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第1話 未知のインディーズゲームとの遭遇

 ……『絶大な人気を誇る女性2人組ユニット「コントロール・ノスタルジック」のキーボード、黒原イズミさんが休業に入り、長期の間ユニット活動を休止することになりました』……



 蘆名あしな征司せいじは、テレビが伝える芸能ニュースを聞き流しながら、いつもより心持ち早めに朝食をたいらげて流し台に片付ける。


 昨日5月4日、征司はめでたく15歳になった。

 両親からの誕生日祝いはVR機器。それは征司が4月の進路相談でネット通信高校を志望したため、仮想教室に対応したVR機器を先んじて買ってくれた形である。しかもゲームの購入代金1万円まで両親はくれた。



 征司は、はやる気持ちを抑えて家を出た。

 本日5月5日。ゴールデンウィークの連休中だが、自営農業の両親は今日も仕事で、畑か営業事務所で働いている。これまで特に予定がなかった征司に、今日はVRの予定が出来たのだ。

 牧歌的な坂道を下り、山を背後に背負う果樹園の住宅を何軒か通り過ぎる。畑に挟まれた郵便局の隣には、山深い山村に似つかわしくないコンビニがあった。


 征司の住む山村は32世帯ほどの小さな集落で、人間が5割、アンドロイドとロボット5割の世帯人口だ。それも土地と関わりの無い都会からの移住者ばかり。地主が土地を遊ばせておくのが嫌らしく、大人達が言うには「地主は移住者を番犬代わりにしている」らしい。

 普通の町に行くには山を越えなければならないが、市のバスも廃線になり、現在は郵便局が配送に出すマイクロバスが山村のタクシーも担っている。そしてコンビニのおにぎりなどの食品は、山を越えた町のコンビニから毎日ドローンで配達されていた。


 征司がコンビニに入れば、「らっしゃーい」と店長兼店員をやっている細身で知的な20代の眼鏡の青年の、だらっとした声がかけられる。

 彼の名前は里見さとみしげる。滋はレジ内にゲーミングチェアを持ち込んで座っており、客が来ても顔を上げずに携帯端末をいじっていた。


「滋さん、おはようございます。VRで現金として使える電子カードはどこにありますか?」

「そこの壁に――……って、おはよ!? 征司君、今VRって言った!? 機種は?!」


 滋が目をキラキラと輝かせ、レジから身を乗り出す。

 これまでゲームで遊んだことがない征司は、その問いにこそばゆさを感じつつ、はにかんで答えた。


「その、〝マナ・トルマリン〟です」

「おぉ! 一番高いゲーミングVRじゃないか!! さすが無農薬野菜のネット直販で儲けてる家は違うなぁー! っつっても俺もトルマリンです。仲間~」


 ニカッと笑った滋からノリノリで手を差し出され、征司は握り返した。


「自動引き落とし払いにはしないのか。ま、子供にはそれが安全かな? マナ・トルマリンのゲームストアなら、お菓子棚横の右上のマネーカードが対応してるよ」

「ありがとうございます」


 指差されたカードに触れながら、3000円か5000円のものを買うかで迷う。1万円を全部カードに使うのもどことなく気が引けた。自分のお金じゃないからだろうか。折角なので、ゲームに詳しい滋に尋ねる。


「滋さん、オススメのオンラインゲームってありますか?」

「どのゲームもマルチオンライン要素はあるよ。無いのを探す方がむずい」

「そうなんだ」

「征司君はどんなジャンルをやりたいのかね?」

「えっと、人とコミュニケーションが出来るゲーム……? ゲームで遊びながら誰かとお喋りする時間があるものを探してて」

「じゃあ、一期一会じゃない系か。交流となると普通にMMO系、かねぇ。俺としてはゲーム初心者に薦めたくないのだが」

「父さんにゲームで色々な人と話してみなさいって、ゲームを買うお金をもらいました」

「いやいや、ゲーム内の絡みなんて百害あって一利無し!! ……なんて、ゲーム実況者の俺が言ってもブーメランですか。そうですね、そうでした」


 滋は大袈裟に肩を落とす仕草をする。

 滋の言葉で、征司は以前見た滋のカードゲーム解説動画を思い出す。あれは難しくてよく分からなかったので、遊ぶならカードゲーム以外が良いなとこっそり思った。


「父さんは、ゲームで変な人に絡まれてつらい目に遭ってもそれが経験になる、って言うんです。それに、ゲームをやめれば関係を断てるから現実よりも後腐れがなくて安全だって」

「!! 思ったよりクールな考えからであった……! ぶっちゃけ征司君のご両親、1人息子を真綿にくるんでる過保護系の代表ぐらいに思ってたよ。正直びっくりだわ」

「父さんがそんな風に言うのは、ガラガラの教室でやった授業参観のせいだと思う……。僕が教室に1人だったから気にしているみたいなんです」

「あー、そっか。今って村に学生の子供2人しかいないもんなぁ」


 征司ともう1人は小学2年生の女の子だ。いつも征司はその子と一緒の教室で授業を受けている。

 ただ4月にあった授業参観の日は、征司の進路相談もあったので別々に授業を受けた。

 征司の両親は、常日頃から在校生2人という現状を見聞きしていたが、直接目の当たりにするのはまた別の衝撃があったらしい。集団での経験が積めない環境、極端に赤の他人と接する機会の無い息子の現状に今更ながら危機感を持った。


 この山村では広大な畑などで住居が離れているせいもあり、ご近所付き合いもあまりない。人間よりも山の警備で徘徊するアニマルロボットと接する率の方が高いのだ。


 元より征司は引っ込み思案で、村から離れたいと思ったことすらない。都会へのあこがれも希薄だ。だから自然な流れでネット通信高校を志望し、町の高校に行かない選択をした。

 町まで片道2時間半、往復で5時間はかかる。これは山の周りをぐにゃぐにゃと蛇行するように敷かれた道路が原因だ。

 征司の両親も、家の農業を継ぐなら学歴が必要ないため、無理に遠距離通学となってしまう進学を勧めにくい。かといって征司の性分上、寮や1人暮らしなんて生活が出来ないのは分かっていた。


 そこで両親の出した苦肉の策が、ゲームでの外の人との交流なのだ。


「じゃあMMOか。でもMOも一応待機フロアがあるやつはあるしなぁ。月額でお金がかかるゲームでもOK? 俺の経験に則った偏見なんだけど、基本無料はヤバい奴が特に多い印象なんで」

「う、うん。月額でも大丈夫」


 頷きながら、征司は頭の片隅で月々のおこづかい3000円を思い浮かべていた。コンビニでお菓子を買うぐらいにしか使っていないお金だ。


「じゃあ、国産で大手の『クロニクルアーツ・スカイ8』か『龍戦記ファンタジア』。次点でちょいきな臭い『リザルト:リターン』かな。まぁ、オンラインゲームで評判良いのは皆無だから、ネットの評価は参考にしてもあんま当てにしないように! 合う合わないは人それぞれなんで、触ってみてから続けるか決めればいいよ」


 滋は一旦レジの奥に消え、再びメモ帳を持って出て来た。手早くメモ用紙に先ほど列挙したゲームタイトルと滋のVRマナ・トルマリンのIDを書いて、征司にメモの紙片を渡した。

 滋曰く、フレンドに登録しておけばVRでのメールやチャットが気軽に出来たり、フレンドのゲーム動画配信のお知らせや一部DLゲームの共有化、ストアで購入したものをプレゼントすることも出来るそうだ。

 更に滋からはVRの本体設定、特にセキュリティ関連のレクチャーを受けた。




 結局、1万円を全額使うのはためらわれて、5000円と3000円のプリペイドカードを1枚ずつ買って帰宅する。リビングの机にお釣りの2000円を置き、自室へ戻った。

 ドキドキと胸を高鳴らせながらVR機器を箱から取り出す。眼鏡ケースほどの大きさの箱に入っていたのは、水泳ゴーグルの形をしたVR機器だった。


(軽い)


 飲料水のペットボトル容器より軽いのではないだろうか。

 早速充電板の上に置いて充電を始める。その間に箱の裏側に書かれた簡素な製品説明に目を通した。


(VRマナ・トルマリンは眼鏡タイプもあるんだ。ゴーグルタイプより没入感と性能が落ちて、その分値段が安く……なってない! 25万円!?

 えっと、注意事項は本物の眼鏡みたいに公共機関で使わないで……? 『人身事故などの使用者の過失に対して、当社は一切責任を負いません』……家の外でVRする人がいるの!?)


 そこで眼鏡タイプの参考写真が滋の眼鏡にそっくりなことに気付いてしまった。思いがけず身近で仕事中に使っている違反者を発見してしまい、自分が悪いことをした訳でもないのにドギマギしてしまう。


 そうこうしているうちに、VRマナ・トルマリンの充電が終わった。楽な姿勢で使用するように注意書きがある。ひとまずベッドに腰掛けてゴーグルをつけた。

 すると、ゴーグルの縁の一部から青い光が放たれ、征司と部屋全体を一瞬青く照らした。

 次に征司の視界が真っ暗になるが、数秒と経たずに開け、白く四角い空間に征司はいた。


(ここがVRマナ・トルマリンのホーム?)


 物珍しげに天井や足下、右に左に後ろへと振り返っていると、目の前に青色の四角いパネル画面が出て《言語設定》と《標準日時設定》の文字が浮かぶ。《日本語》を選択し、日時を《東京基準》で合わせて決定すれば、《VRマナ・トルマリンの世界にようこそ》と大きく文字が表示された。ついつい文字に会釈を返す。


 別途に現れたパネルをタッチして基本情報を打ち込み、アカウントIDを作成した。滋に教わった通り、ID以外の基本情報を全て非公開設定にして、メールやチャットもフレンド以外は受信拒否に変更する。

 設定を終えると、視界の右上に小さくワイプが出た。現実の部屋のモニターのようだ。自分の普段の視界がテレビのようになっているのは不思議な心地がした。


 真っ白な空間のホームはカスタマイズ出来る。

 カスタマイズのメニュー項目には、初期からシンプルな四角い机と椅子、ベージュの絨毯があった。空間の変更や他に設置物を増やしたければ、VRマナ・トルマリンのゲームストアで購入しなければならない。

 とりあえず初期の机と椅子を設置して座ってみる。何だかむずかゆく、1人照れ笑った。


 座ったまま、基本情報の設定項目をしっかりと確認する。征司のここでの見た目も、様々な別の姿に変更可能だった。まだ公開ユーザー名は登録していないし、アバターも非公開の設定にしているが、ホームで現実の征司の姿のままなのはセキュリティ的に不安になった。


 ゲームストアを開く。ゲームストアのトップ画面には、人気の見た目とアバターランキングが置かれていた。

 第1位には、不気味で貫禄のあるピエロが君臨している。突然目に飛び込んできた怖い姿にびっくりして、とっさにストアを閉じてしまった。


 心を落ち着けて再びストアを開く。

 アバターランキングを薄目で見てみる。2位と3位も血だらけの不気味な兎と熊のぬいぐるみアバターが並んでいて、4位もチェーンソーを持った血だらけの仮面男だった。

 思わず画面端に表示される5月の日付を確認してしまうほど、アバターランキングはホラーに占領されている。10月のハロウィンまでほど遠いのに一体全体何があったのだろうか。

 血なまぐさいアバターランキング以外の人気順に目を通す。そちらは何故だか二次元の可愛い女の子が多かった。


(普通の動物アバターは無いのかな……?)


 リストの底の方に、デフォルメされた丸いハリネズミのキャラクターを見つけた。丸っこくて可愛く、親しみやすい感じがする。お値段150円。

 早速3000円のカード番号を打ち込んで購入した。ついでに覗いたホーム関連で《星空の部屋》を発見し、反射的に550円の購入ボタンを押してしまう。ホームに入る度に、現実とリンクした星の動きが見られる綺麗な部屋というサンプル画像に心惹かれたのだ。


 《白の部屋》から《星空の部屋》に変更すると、天井や左右一面に星空が広がり、床はロッジのような木枠の舞台になった。暗さも調節出来るので、明るい星空というのも堪能出来る。

 綺麗だなぁ、と征司はしばらく星空に魅入った。


(こんな風に綺麗な空や景色をのんびりと見たり、好きな空間を作ったり出来るようなゲームで遊びたいなぁ。ある……かな?)


 旅に憧れはあっても、村の外に出たくないという気持ちの方が強い。外の公共機関の利用方法もよく知らないために使うのさえ怖く思え、そんな不安な思いが征司の引っ込み思案な気質を更に根深くさせている。だからテレビで都会を見た時も「色んなお店があっていいなぁ」と羨ましく思うところで終わるのだ。「行きたい」にはならない。


 とにかく遊びたいゲームの指標が征司の中でぼんやりと決まったので、ウェブブラウザのパネルを空中に呼び出し、現実の視界のワイプ映像で滋のメモを見てゲームタイトルを調べる。すると大手ゲーム情報サイトが出て来た。

 そこでの評判は――



1位 VRMO『リザルト:リターン』★★★★★(総合97点)

2位 VRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』★★★☆☆(総合59点)

3位 VRMO『龍戦記ファンタジア』★★☆☆☆(総合35点)



(あれ? 滋さんが「オンラインゲームで評判良いのは皆無」って言っていたのに『リザルト:リターン』の評判すごく良い……?)


 そういえば、VRMO『リザルト:リターン』に対して「うさんくさい」とも言っていたのを思い出す。そこに引っかかりを覚えてVRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』とVRMO『龍戦記ファンタジア』に絞って比較することにした。この2つはMMOとMOというジャンルが違っている。


 調べてみると、MMOが大規模多人数型オンラインのことで、他のプレイヤーもいるフィールド(野外)で戦闘するもの。

 MOが小規模多人数型オンラインのことで、インスタンスダンジョンなどの戦闘エリアが個々に作ってあって小規模に戦闘するもの。いわゆる専用の部屋を立てる形式のものだそうだ。

 ――ただし昨今のMMOはMO要素も備えているゲームが多く、おおざっぱな分類でしかないという。


(フィールド? があるMMOの方が景色は多いのかな。じゃあ『クロニクルアーツ・スカイ8』が良さそう。シリーズものだけど、オンラインは8だけでストーリーも他のシリーズやってなくても大丈夫みたいだし)


 更に詳しくVRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』のユーザー評価を記した記事を見た。




2位 VRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』★★★☆☆(総合59点)

【グッド ↑】

 ・歴代作品のパロディ多め。ファンはニヤリと出来るネタが楽しい(男性/40代)

 ・キル根みたいなPKもなく、戦闘はコマンド形式でリュー戦的な複雑な操作を要求されないから遊びやすいです(男性/50代)

 ・直帰と違って課金がおしゃれ装備だけで助かってる(男性/10代)

 ・王道のメインストーリーが熱い。良作(男性/20代)


【バッド ↓】

 ・お子様メインストーリーがクソ寒い(男性/10代)

 ・折角のVRなのに棒立ち戦闘なのが残念。ヘビファンや直帰のようにアクション戦闘にするべき(男性/30代)

 ・釣り上げる際の魚のグラ、作った木材のグラが全部同じ。しらける。個人のプラネで可能なことを何故大企業が出来ないのか。これで没入感がウリとか(笑)(男性/20代)

 ・おしゃれ装備のバリエーションの少なさが不満(女性/20代)




 評価欄のコメントを読んで、征司の中で疑問符が飛び交った。何かと比較しているようなコメントがあるのだが、謎の単語過ぎてさっぱりわからないのである。情報サイト内の検索で単語を調べてみた。

 PKというのはプレイヤーキラーまたはプレイヤーキルと読み、プレイヤーを死亡させるプレイヤーのことを指すそうである。そしてそれ以外はゲームの通称だとわかった。



 VRMO『龍戦記ファンタジア』=リュー戦、ヘビファン、爬虫類

 VRMO『リザルト:リターン』=直帰

 VRMMO『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』=プラネ、キル根

 VRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』=CS8、古空8



 多分、蔑称みたいな呼び名も混じっている。


(『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』?)


 滋のメモに載っていないゲームタイトルだった。海外のゲームなのかなと思ったが、どうやら国産である。しかも月額がかかる有料のMMOだった。

 どうして滋に紹介されなかったのだろうかと首を傾げながら、1年前に書かれたVRMMO『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』の簡略されたゲーム説明記事を読む。


(『VRMMO『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』インディーズゲーム。製作者は正木洋介。有料オープンベータ中』……? ベータって体験版のことかな?)


 先ほど目にしたVRMMO『クロニクルアーツ・スカイ8』の評価欄のバッドコメントにあった『釣り上げる際の魚のグラ、作った木材のグラが全部同じ。しらける。個人のプラネで可能なことを何故大企業が出来ないのか』という文章が、征司の琴線に触れていた。

 グラとはグラフィックのことだ。それが大企業のゲームより優れているという。


(魚のグラフィックが多いなら風景も豊富そう)


 試しにゲームストアで検索してみると、〝VRMMO『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』〟が販売されていた。

 ダウンロード販売金額はソフト本体1000円、月額500円。他のタイトルがソフト本体7000~8000円で月額1000~1600円だったので、その安さは魅力的に映った。


 そして征司は、つい勢い余ってよく調べもしていないゲームの購入ボタンを押してしまったのである。


疑問のご感想をいただいたので補足いたしますと、征司が学ぶ学校は小・中一貫の複式学級というものです。


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