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前編 連休明けとパッチノート動画

 5月7日、ゴールデンウィークの連休明け。蘆名あしな征司せいじは、朝食と身支度を終えて村の小さな学校に登校した。

 教室には、既に小学2年生の北條ほうじょうカナが来ていた。今日のカナはツインテールの髪型に、征司と同じくTシャツとジャージのラフな格好である。Tシャツはお互い昨日買ったアニマルのもので、顔を見合わせて2人は笑顔になった。


「おはよう、セイちゃん!」

「カナちゃん、おはよう」

「きのうぶりだね。ねぇ、知ってる? きょうはコンビニにサトちゃんいなかったんだよ。しばらくルスだってハリガミしてあったの」

「ゲームの大会に出場するんだって。深夜2時頃に出発したと思うよ」

「わあ! それじゃあ、おみやげ楽しみだね」


 征司とカナは始業時間まで、のんびりとノートに簡易版リバーシのようなルールの○×を書き合うゲームをしたり、絵を描き合って過ごす。

 始業時間になると、担任の女性教師の仲村なかむら理世子りよこが教室へとやって来た。


「おはようございます。出席を取りますね。蘆名さん?」

「はい」

「北條さん?」

「はい!」

「全員出席ですね。では授業を始めましょう」


 征司は受験用の小論文のプリントを、カナは算数のワークブックを机の上に広げてそれぞれ勉強を始めた。理世子先生は、主にカナに付き添って計算の解き方を教える形だ。


「蘆名さん。今日は過去の試験問題から数学と漢字も勉強しておきましょうか。本当に簡単なものばかりですから、身構えなくても大丈夫ですよ」


 理世子先生のお手製プリントを渡される。征司は受け取りながら、昨晩の両親の会話に思うところがあって尋ねた。


「先生。町の高校の試験は、これとどのくらい違うものなんですか?」

「え……? 蘆名さんそれって――」


 理世子先生は言いかけた言葉を呑み込んで、慌てて「ちょ、ちょっと待ってて下さいね」と教室から出て行った。それから直ぐにファイルと冊子を持って戻ってくる。


「これが町の公立高校の昨年の試験問題と面接内容ですよ」


(あ。すごく難しい……)


「町にはこの公立高校と、もう1つ私立の分校がありますけど、そちらは都会の子達の高校なので関係ないですね。

 町の高校は1つしかないので競争率が高く、町の子でも市外や県外の高校に行く子も多いんですよ」

「僕の学力じゃ、そもそも難しいんだ……」


 征司の気落ちした呟きに、理世子先生は優しい声音で言う。


「良い機会だから、町の公立高校の試験問題を解けるようになるのを目安に勉強していきませんか? 通信高校でも、中学の勉強を基礎として更に勉強していくことになるので大事なことです」

「先生。僕、何が分からないかも自分でもよく分からなくって」

「じゃあ、分からなくなった最初がどこか、少しずつ探していきましょうか」



 今日1日は、征司の学力把握に費やされた。結果、おぼろげに分かったのは、科目によって征司の学力にはバラつきがあることだ。小学校高学年からつまずいたものもあれば、中学1年生でわからなくなったもの、中学3年の受験生として学力が達しているのは、かろうじて英語と数学だけである。

 古文と漢文が苦手なだけで、現代文や漢字の読み書きはそれなりに分かっている自負があった征司は、全然国語力が備わっていなかったことにショックを受けた。

 理世子先生に「これは……先生の責任ね。ごめんなさい」と謝罪をされてしまったが、間違いなくこれまで理世子先生に「分かりました」と答えてワークブックを進めてきた征司の判断のせいである。


(その時に問題が解けたからって、ちゃんと理解して覚えられた訳じゃなかったんだ)


 過去に正解した問題が、今見ると解けない。〝勉強〟というものは本当に難しいものなんだと感じた。




 征司は学校が終わると、たくさんのテキストや参考書を手提げ鞄に詰め込んで家路につく。下校中、カナが重そうな鞄に「セイちゃん、半分もつよ」と気づかってくれたが、どう考えても小さなカナには負担な重さだったので断った。

 玄関に着くと、家の中にドサリと手提げ鞄を置き、ほっと安堵の息を吐き出す。


(重かった。腕しびれた……)


 ふらふらとしながら自室へ運び、手提げ鞄の中身をちゃんと仕分けして学習机の本立てに並べた。それから私服に着替え、リビングから飲み物を取ってきた後は、参考書を開きながらテキストに目を通してノートに問題を解き始めた。

 最初からつまずきつつ、1ページの問題を解いて頭の中に覚え込むまで繰り返し解く。それだけでかなりの時間がかかった。参考書やテキストのページ数を考えると、今更やっても追いつける量じゃないという諦めも胸中で湧いた。


(でも、みんな勉強していることなんだ。少しでも追いつこう)


 同じ場所に立てなくてもいい。そういう場所の後ろでもいいんだから、みんなが見える場所にいきたい――そんな前向きな気持ちを持って、征司は勉強をこなすことにした。


 夕飯に呼ばれるまで勉強し、夕食中、征司は勉強量を増やし始めたことを両親には言わなかった。何となく、通信高校を受けるのに公立高校の受験勉強をするなんて意味が無いことをしているのを知られるのが恥ずかしい気がしたのだ。




 休憩がてら、VRマナ・トルマリンを装着した。ホームの《新着のお知らせ》に、『「プラネット イントルーダー・オンライン」公式からのお知らせ。パッチノート動画が投稿されました』とあった。


(パッチノートってなんだろう?)


 動画を開いて再生する。


『「プラネット イントルーダー・オンライン」公式から、5月10日にリリースの正式版VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』についてのアップデート情報のお知らせです』


 ニュース番組のような体裁で、1人の白衣の男性が淡々と隣に表示される文章をカメラの方を見たままで読み上げていく。

 男性は青みのかかった褐色の髪に、白っぽい黄色の瞳。肌は透き通るように青白く、幽霊じみた不可思議さをこちらに感じさせる容貌だった。


(この人、誰だろう。流石に製作者の正木洋介さんじゃないよね。このためのバーチャルキャラクター?)


 彼が話す内容は、ベータ版からどのように変わるかの話だった。征司は始めたばかりなので、変更点を言われても特にピンとこない。

 関係があるとしたら、ステータスの「人種」という項目が「種族」に変更されること。PKKの人が紫色のネームになること、新しいサーバーの設置だろうか。


 正式版から新たな大陸と国、職業が追加されて世界が広くなるらしい。その大陸にハウジング領地というプレイヤーが領主になる土地が追加されるそうだ。


 有料アイテムも実装され、キャラクタークリエイトをやり直すものと、サーバー移転をするもの、サブクエストを未クリア状態に戻すもの。これは同じサブクエストを繰り返し戻すことは出来ないと注意の説明があった。


(やり直さないと取り返しがつかないようなサブクエストがあるのかな)


 明日から2日間のアーリーアクセスが始まる。ベータ版の人達だけの先行ログイン期間だ。

 征司がログインするのは夕食後、勉強をしてからになる。メインストーリーの続きも気になるし、早く和泉と一緒に遊びたいと思った。

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