第4話 テンプレスキル構成の落とし穴と、埋もれた神鳥獣使いの真価
「レベル変動制・LV6幻樹ダンジョン」はソフィアの主導の下サクサクとクリア出来た。
《【水泡魔法】がLV4に上がりました》
《【治癒魔法】がLV3に上がりました》
《【喚起の歌声】がLV2に上がりました》
《【沈黙耐性】がLV3に上がりました》
《【祈り】がLV4に上がりました》
戦闘の合間に、ツカサはちょこちょこと【祈り】を使い、スキルレベルが一気に上がった。ただこのスキルを上げたところで、特に効果はないのだが。
前回来た時は謎だった【沈黙耐性】が上がる理由が分かった。一部の地面がランダムに沈黙の状態異常を付与するものになっていたらしい。そのため、ソフィアも事前に【沈黙耐性】を取ったという。前回、雨月が攻撃してくれなくなる場面があったのは、この状態異常の影響だったようだ。
今のツカサは【喚起の歌声】があるので、和泉の沈黙も治すことが出来た。
同じダンジョンの攻略だが、ツカサと和泉には新しい発見ばかりだ。特に和泉はソフィアの指導を受けてどんどんと動きが良くなっていった。
「和泉、ヘイトを取り続けるのと敵の攻撃を受け続けるのはイコールじゃないの。ヘイトを稼いだら盾で受けるんじゃなくて避けてみよー!」
「えっ、あ、ひえ……!?」
「敵の攻撃の瞬間、盾じゃなくて剣で防ぐのもやってみよ! タイミングを合わせるの、はいっ、今!」
「うあっ!?」
「そのまま弾いて攻撃に移るの!」
「えい……!!」
「やったー! 上手いよ和泉っ」
和泉は大変そうだったが、頬を火照らせながらも笑顔で楽しそうだった。やれることが増えて「色々なスキルがいっぱい出たよ!」と喜んでいる。
《「レベル変動制・LV6幻樹ダンジョン」をクリアしました》
《LV6ダンジョン踏破の報酬として、通貨20万Gを手に入れました》
果樹林の入口付近で、休憩がてら雑談形式でソフィアから話を聞けた。
「ソフィアさん、タンクの経験があるんですか? あ、これって聞いても……」
「別にメインやサブ職を聞くぐらい平気だよ? ソフィアにタンクの経験は無いの。ソフィアのメインは召魔術士。もう1個のサブもアタッカー。
ねぇ、ツカサ。DPSが出せる――ううん、上手いプレイヤーってね、基本的に物知りなんだよ」
「タンクのことを知っていたり?」
「そう、他職のことを熟知しているの。何のスキルが必要で、何のスキルが必要じゃないのか。どれを取捨選択で持っているのか、案外分かっちゃうんだよ。対人戦だと特に顕著なの」
「だからソフィアさんも物知りなんですね」
「ふふ。そうだよ? ソフィアは上手いプレイヤーなの!」
ソフィアが胸を反らして得意げに言う。
ツカサは素直に尊敬し、和泉は目を泳がせた。
「えっと、他職のことはどうやって調べればいいですか? メインの人に尋ねた方がいいんでしょうか?」
「それは現実的じゃないよ。みんな隠してるもの。やっぱり上手い人の動画を見て研究かなぁ。スキル構成を全部公開している人は仕様上いないんだよね」
「仕様上……?」
「プラネって、職業別の算出だけど全く同じスキル構成をしている人が一定以上の人数を超えると、そのスキルが封印されちゃう仕様なの。
攻略サイトでも、絶対にこれだけは必要! って基本的なスキル構成は載せていても、完全ないわゆる最強スキル構成のテンプレを載せているものなんて無いはずだよ。
あ! でもわざと載せてる悪意のあるサイトもあったかな?」
「そうなんですか!?」
ツカサと和泉は驚いた。さらに和泉は「そういえば、掲示板でスキル構成について話す雑談が全然無かったかも……」と呟いていた。
「プラネ掲示板では、オススメスキルはいくらでも書いていいけど、スキル構成自体を書くのはタブーだよ」
「それってゲーム内で説明あるんでしょうか?」
「無いよ。ベータのごく初期に、ある日突然イベントが起こって封印されたの。あの時の騒動だって凄かったんだよ? でもブラディス事件の影に隠れちゃったの。PKのレベルダウンでうやむやになっちゃったもん」
のほほんと、ソフィアは笑顔で話す。完全に他人事の口調なので、ソフィアはそのスキルの封印をされず、これからも封印される心配が無いような特殊なスキルを持っているのかもしれない。
「だからわざと変なスキルや役に立たないスキルを1つ取って、もしもの対策してる人もいるぐらいなの」
(そっか。他の人が持ってるからって安易に同じスキルを取ったらまずいんだ。これからは攻略サイトを参考にするのはほどほどにして、自分でよく考えよう)
深刻そうな顔で考え込むツカサと和泉に、ソフィアはニコッと満面の笑みで告げた。
「他人の不利益になることだから、大体内緒にしてるし教えないよね。ベータの人達でも知っている人と知らない人がいるはずだよ。正式版で人が増えた時にどうなるのか、ちょっと見ものなの」
(ソフィアさんが黒い……)
続いて和泉の「レベル変動制・LV5幻樹ダンジョン」に挑む。そこでソフィアから提案があった。
「ツカサの立ち回り、1度見せてもらいたいの。ソフィアは知識があってもヒーラーは初心者だし、気になるの」
「僕も雨月さんに教えてもらったばかりで全然初心者ですけど、それでいいなら」
「わぁい、ありがとー。じゃあ最初の戦闘はソフィアが攻撃と補助に回るね」
(神鳥獣使いのバフを使ってるところを見たいってことかな? 雨月さんが最初に教えてくれたのもバフの使い方だったから)
人に観察されていると思うと緊張したが、ツカサはこれまで通りの戦闘を心がける。
まず〝魔虫テントウLV10〟のヘイトを和泉が【宣誓布告】で取り、続いてソフィアの攻撃力アップのバフ【鬨の声】がパーティーメンバー全員にかけられる。敵のヘイト状況を見ながらソフィアと共に攻撃をして、和泉のHPが3割に減ると【癒やしの歌声】で回復した。
そうして無事に敵も倒し、ほっとする。ソフィアに振り返ると、眉間にこれでもかと皺を作った渋面のソフィアがそこにはいた。美少女顔が残念なことになっている。
「ツカサ……そのバフをかけるタイミング、何……?」
「え……?」
「ツカサが使っている回復はバフだよ? バフって言うのは攻撃力が上がる【鬨の声】を見てれば分かる通り、事前にかけるものなの」
「あ……でも」
「HPが減ってから使う普通の回復魔法と同じ使い方しちゃだめだよ。和泉が落ちちゃうの!」
ソフィアに怒られた。いつものツカサなら「そうだったのか」と素直に聞いていただろうが、この時ばかりはソフィアに少し反発を覚えた。ツカサの脳裏に神鳥獣使いの先輩、雨月の存在があったからだ。
(でも、雨月さんはそんなこと言わなかったから)
「あ、あのう……!」
ソフィアとツカサの間に、和泉がキョドキョドとしながら視線をさまよわせ、おっかなびっくりに口をはさんだ。
ソフィアは小首を傾げる。それを見て、和泉は意を決した様子で切り出した。
「そ、そ……っ、そふぃ、ソフィアさんの回復って変じゃないですか?!」
「へ」
ソフィアはハトが豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
「え? あの、え? ……ソフィアが変?」
「は、はい。れ、レベルの低いツカサ君の方が回復量が多いっぽいんですけど……」
「!? ちょっ、ちょっと待って! 戦闘ログ……!!」
ソフィアは慌てて文字で記録された戦闘の詳細をブラウザに表示する。そして「嘘!?」と悲鳴に近い声を上げた。
「ソフィアの【癒やしの歌声】が常時50回復で、ツカサの【癒やしの歌声】が常時300回復!? ツカサ、何か回復量が上がる特殊スキルを持ってるの!?」
「い、いえ……。あ、ひょっとして【祈り】が」
「それは関係無いの!!」
力強い断言がソフィアから返ってきた。
不意に、ツカサはあることに気付く。
「そういえば、ソフィアさんの【癒やしの歌声】は音符が光ってなかった……?」
「確かに音符が光ったことなんてないけど……あれって光るものなの?」
「はい。それにただのエフェクトじゃなくて続けてかける時の指標になってて」
それからソフィアはしばらくじっと戦闘ログを凝視した後、額に手を当てて重たい溜息を吐き出す。力なく肩を落としたその風情は、仕事で疲れ切った両親の姿をツカサに思い起こさせた。ソフィアは低い声音でボソリと呟く。
「正木……、本当色々とやってくれるよな……」
「そ、ソフィアさん……?」
ソフィアは顔を上げるとズサっと地面に座り込んだ。
ソフィアエモート:ツカサに土下座した。
「ソフィアさん!?」
「ツカサごめんなさい。ツカサの使い方で合っていたみたいなの」
「そう、なんですか?」
「うん。次からソフィアもツカサのやり方をしてみるね」
そうしてダンジョンを再びソフィア主導で進むことになった。ソフィアは色々なことを試しているようで、今まで最初に使っていた【鬨の声】をタイミングをずらして使うことが多くなる。
戦闘ログも同時に見ているらしく、そのたびにソフィアが渋い顔をするのが印象的だった。
《【水泡魔法】がLV5に上がりました》
《【治癒魔法】がLV4に上がりました》
《【喚起の歌声】がLV3に上がりました》
《【沈黙耐性】がLV4に上がりました》
《【祈り】がLV6に上がりました》
《「レベル変動制・LV5幻樹ダンジョン」をクリアしました》
《LV5ダンジョン踏破の報酬として、通貨20万Gを手に入れました》
《称号【ダンジョン探検家】を獲得しました》
果樹林の入り口に戻った途端、ソフィアが口を開いた。
「やっぱり……。神鳥獣使いは、ゲーマーというか、バフが何なのか理解している人ほど、使いこなせない職業だったという表現でいいのかな……? プラネには宝珠導使いっていう普通のバフデバフのヒーラーがいるから余計に盲点だったと思うの」
検証結果を語るソフィアはどことなく頭が痛そうだ。
「まさか神鳥獣使いが、先入観を逆手に取ったアンチ……いや、メタバッファーなんてキワモノとは思わなかったよ。
バフをあえて後がけするってひねくれた発想、確かに絶妙に製作者・正木洋介って感じなの」