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第7話 色々な人に話しかけられた落日。ネクロアイギス王国の街角にて

 ミントが肩をいからせてズカズカとツカサの目の前に歩いてくる。自分より背丈の高い女性の興奮した様は迫力があり、少し怖かった。

 ところが彼女は口を開いたかと思ったら、ふっとその姿が消えてしまう。ツカサは目を丸くした。

 それから周りを見渡して、困惑した表情の和泉と顔を見合わせる。


「なん……だったんでしょうか?」

「さ、さあ……?」


 首をひねりながら和泉は「あ」と声を上げ、ツカサのベルトに下げられた杖に視線を向けた。


「その杖が……、えっとあの、きっ、気になったんじゃないかな?」

「杖?」

「黒いローブ姿だったし、多分魔法アタッカーの人だったから……う、えっと――」


 ごにょごにょと和泉が言葉を濁して言う。何か思い当たることがあるのか視線をさまよわせていた。


「ほ、欲しかったんじゃないかな! って」

「あ。そっかこれ、本来は星魔法士の武器でしたよね」


(MPが多くなるのは助かるけど、僕が持ってても宝のモチグサレなのかな)


 すると、遠巻きにツカサ達を見ていた青色ネームの『逢魔』というプレイヤーが急に話しかけてきた。


「その『明星杖』、1万Gで売ってくれないか?」

「え!?」

「駄目か。じゃあ2万! どうだ?」


 突然の値段交渉にびっくりする。ツカサは慌てて断った。


「すみません。フレンドにいただいたものなので」

「あ、そう」


 逢魔はあっさりと引き下がり、さっさと去って行った。それほど真面目に交渉するつもりはなかったようで、ツカサとしてはほっと安堵する。

 ツカサは悩んで、今後明星杖を欲しがる人がいた場合は譲ってもいいかどうかを雨月に尋ねることにした。雨月にメールを送る。


「今日はもうダンジョンで疲れたので、後はのんびり過ごしたいです。和泉さん、街を散歩しませんか?」

「いいねっ」


 2人で街を散策することにした。石造りの中世風の建物が並ぶ通りをぶらぶらと共に歩く。街並みが物珍しく、ツカサはたびたび立ち止まり、建物を見上げてはじっくりと眺めた。このリアルさはゲーム世界と言っても、モデルにした建造物などが実際に存在するのだろう。


「縦に長いですね」

「せ、西洋の昔の建物ってアパート? うんと、どちらかっていうとマンションっぽいよね」

「何となく瓦って日本のイメージありました。海外の屋根も瓦なんですね。それに色とりどりで」

「幾何学模様、だねぇ」

「壁のレンガも一色じゃなくておしゃれです。たまに建っている塔は何の建物なんだろう……」


 建物の間に階段がある。今のツカサ達がいる場所から降りる形になる階段の先には、レンガではなく漆喰のような壁の建物が所狭しと建ち並ぶ光景が目に入る。上へと上がる階段の方は、更にレンガに配色の入った建物が並んでいた。


「上に行ってみますか?」

「うん。上の建物が綺麗だし気になるね」


 階段を上る。そこで地図の表示の変化に気付いた。


「和泉さん、ここハウジングエリアです!」

「うわ!? 本当だ?! はあ、プレイヤーってこんな家持てるんだ。……いいなぁ」

「いいですよね。VRのホームでも部屋を変えられますけど、あれ家具とか設置するのが楽しいです」

「あれ、凝っちゃうよねぇ」


 ふと、店らしき家があるのに気付く。雑貨屋かと思ったが、ガラス越しに見える店内は床から天井まで本棚に本が並べられている、まさしく本屋といったものだ。

 扉の近くのカウンターには、白髪で髭をたくわえた老人がパイプをふかせて、本を読んでいた。ゲームキャラクターだが、この店の店主なのだろうか。しかしここはハウジングエリア――プレイヤーの住居が建ち並ぶ場所のはずである。


「ふ、雰囲気ある本屋さんだね」

「入ってみたいけど、ちょっと勇気がないです」

「うん……私も」


 現代は、個人経営の本屋が無くなって久しい。目の前の本屋は、洋画の中でしか見たことのない海外の個人経営の本屋風なのだ。何やら格式高さを感じるというか、独特の雰囲気に畏縮した。

 店の前から少し遠ざかり、それでも店の景観に目が惹きつけられていたツカサと和泉は、黒い看板の存在に気付いて思わず驚きの声を上げる。



 ――『ネクロアイギス古書店 〈URL:https://~ 〉』――



「いつも参考にしてるブログの店!?」

「あの世界観考察してるサイトさん……!!」


 やはりプレイヤーの家だった。いや、この場合は店だと言うべきだろう。


「ハウジングって店も出来るんですね」

「う、うん。あの店の本って、置物の本なのかな。それともまさかスキルブック……?」

「どうなんでしょう」


 和泉の言葉で、追加報酬でもらった本の存在を思い出し、所持品から取り出した。

 和泉がツカサの手元の本を覗き込んでタイトルを読む。


「『造花製作見本書』……生産スキル? をツカサ君はもらったんだね」

「和泉さんは別の本ですか?」

「わ、私は『ガーデニング教本(薔薇)』だったよ。ソフィアさんにもらった『草花図鑑』もだけど採集スキルだね」

「全員違う本だったんですね」


 しかし和泉の報酬を聞いて、ツカサは首を傾げた。何故、自分の報酬は生産職業のものなのだろうかと。


(薔薇の話だったから生花に関係する本がもらえるのは分かるんだけど。僕の報酬は、正確に言うと物を作る本で、花自体には関係しない本だよね。……変なの)


 報酬は完全なランダムだったのだろうか。それともランダムながらも何か判断基準があったのだろうか。そもそもダンジョンクエストの報酬が、戦闘系スキルの本では無いのが不思議だった。

 ツカサは『造花製作見本書』のページをめくる。



《【特殊生産基板〈白銀〉】を取得しました》



《【特殊生産基板〈白銀〉】に【造花装飾LV1】(3P)スキルが出現しました》



「え? あれ……?」


 突然のアナウンスに、ツカサはポカンとする。


「生産職業なんてないのに……? えっ、なんで!?」

「どうかしたの、ツカサ君」

「生産の基板を取得したみたいなんです。生産ギルドには何も入っていないのに……」

「ええ!?」


 驚く和泉は、しかし次の瞬間はっとする。


「そ、そういえばプラネって、戦闘職と採集・生産職のスキル回路ポイントが共通なんだよ。そのせい、なのかな!?」

「えっ……そうなんですか?」

「う、うん。そのせいで……って言い方していいのか分からないけど、戦闘職専門の人が、採集か生産職を1つ取ってレベルを上げて入ったスキル回路ポイントを、採集と生産のスキルは取らずに、戦闘職のスキル取得に使うっていうのが一部でセオリーになってるらしいの。騎士の掲示板でも、そのことで言い争ってるのを何度か見た」

「そんなことしていいんですか……?」

「採集と生産のスキルを取らないと、採集と生産のレベルも上がらなくなるらしいから、結局戦闘用スキルも2つぐらいしか余分に取れないし、その状態だと新しい採集と生産職にも就けないらしいから、それをしている人としていない人で大して影響はないらしいけど。

 あ! わた、私はそれしてないよ! ちゃんと採集スキル取ってる!」


(影響がない……? でも2つもスキルを余分に取れちゃうなら、だいぶ違ってくるんじゃ……)


 和泉からセオリーという言葉が出てくる辺り、大多数の戦闘重視のプレイヤーがやっているやり方なのだろう。

 逆に採集や生産重視のプレイヤーが戦闘のスキル回路ポイントを使って、採集と生産に必要なスキルをたくさん取っていることもありそうだ。ゲームシステム上はメイン採集職、メイン生産職という非戦闘のメイン職業は存在しないが、スキル構成で擬似的にそんなものになれるというわけである。


(スキル回路ポイントは有限なのに、スキル取得の自由度は高いんだ。人のスキル構成を真似したりしない限り、結構個性が出そう)



「あれー? そこのキミ、ひょっとして生産やってる人!?」


 不意に、ツカサに声がかけられた。青色ネームの『カイド』という種人からだ。おかっぱの黒髪に黒い瞳で童顔。性別はどちらか分からない。背丈はツカサより低い――いや、種人擬態人で最大身長にしているツカサの方が珍しいのかもしれない。種人は小ささがウリなので、小さく設定するのが普通なのだろうと思う。


 カイドは、傍に近寄ってきてツカサの持つ生産職の本を無遠慮に覗き込む。知り合いでもないのに突然距離を詰められたツカサは、酷く驚いて戸惑った。

 人見知りの和泉はツカサの隣で、完全に硬直している。


「い、いえ。たまたま本を手に入れて……」

「それで開いちゃったのぉ? 使っちゃったらもう売れないじゃん! もったいなー! 『造花製作見本書』ってレアっぽいのにやっちゃったね」

「えっ……は、はい」

「そうだ! 折角なら生産やればぁ? そうすればゴミ基板にならないっしょ!」


 ツカサは「ゴミ基板」と言われて唖然とした。


「キミついてるよぉ! ちょうどダンジョン産の生産秘伝書を持ってる奴が通りかかってんだもん。本当は古書店に売りにきたんだけど、格安で譲ってあげるよ!」

「え」



《「カイド」から「彫金秘伝書」と「20万G」とのトレード申請を受けました。承認しますか?》



「あ、あの、別に――」

「遠慮すんなって、な? な! なぁ?」


 凄く押しが強かった。一見ニコニコと人が良さそうな笑顔だが、ツカサの言葉を聞く気がまるでないようで有無を言わせない迫力があり、ツカサはすっかり呑まれてしまう。つい流されるまま、承認をした。今までこんな風に強く押しつけるような会話をする人間と話した経験がなく、断り文句が上手く切り出せなかったのだ。

 ――正直なところ、相手の押しの強さが怖かったというのもある。


「まいど! ハハッ、じゃーな!!」


 カイドは用は済んだとばかりに、走っていなくなった。



 しばらく茫然としていると、青白い顔色の和泉が口を開いた。


「つ、ツカサ君。大丈夫……?」

「……はい」

「な、なんか……強引で怖かったね」


 静かに頷く。青色ネームのプレイヤーなのに、今まで会ったことのある赤色ネームのプレイヤーよりも怖かった。いや、違う怖さがあったというべきだろうか。


「ツカサ君。さっきの人、ブロックリストに入れとこう。また話しかけられるの、怖いよ」

「いいんでしょうか。こんなことで――」

「いいと思う。押し売りっぽかったし……っていうか多分押し売りだったよ!」



 アーリーアクセス初日。この日初めてツカサはプレイヤーをブロックする機能の、ブロックリストを使った。

 ここはオンラインゲームで、色々な人がいるのだということを再確認した日でもあった。

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