第6話 職業ギルド階級解放と薔薇の好事家
神鳥獣使いギルドへ、ソフィアはカフカに薔薇を見せに行った。ソフィアの姿がギルドに入った瞬間消える。他の人がイベントを進行しているのを外から初めて見たツカサは驚いた。個別のイベントは完全に別の空間で行われているようだ。
受付の女性と目が合った。彼女はにっこりと微笑み、ツカサに色とりどりの紙が貼り付けられている壁の木枠を手で指し示す。
「LV3以上の神鳥獣使いですね。こちら、神鳥獣使いギルドのギルドクエストとなっています。お好きな依頼を受け、ギルド階級を上げて下さいね」
《職業ギルド階級とギルドクエストが解放されました》
「ギルド階級、ですか?」
「ええ。ギルドには1級から10級というギルド階級があります。あなたは見習いですね? 現在10級の階級となっているでしょう。
階級を上げるには、依頼の達成数と神鳥獣使いの適正LVが必要です。頑張ってギルドに貢献して下さい」
「階級を上げると何かあるんでしょうか?」
「階級が上がるごとに、ギルド取り扱いの販売商品が増えます。ギルドクエストの難易度も上がり、種類も増えていきます。人気商品はメインとサブ職業を入れ替えられるアイテムやスキルを覚えられる書物、ギルド管理ダンジョン立ち入り許可証などでしょうか」
「スキル……」
商品一覧の紙を見せてもらった。すると紙の上に被さるようにブラウザが表示される。ブラウザ内の表の文字はほぼ灰色で、10級では買えないものばかりだ。
意外なことに魔法攻撃力アップや属性攻撃魔法のスキルの本がずらりと並んでいた。ヒーラーなのに攻撃手段を上げていいのだろうか。魔法アタッカーになってしまうと思うのだが。
5級で買える物に『神鳥獣のアクセサリーリング解放権』を見つけた。神鳥獣の足にリングをつけられるようになるものらしい。武器強化に当たる要素のようだ。
(5級を目指そう……!)
次に、張り出されているギルドクエストを見てみる。10級のクエストは『急募:医者の助手』、『教会の礼拝手伝い』、『村々の医療巡回』、『HP下級回復薬の納品』、『MP下級回復薬の納品』、『医療品の納品』、『薬草の納品』、『毒キノコの納品』だ。9級になるには、この中のクエストを5回クリアする必要がある。何度も同じクエストを繰り返して回数を達成してもいいという。
(回復魔法の仕事と、生産職と採集職の仕事から選べるんだ。あ、この『HP下級回復薬の納品』と『MP下級回復薬の納品』が達成出来る)
丁度、特典でもらった『HP下級回復薬』『MP下級回復薬』が各3つずつ手元にある。特典だが消耗品なので、納品してもいいのではないだろうか。持っていても使う機会がない気がする。
(HPは魔法で回復出来るし、それに僕は元々MPが多い種人だ。雨月さんからもらった明星杖でもっとMPも多くなっているから、戦闘中にMPが無くなって困ることにはならないと思う)
『HP下級回復薬の納品』を2回、『MP下級回復薬の納品』を3回、その場で達成した。報酬は各50Gで250G。経験値は無かった。
これで9級になった。次の8級になるには、9級のギルドクエストを最低3つ入れた8回のクエスト達成が条件だ。
「和泉さんはギルドクエスト、どこまで進めましたか?」
「ぜ、全然触ってなかったよ。後でやらなくっちゃ!」
「2人ともー! おまたせだよー」
笑顔のソフィアが現れた。
「おかえりなさい、ソフィアさん」
「ふふ。昼間のカフカ様、とっても新鮮だったの」
「昼間……?」
ソフィアの発言にツカサは首を傾げる。和泉はそもそもカフカを知らないらしく、ぽかんとしていた。
「いよいよ好事家に薔薇を渡して、クエスト達成だよ」
「好事家の人……ま、街に3人いるね」
「貴族街は衛兵の人が立ち入りを禁止しているので入れないです」
「じゃあ、実質2人?」
「んー」
ソフィアが腕を組んで口をとがらせる。意味ありげな上目遣いでツカサと和泉を順に見た。
「2人とも、これからもソフィアと一緒に遊んでくれる?」
「はい、ソフィアさんさえ良かったら」
「わ、わたっ私なんかのタンクでいいならぜひ……!」
「ソフィアの方は、インしてても一緒に遊ばないことあるよ? ずっとソロでやって来たし、気まぐれなの」
「僕と和泉さんだって、一緒にいてもそれぞれ別のことをしたりするようになると思います。気が向いた時に一緒に遊ぶのでいいんじゃないでしょうか」
「しょ、職業も違うからね。そ、それに普段は私が勝手にツカサ君に合わせてるだけだから、ツカサ君もソフィアさんも気にしないでくれたら、私も気が楽だなって……!」
「そっか。わあい、嬉しいな! 神鳥獣使いは1人じゃ遊べない職業だもん。ソフィアも仲間に入れて欲しかったの。これからよろしくね、ツカサ! 和泉!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「よ、よろしくです……!!」
3人とも笑顔で、なごやかにフレンド登録を交わした。確認のため、《フレンド一覧》の《ソフィア》を見る。
名前:ソフィア
種族:種人擬態人〈女性〉
所属:ネクロアイギス王国
称号:【影の英雄】
フレンド閲覧可称号:【カフカの忠臣】【ルビーの義姉】【パライソの外敵】【ベナンダンティの知己】【深海闇ロストダークネス教会司祭】【守護大名】【王国を裏より統べし者】【下剋上】【暗殺組織ギルド長】【闇の独裁者】【正義の鉄槌を赤へもたらす死神】
非公開称号:有り
職業:召魔術士 LV50
ツカサと和泉はゴクリと唾を飲み込んだ。和泉はおののきながら「や、やっぱり……」と零した。
「暗殺組織ってPKKの、えっと運営と関わりがある――……?」
ツカサの問いに、ソフィアは人差し指を唇に当てて可愛らしくウィンクする。
「みんなには秘密なの☆」
「は、はい……」
ツカサと和泉は半ば放心しながら、ソフィアの「こっちもちゃんとフレンドになったの」という明るい声に頷いた。
「ソフィアの職業、召魔術士になってるでしょ? 神鳥獣使いはサブ職業なんだよね」
「あ……フレンドで表示される職業はメインだけ……?」
(そういえば雨月さんも、二刀流剣士としか)
「そうなの。これからも本業はそっち。でも普段は出せないから――ごめんね?」
「は、はあ」
「それじゃあ、ソフィアについてきてね」
ソフィアの後をツカサと和泉はおっかなびっくりについて行く。街の住宅地の奥へと進んで行き、井戸のある狭い一角に出た。椅子に座った杖を持つ老人が、ポツンとその空間にいる。
ソフィアが左手を軽く挙げると、ブワンッと機械的な音が鳴り、複雑な魔法陣が一瞬老人の前に浮かんで消えた。
続いて老人も右手を挙げる。同じような機械音と共に、先ほど消えた魔法陣と重なる空中の場所にまた別の魔法陣が一瞬浮かんで消えた。
すると、壁が剥がれ落ちて今まで無かった扉が出現する。
ツカサと和泉は声もなく驚いた。ソフィアがさっさと扉の先に進んでいくので慌ててついていく。
扉の先は階段で、降りるとそこは薄暗い道だった。
「地下通路……?」
「うん。ツカサと和泉は地図を開けないから迷わないようにソフィアの傍を離れないでね。かなり迷路なの」
「秘密基地っぽい!? うわ……! か、格好良い……っ」
和泉は道のくぼみごとに天幕を張っている屋台の数々に、目を輝かせていた。
薄暗い中、ほのかなランプの明かりで手元を照らし、店主らしき人達全員が顔を隠していて無言で客とやり取りをしている。うさんくささと独特の雰囲気がそこにはあった。
「ここは一体……」
「ここは特別な通行許可証がないと通れない道なの。でも、持ってるフレンドとパーティー組んでたら一緒に来られる場所だよ」
「僕達はソフィアさんのおかげで通れてるんですね」
「ふふ。ソフィアに感謝してもいいの!」
「ありがとうございます」
「どういたしましてなのー」
場の雰囲気に少しずつ慣れていき、次第にツカサも落ち着いてきた。先導されるままに歩き続けると、入ってきた時と同じような井戸の一角があり、ソフィアが地上と全く同じやり取りを座る老婆と交わせば、壁に扉が出現する。その扉の先は上り階段だった。
階段を上りきると、光が眩しくて、とっさに腕で遮る。
それから目を細め、辺りを見渡した。どうやら地上に出たようだ。背後には扉のある石像。眼前は手入れの行き届いた美しい薔薇の庭園だった。
地下を通っている時は消えていた地図が再び復活する。ツカサ達は貴族街にいた。地図の「!」マークが近付いてくる。燕尾服の執事を伴った、スーツ姿の壮年の男性がゆっくりと歩いてきた。
「おや、司祭様。お連れの方がいらっしゃるとは珍しい」
「マシェルロフ侯爵。いや、何。珍しい薔薇を手に入れてな。そこで貴殿の顔を思い出したのだ」
ソフィアはこれまでの無邪気な笑顔の様をガラリと変えて、大人びた表情と堂々とした口調で話し出す。
(ロールプレイ出来る人ってすごい……)
「ほう、それは光栄の至り。してその薔薇とはまさか」
「我が王に忠誠を」
「おぉ! ローゼンコフィン!!」
ソフィアが手に持つ薔薇を見て、マシェルロフは相好を崩した。彼の後ろに控えていた執事が盆を持ってソフィア達へと近寄る。
ソフィアがツカサと和泉に「薔薇をのせるの」と促した。
《「真なるローゼンコフィンの薔薇」を渡しました》
「これは何と、美しい……。スウィフ」
「かしこまりました」
執事が今度は盆にずっしりとした袋を3つ載せて持ってきた。ツカサ達に渡す。
《限定特殊クエスト『王の薔薇の住処』を達成しました!》
《達成報酬:経験値500、通貨10万Gを獲得しました》
「む。スウィフ、それでは司祭様に私の気持ちが伝わらないのではないか?」
「は! 思慮が足りず、申し訳ありません」
《好感度追加報酬:「造花製作見本書」、通貨20万Gを手に入れました》
「え!? あ、あの……」
報酬が突然増え、更に渡されてツカサは焦る。ソフィアが「いいの」と笑顔で流した。
帰りは馬車が用意され、その馬車に乗って貴族街からすんなりと城下街へと出る。中央広場から離れた場所で馬車から降りた。
「終わったね!」
「は、はい。ソフィアさんにはお世話になってしまって。しかも報酬まで増えたのはソフィアさんがいたからですよね」
「気にしないで。あんまりネタバレしたくはないけど、ツカサ達もメインを進めたら貴族街に入れるようになるの。今回はちょっと裏道通って、メイン進めてない状態で強引に入っちゃっただけだよ。
そうだ! 和泉は採集好きだって言ってたよね。ソフィアは『草花図鑑』もらったからあげるよ」
「ええっ!?」
「『草花図鑑』は生花が採集出来るようになるスキルが、ポイント消費しないでゲット出来るアイテムだよ。ソフィア、生産も採集も触ってないんだよね。これからも時間取れないからやらないの。だからどうぞ」
「あああ、ありっありがとう……!」
「ふふ。こちらこそなの。今日は2人ともソフィアに付き合ってくれてありがとー」
ソフィアはそう言ってパーティーから抜け、手を振りながら去って行った。ツカサと和泉も手を振ってソフィアを見送っていると、
「あー!!」
不意に、背後から叫び声が上がった。振り向けば、ツカサを指差して震えながらパクパクと口を開け閉めしている黒ローブの平人の女性が立っている。
紫色で『ミント』とプレイヤー名が浮かんでいた。