはトレードを無事に終えた後、教会の本堂「!」マークの場所へと行く。

 山にある社や地蔵には馴染みはあるが、教会の建物なるものに入るのは初めてのことだ。高い天井に、ステンドグラス。横に長い椅子の列。床に道のように敷かれたカーペットは青く、黒と白色で波のような文様が刺繍されている。

 地図の「!」マークの場所には誰もいなかった。だが、ちょうどこの教会が信奉する神様とおぼしき石の彫像が置かれている。


(惑星探査機?)


 彫像は惑星探査機と思われる機械だった。


(この世界のご神体、なのかな?)


 確か神社には神体と呼ばれる、木の一部や鏡だったりする物がまつられていた。あのような物への信仰を、機械に対してしている世界なのだろうか。

 神様ならと、手を合わせて【祈り】を使って拝んでみた。肩のオオルリが胸を反らしてバサッと羽を広げ「ピィーリーリー……ジッジ」と鳴いた。



《【祈り】がLV7に上がりました》



(あ! 戦闘中じゃなくても上がるんだ)



《【神鳥獣使い】【祈り】【機械】を揃えた状態で、【深海闇ロストダークネス教会の神体】に想いを捧げました。

 ――スキルレベルと極めし称号【解読キー】が足りません。【深遠遺物の解析スキル】をダウンロード出来ませんでした》



「え……」


 唐突にもたらされたアナウンスに、思わず驚きの声を零した。


(何かのスキル取得イベント……? 神鳥獣使いが条件にあるってことは神鳥獣使いの――でもレベルと称号が足りないって……)


 『極めし称号』とされる辺り、簡単に取れる称号ではなさそうだ。不意に、雨月がチャットで【祈り】について言っていた言葉を思い出した。



『雨月 :無価値にして至高のスキル

     至高になるかはツカサさん次第』



(雨月さん、これのことを言っていたのかな)


 多分『スキルレベル』は【祈り】のレベル不足を指摘されている。そして【機械】は装備中のアクセサリー『シーラカン製・深海懐中時計』だと推測する。アーリーアクセス特典が条件にあることに引っかかったが、攻略サイトの装備品一覧を見れば、懐中時計自体は初期からある既存アイテムだった。

 既存の懐中時計の説明は『深遠を想って作られた懐中時計』で、装備効果はなし。ツカサがもらった特典とほぼ同じだ。

 オシャレアイテムの1つとされていて人気はほどほど。比較的安価でマーケット取引されている品。NPCの雑貨屋でも買えてデザインが豊富なのでコレクターもいるという。


 条件を確認して、改めて【祈り】をしてみる。再び同じアナウンスが流れて1度きりでなかったことに安心した。


(条件の称号は分からないけど、また称号が増えたらここに来てみよう)


 ぽすんっと背後から誰かに抱きつかれた。身体をひねって視線を後ろに向けるとルビーがいた。


「えっと、ルビーさん……?」


 顔をツカサの身体にうずめたまま、ルビーは首を横に振る。


「ルビーちゃん?」


 またルビーは首を横に振った。


「ルビー」


 ルビーが顔を上げた。不安そうな表情でツカサを仰ぎ見る。といっても、ツカサは小さな背丈の種人たねびと擬態人なので、距離は近かったが。


「お兄ちゃん、わたしを置いておうちに帰っちゃったのかとおもった……」

「大丈夫。1人で先に帰ったりしないよ」


 スンッとルビーは鼻を鳴らす。泣きそうなルビーをなだめて、教会の椅子に座った。


(実際のところ、プレイヤーの家ってどこなんだろう。あの最初の洞窟かな?)


「ルビーの家を探さないといけないよね。ネクロアイギス王国じゃないのは確かなんだよね?」

「うん」

「おや、他国へ向かわれるのですか?」


 不意に年老いた声がした。声のした方を見れば、黒い詰め襟のローブの神父が柔らかな微笑みをたたえて近くに立っている。いつの間にそこに、と軽くびっくりした。


「海からならまだしも、街道には関所がありますよ。身分を証明するものもなく、ネクロアイギス王国から他国へ渡ろうとすると、違法難民として捕らえられるでしょう。危険です」

「僕は神鳥獣使いギルドに所属していますが、それでは身分の証明にならないのでしょうか」

「平民が平民の身分を保証して、一体何の証明になるとおっしゃいますか」

「そう、ですか。えっとじゃあ海を渡れば……」

「どこぞに船をお借りする伝手があるのですか? 船は漁師にとって最も高い財産の1つ。いくら金銭を積まれても、明日の漁業に差し障るとなれば首を縦には振らぬと思いますよ。あぶく銭で船に何かあっては、子へと相続させられる漁師唯一の財産が無くなってしまいます。危険な申し出に手を貸せるほど、漁師達に余裕はないでしょう」

「神父さん……他に手立てはないんでしょうか?」


 そこで神父は初めて相好を崩した。緩く頭を下げながら、優しい口調で告げる。


「まだ名乗っていませんでしたね。私は深海闇しんかいあんロストダークネス教会のネクロアイギス王都司祭キアンコーです。神父という敬称の方が好きですので、普段は神父と自らの地位を告げています。さん付けは結構」

「キアンコー神父。こちらこそ、お世話になっているのにすみません。僕はツカサと言います。この子はルビーです」

「種人のご兄妹ですね」


(え!? ルビー、種人なんだ!?)


 ひょっとしてそれほど子供じゃないのだろうかとツカサは内心慌てた。しかし幼い言動と称号の【ルビーの義兄】から、見たまま10歳未満の年齢だろうと思い直す。


「嵐で無事に海から流れ着けたのは、きっと唯一神ダークディープシーの導きでしょう。幸運なことに、私にはネクロアイギス王国で身分を得られる伝手がございます。

 ……しかし、慈善の心だけで確かな身分は得られぬもの。ネクロアイギス王国にいる間は少々お手伝いをしていただきたいのです」

「おてつだい……おしごと?」


 ルビーが恐る恐るキアンコーに尋ねると、彼はにっこりと笑みを浮かべた。


「ええ。手間賃も出しましょう。ここでの生活にも、旅に出るにも路銀は必要でしょうし、ルビーさんでも出来るお仕事ですよ。いかがですか?」


 キアンコーはツカサに答えを促した。

 ルビーもツカサの顔を見上げるだけで、答えを委ねる姿勢だ。


(これは……答え次第でまたストーリーが変わる……?)


 キアンコーの教会への申し出をそもそも断った和泉は、どんな物語になっているんだろうと頭の片隅で気にしながら、ツカサは答えを出した。


「……キアンコー神父、よろしくお願いします」


 キアンコーは笑顔で頷いた。


「ええ、お任せ下さい」



《五国メインクエスト、ネクロアイギス王国編『影の興国』――第1幕、1場『司祭の裏世界への誘い』が受注されました》

《推奨レベル2 達成目標:司祭と共に貴族街へと向かい、要人と会う0/1》



(え!? 裏世界って物騒!)


「早速馬車を呼びます。少しお待ち下さいね」


 その後、教会の外に馬車がやってきた。乗る場所が部屋のような立派な馬車だったが、窓は無く、中はランプのほのかな光で視界が保たれている。椅子に座るとその薄暗さに、ゲーム開始時の闇の中を思い出して心細くなった。対面のキアンコーの顔もよく見えない。

 不安になったのはルビーも同じだったらしく、ツカサの指先をきゅっと握る。その小さな手は微かに震えていた。

 「大丈夫だよ」と安心させるように言って、ルビーの手を握り返した。するとルビーの震えが収まり、ツカサに寄り添う。


(頼られてる……妹がいるってこんな感じなのかな)


 馬車は城門を越え、貴族街へと入っていった。


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