第98話「エーネミの裏-7」
「それでソフィアん。私たちはどっちに向かっているの?」
「今回はまず搬入口の方ね。たぶん、そっちの方がヒトの出入りが激しい分だけ、証拠が掴みやすいはずだから」
「了解」
さて、フローライトの部屋を出た私たちは、地下水路をゆっくりと歩いていた。
目指すは未加工の魔石が搬入されている建物周辺の地下水路である。
「ああそうだ。トーコ。目的地に着く前に先に言っておく事が有るわ」
「何?」
が、目的地に着く前にトーコには幾つか言っておく事が有る。
「これから私たちが向かうのは、『闇の刃』にとって最重要である拠点の一部よ。よって、警備はそれ相応に厳しいはず。そうね……下手をすれば、場所が明らかになっていない加工場所よりも厳しい可能性だってあるわ」
「加工場所を見つけ出す為に、搬入口を攻め落として、そこから辿っていくと言うやり方があるから?」
「ええそうよ。それに加工場所との繋がりが無くても、重要な拠点である事には変わりないから、厳重な警備を布いていない可能性は考えられないわね」
「なるほど」
「と言うわけで、ここから先は細心の注意を払うと同時に、出来る限り物音や水音、それに波紋を立てないように注意して頂戴」
「分かったよソフィアん」
それはここから先がどれだけ危険な場所であるのかと、その危険な場所で活動する際の基本事項である。
実際、私がギギラスから得た情報を確かめるべく地上の方を歩いて行ったときは、表立った警備だけでも相当な人数が揃っていたし、懲罰部隊による裏側の警備も決して看過できない量だった。
勿論、今私たちが居る地下水路にまで厳重な警備を布いている可能性は低いかもしれない。
低いかもしれないが、人員を配置していない可能性を否定することは勿論の事、手近な井戸や薄くなっている壁の近くに居る人員に、私たちの存在を知られる可能性が無いとは言えないだろう。
と言うわけで、ここから先は出来る限りの注意を払いつつ進む事にする。
「ボソッ……(ソフィアん。あの井戸は?)」
「ボソッ……(私の記憶が確かなら、搬入口である建物に一番近い井戸ね)」
そうして細心の注意を払いつつ進む事十数分。
やがて私たちの前に一つの井戸が見えてくる。
「ボソッ……(ちょっと確かめてみるわ)」
「ボソッ……(分かった)」
私は井戸の上から姿を見られないように注意しつつ、出来る限り井戸の方へと近づき、井戸の上の喧騒へと耳を傾ける。
「……」
井戸の上の方から聞こえてくるのは?
いつものマダレム・エーネミの喧騒だ。
ただ、時折ではあるが、魔石を建物の中に運び込むにあたっての各種手続き関係の話し声も聞こえてくる。
うん、どうやら間違いなさそうだ。
と言うわけで、私は頭の中の地上と地下の位置を一致させると、ここからどの水路を探していけばいいかを考える。
「ボソッ……(トーコ。トーコは水路の水流に注意を払って)」
「ボソッ……(ソフィアんは?)」
「ボソッ……(私は壁の継ぎ目や、構造的におかしな場所が無いかを探るわ)」
「ボソッ……(分かったよ)」
そして探す水路を決めた所で、私とトーコの二人は頭上から発見される可能性が存在する井戸を通らないように気を付けて、私たちは移動を再開する。
「ボソッ……(んー、怪しい水流ねぇ……)」
私は目を凝らし、地下水路の壁を観察する。
仮に私たちが探す地下通路が、地下水路より後に出来たものであるならば、何かしらの処理を加えた結果として、周りの壁とは違う壁になっているからだ。
また、仮に地下水路と地下通路が同時に出来たものだとしても、マダレム・エーネミのそれなりの範囲に渡っている通路である以上は、地下水路の方に何かしらの負荷を掛けて、不自然さが現れているはずなのである。
「ん?」
と、ここでトーコが小さく妙な言葉を漏らす。
「ボソッ……(どうしたの?トーコ)」
「ボソッ……(ソフィアん。この辺りなんだけど、ちょっと水の流れがおかしいみたい)」
「ボソッ……(具体的には?)」
「ボソッ……(この通路直線でしょ。なのに、水の流れが分かれているの)」
続けてトーコが発したのは、私が待ち望んでいた言葉だった。
これは……たぶん来た。
「ボソッ……(……。どの辺りで曲がっているの?)」
「ボソッ……(えーと、この辺り……ソフィアん!見て此処!)」
「ボソッ……(どれどれっと……)」
私はトーコが手招きをした場所に近づく。
そして、壁の前に立ったところで、私も気づく。
ほんの僅かではあるが、水が壁の方へ……いや、壁の下に隠すように造られた水路に向けて流れ込んでいる。
経年劣化で水路が分岐してしまったわけでは無い。
その証拠に、水路の入り口には鉄柵が付けられているし、よくよく見れば水路上の壁は僅かにだが周りの壁とは造りが違う。
「ボソッ……(トーコ、少し静かにしていてね)」
「ボソッ……(分かった)」
私は確信を持つべく、壁に耳を付けてみる。
そして、壁の向こうで動いている気配がない事を確かめたところで、軽く壁を叩き……その音から壁の向こうがかなり広い空洞になっている事を確信する。
それはつまり……
「ボソッ……(どう?ソフィアん)」
「ボソッ……(大当たりよ。トーコ)」
私の想像通り、マダレム・エーネミの地下には通路が存在していると言う事だった。