第96話「エーネミの裏-5」
「ソフィア。もしかして彼が?」
「ええそうよ。フローライト。彼が貴女とアブレアの護衛に付けておこうと思っている蠍の妖魔よ」
「え……あ……?」
さて、サブカはフローライトの存在に困惑しているようだが、まずはフローライトにサブカがどういう存在で、どうしてこの場に居るかの説明をしてしまう。
「と言うわけだから、念のためと言ったところだけど、サブカを此処に置いておいてもいいかしら?」
「ふふふ、私のことを心配してくれてありがとうね。ソフィア。こちらこそよろしくお願いするわ」
で、説明の結果、フローライトはサブカの事を受け入れてくれたようだった。
いやー、良かった良かった。
本音を言えばフローライトの身の安全は私自身が四六時中付きっきりになることで守りたい所ではあったけど、それだとフローライトの願いを叶える事が出来なくなってしまうから、どうしても誰か信頼の置ける相手にフローライトの護衛を任せる必要が有ったんだよね。
で、そんな護衛に求められる点について、サブカなら実力も含めて全幅の信頼を置けるから、適役と。
うん、フローライトがサブカの見た目に引いたりするような子じゃなくて本当に良かった。
「ちょっと待てええぇぇ!」
と、ここで突然、思考停止していたサブカが大声を上げる。
「ちょっとサブカ。大声は出さないでよ」
「いやいやいや、それ以前として、何でソフィア。お前がヒトとそんなに仲良さそうにしている。お前は妖魔だろうが!」
「ネリーとだってこんな感じだったわよ?」
「あの時は妖魔としての正体を隠していただろうが。今回は思いっきり相手に自分が妖魔である事をバラしているじゃねえか!?」
「えー、説明しないと駄目?」
「駄目に決まってるだろうが。と言うか、何であの女も妖魔であるお前を受け入れているんだよ!?」
「しょうがないわねぇ。じゃあ、最初から今に至るまで説明してあげるわ」
うーん、流石はサブカ。
思考停止状態のまま流れてしまうかとも思ったけど、そんな事は無かったらしい。
まあ、それぐらいの思考能力は持ってもらわないと、護衛をする上で色々と問題になるんだけどね。
「あ、トーコとシェルナーシュは壁の処理の方よろしく」
「はいはーい。っと」
「やれやれ……」
と言うわけで、フローライトが黒帯を刃のように変形させることによって開けた壁の穴を通って、私たちはフローライトの部屋に入る。
で、トーコとシェルナーシュの二人には、穴を開けた壁と外した壁を加工することによって、扉にする作業をしてもらう事にする。
「じゃ、どうして私たちとフローライトがこの場に一緒に居るのか。今までこの都市で何をしてきたのかについて説明するわよ」
「おうっ」
そして私はサブカに何故マダレム・エーネミにやって来たのかの理由、フローライトとの出会いと契約、これまでにやってきた工作の数々、そしてこれからの行動の予定について、掻い摘んで話していく。
いや本音を言えば、フローライトの妖艶な美しさや、可愛らしさ、その他諸々魅力的な部分についても語りたいのだけれども、シェルナーシュから真面目な話だけをしろと言わんばかりの鋭い視線が飛んできているので、この場では流石に自重しておく。
で、そうした話をした結果として……
「妖魔が自分の正体をバラした上で雇われるとかおかしいとは思わないのか……」
「別に何もおかしくはないと思うけど?それでフローライトが手に入るなら、もう二、三個都市を滅ぼしたっていいぐらいね」
「止めろ。本気で止めろ。普通の妖魔が飢え死にしまくるから止めてくれ。頼むから止めてくれ」
四本の腕全てを床に着くぐらいの落ち込みっぷりを披露するサブカから、泣いてそんな事を懇願された。
あれぇ?どうしてそんな体勢に?
フローライトの価値からすれば、それぐらいはしたって惜しくは無いと思うんだけど。
「ふふふ、ソフィア。私を思ってくれるのは嬉しいけれど、私が滅ぼしたいのはマダレム・エーネミとマダレム・セントールだけだから、そんな事を言われても困るわ」
「分かってるわよフローライト。これはただの物の例えよ」
「うふふふふ……」
「あはははは……」
「コイツらの頭は一体どうなっているんだ……」
「今更だろう」
「仲が良い分にはいいんじゃないの?」
まあ、フローライトが望んでいないし、私としても大変ではあるから、実際にはやったりしないけど。
ああでも、必要だと判断したなら全力でやる。
それは間違いない。
「ちなみにネリーの時は本人の意思に反する様に都市を滅ぼしたようだったが、どうして今回はフローライトの意思を尊重するような形を取っているんだ?」
で、話がひと段落したところで、そんな少し考えれば分かりそうな質問を飛ばしてきたサブカにはこう言っておこう。
「サブカ。貴方は調味料に塩しか使わないの?蜂蜜を使うと言う選択肢もあるのよ」
「よし。お前の頭が相変わらずなのはよく分かった」
うん、どうやら分かってくれたらしい。
なら私から言う事は後一つだけだ。
「それでサブカ。貴方はフローライトの事を守ってくれるの?」
「守ってはやる。ただ……」
「ただ?」
サブカは若干呆れた様子も見せつつ、私の求めに応えてくれる。
「お前らが傭兵として仕事を受けているんだって言うなら、俺も傭兵としてこの仕事を受けて、報酬を貰う」
「具体的には?あ、フローライトは絶対に渡さないわよ」
「ふふっ、ソフィアったら」
ただ、その後に続く、私がフローライトの事を軽く抱きしめつつ聞いたサブカの言葉は、流石に予想外と言う他ない物だった。
「報酬はこのマダレム・エーネミに住んでいる家族を一つだけ選んで、その家族だけは死なせずに逃がす事だ」
「「「!?」」」
なにせそれは妖魔と言う存在の在り方からは完璧に外れた申し出だったからだ。