前へ次へ
99/322

第99話「エーネミの裏-8」

「ボソッ……(どう?)」

「ボソッ……(確実に近づいては……ちょっと待って)」

 私たちは地下通路の位置を逐一確かめつつ、供給口の建物がある場所から離れる様に地下水路を進んでいく。

 そして、そうやって少しずつ進んでいる時だった。


「ボソッ……(どうしたの?)」

「ボソッ……(ヒトの気配がするわ)」

 壁に耳を押し当てた私は、壁の向こう側からヒトの気配が僅かではあるものの確実に存在している事を感じ取る。


「ボソッ……(ちょっと待って。位置を変えてみるわ。だから、トーコは周りの警戒をお願い)」

「ボソッ……(分かった)」

 私はトーコに周囲の警戒を頼みつつ、壁の向こうに存在しているヒトの気配がより色濃くなる方向にむけてゆっくりと移動していく。


「ボソッ……((ノミ)の音、ヒトの声……)」

 やがて聞こえてくるのは、小さな小さな、けれど確実に壁の向こう側が土では有り得ない音の数々。

 鑿と槌を扱い、恐らくは石のような物を砕く音。

 何かしらの液体を注ぎ込み、水面に何かを落とすような音。

 薪を焚き、火を熾し、何かを炙るような音。

 ヒトとヒトとが何かを話しあっているような音。


「間違いないわね」

 それらの音が指し示す結果に、私は自然と普段通りの声の大きさで呟くと同時に、深い笑みを浮かべてしまっていた。


「ボソッ……(ソフィアん。声、声)」

「ボソッ……(あら、ごめんなさい)」

「ボソッ……(それで見つかったの?)」

「ボソッ……(ええ、大当たりよ)」

 トーコに指摘され、私は慌てて音のボリュームを下げると共に、周囲にこちらに近づいてくるようなヒトの気配が無いかを確かめる。

 で、周囲の状況だが……うん、心配しなくてもまだ大丈夫なようだ。


「ボソッ……(ちょっと待って。もう少し探ってみるわ)」

「ボソッ……(了解。周りはアタシが見張っておくから安心して)」

 私はより中の音が聞ける場所を探して、慎重に壁を擦るように移動していく。

 そうして聞こえてきたのは?


「生産こ……暗視……」

「無茶を……人手が……」

「……。遺産……」

「ははははは……」

「黙れ!こ……」

「……!?」

 ヒトとヒトとが争い合う……いや、片方のヒトが一方的に怒り、もう片方のヒトがそれを嘲笑うような声だった。

 うーん……漏れ聞こえてきた言葉から察するに、片方が魔石を加工している職人の物で、もう片方がそれを監督している『闇の刃』の魔法使いなのだろうけど……どっちがそうなのかが分からない。

 それに遺産?

 状況から考えてかなり重要そうな代物ではあるけれど……遺産?

 遺産と言う事は、それを残した誰かが居ると言う事であるけれど、魔石の加工場所で話すような会話に出てくるような代物を遺せるほどの人物となると……最低でもドーラムかその側近クラスの誰かが遺した物と言う事かな?

 しかしそうなると……うん、もしかしなくてもこれはフローライトに聞いた方が良い話かもしれない。

 彼女なら、その遺産に当たる様な何かを知っている可能性は十分に有り得る。

 そして、もしかしたらだが、その遺産こそが今もなおフローライトがドーラムの屋敷の地下で囚われている理由なのかもしれない。

 まあいずれにしてもだ。


「ボソッ……(うん、確定したわ。少なくとも『闇の刃』にとって大切な何かがあるのは確実と見て良いでしょうね)」

 この先に何かがあるのは確実。

 今はそれが分かっただけでも十分だ。


「ボソッ……(へー、それでこれからどうするの?)」

「ボソッ……(手近な井戸にマーキングをしたら、一度退きましょう。ここの地上に何が有るのかをまずは調べたいわ)」

「ボソッ……(マーキング?)」

 今調べるべき事は調べた。

 そう判断した私は、トーコを連れて音を立てないようにゆっくりと地下水路を歩いていく。


「ボソッ……(出来る限り濃度を低くした代わりに、長時間維持できるようにした焼き菓子(ブラウニー)の毒(ポイズン)を、適当な井戸の壁にでもくっつけておくわ。そうすれば、私並に匂いに敏感な存在にしか分からないようになるから)」

「ボソッ……(なるほど。そんな手があるんだね)」

 そして、耳を当てていた場所から多少離れた場所に有った井戸の壁に、私は少量の焼き菓子の毒を塗り付けておく。

 これで、匂いを頼りに地上を歩いて来れば、ここの部分にどういう建物が在って、どういう警備態勢が布かれているのかも分かるだろう。

 で、焼き菓子の毒も、地上に何が有るのかを調べ終わったら消せばいいので、この後誰かに見つかったりしなければ、私たちがここに居た事がバレる心配もしなくていいだろう。


「ん?」

「ボソッ……(どうしたの?)」

 そうして全ての目的を達したと言う事で、フローライトの部屋に向けて私たちあ移動を始めようとした時だった。


「ボソッ……(ソフィアん。誰かヒトが来てる!)」

「!?」

 トーコがこちらに向けて何者かが近づいてきている事を告げ、私たちは慌てて進路を変え、身を潜める。

 そうしてしばらく身を潜めている間に聞こえてきたのは……


「しっかし、上もダルい命令を出してくれたもんだよな」

「全くだ。こーんな薄暗くて冷たい場所を歩かされるなんてついてないぜ」

「それもこれも、取水口の鉄柵を壊してくれた何処ぞの誰かのせいだ。見つけたらぶっ殺してやる」

「ボソッ……(ソフィアん。これって……)」

「ボソッ……(遂にって感じね)」

 遂に私たちがマダレム・エーネミに入り込む際に壊した取水口の鉄柵が見つかった事を示す『闇の刃』の男たちの言葉だった。

05/15誤字訂正

前へ次へ目次