第97話「エーネミの裏-6」
「サブカ。一応聞いておくけど、本気で言っているのね」
「ああ本気だとも」
サブカの目には一切冗談を言っている雰囲気や、一時の気の迷いで言っているような気配は感じられない。
ああうん、これは予想外。
サブカも変わり者の妖魔ではあるけれど、まさかこんなところにおかしいとしか称しようのない部分があったとは。
ただまあ、サブカがそれを望むのであるならばだ。
「フローライト」
「そうね。私自身が支払える対価でないから、元々強く阻止する事は出来ないけれど……サブカがどういう条件で逃がす家族を選ぶのか。その内容次第では受け入れても構わないわ」
まず確認するべきは私たちの依頼主であるフローライトの意向。
フローライトが認めるのであるならば、私もありがたくそれを受け入れさせてもらう。
サブカの戦闘能力は今後の為にも是非とも欲しいものであるし。
「どうなの?サブカ」
「お前たちの話を聞く限りでは、この街は末期的と言う他ない状況にあるらしいな」
「ええそうよ。今のマダレム・エーネミは暴力とマカクソウ中毒、それに姦淫や恐喝、殺人と言った許されざる行為から、権力の乱用にまで満ち溢れていて、上から下まで全てのヒトが悪徳の限りを尽くしていると言っても決して過言では無いような惨状にあるわ」
「そんな中でも、俺は一家族ぐらいは真っ当な生き方をしているヒトが居ると信じている」
「真っ当な生き方……ね」
ただ、正直に言わせてもらうが、サブカの言う所の真っ当な生き方をしているようなヒトが、今のマダレム・エーネミに残っているとはとてもじゃないが思えない。
そしてこの考えは、サブカ以外の私たち全員で共有しているものだと考えてもらっていい。
横目でシェルナーシュとトーコにも確認したが、私と同意見だと言わんばかりに頷いているし。
まあ、それでも聞くだけ話を聞いてみよう。
「具体的には?」
「まず『闇の刃』に所属していない」
「そうね。例え真っ当でも『闇の刃』に所属している人間は流石に逃がせないわ」
「マカクソウ中毒になっていない」
「妥当だな。ジャヨケ中毒に陥っているような者を逃がしても、野垂れ死ぬか、他のヒトに迷惑をかけるだけだ」
「ヒトとして許されざる行為を、自らの意思で行った事が無い」
「あー、家族を守るために殺しちゃったとかもあるから、そう言う場合は仕方がないよね」
「多大な権力を振るえる座についていない」
「そもそも多大な権力を持っている連中は、揃いも揃って腐っているのが今のマダレム・エーネミの現状なのよねぇ」
「それと出来ればではあるが、何かしらの手に職を持っている事が望ましいな。何も出来ないのでは、逃がしたところで意味はない」
「まあ、必要ではあるわね」
「以上だ」
「ふうん……まあ、私としては問題の無い条件だと思うわ。ソフィアはどう?」
「そうね……」
サブカが挙げた条件は全部で五つ。
まあ、確かに今サブカが挙げた五つの条件を、このマダレム・エーネミの中で満たせるほどのヒトであるならば、余所に逃がしたところで問題は起きないだろうし、フローライトが認めるのにも納得がいく。
ただ、実際に作戦を考え、実行する私としては、それだけでサブカの要求を認めるわけには行かない。
「……」
私はしばしの間考える。
サブカの望む家族をマダレム・エーネミから逃がしたとして、どういう問題が発生し、どういう利益が生じ、そこからヒトの社会全体にどういう影響が齎されるのか、私たち妖魔に対してどのような不利益が及ぶのかを。
それと、現実問題としてサブカの望む家族をマダレム・エーネミから逃がす事が出来るかも考える。
「ソフィア?」
「ソフィアん?」
「んー……」
まず私が考えている作戦の関係上、一家族だけ逃がす事は出来るだろう。
サブカの言うような家族ならば、少々伝え方を考えれば、一から十まできっちり従わせることは出来るだろうし。
「魔石以外で悩むなんて珍しいわね」
「どうなんだ?ソフィア……」
「……」
で、そう言う家族であるならば、逃がした先で何故マダレム・エーネミが滅んだかも、こちらの考え通りに話してくれることだろう。
となれば、また私たちがこれから起こすような事態に陥っては堪らないと、他の都市国家たちも自らの行いを改めようとする可能性は十分にある。
それは、私たちにとっては利益に他ならないだろう。
そうでなくとも、ジャヨケの味には散々苦しめられたわけだし。
「分かったわ」
尤も、そうして都市全体が正常化すると言う事は、都市の防衛能力などの妖魔にとって不都合な面も強化されてしまう事に繋がるわけだが……まあ、その程度なら許容の範囲内だろう。
私たちがやろうとしている事をヒトが模倣できるとも思えないし。
と言うわけで、サブカの要求を受け入れる事に問題はない。
「ただし、私たちの方からも一つ条件を付けさせてもらうわ」
「なんだ?」
ただ、無条件でサブカの要求を呑むわけにもいかない。
一つぐらいはこちらからも要求を出さなければならない。
と言うのもだ。
「サブカ。貴方が逃がしたいと思う家族は、今から一週間以内に貴方が見つけ出しなさい。私たちにはそんな家族が居る心当たりなんて無いからね」
「感謝する。ソフィア」
「これぐらい別にいいわよ」
私たちは誰もサブカの言うような家族に心当たりがないからだ。
「シェルナーシュ。サブカを井戸の方から街に上げさせて。格好は……そうね。『闇の刃』の魔法使いに雇われている護衛と言ったところで頼むわ」
「分かった。サブカ、付いて来い」
「ああ」
そうして、シェルナーシュはサブカを連れて部屋から出て行く。
一週間と期限を切ったから、まあ見つからなくてもその時は諦めてくれるだろう。
「それじゃあフローライト。私たちも今日やるべき事をやりに行ってくるわ。合図通りにノックしない相手に扉を開けたら駄目よ」
「分かってるわ。それじゃあ頑張ってね。ソフィア、トーコ」
「うん、頑張るよー」
そして、私とトーコの二人も、フローライトに見送られながら、再び地下水路へと戻っていったのだった。
妖魔としては変態ばかりです