第95話「エーネミの裏-4」
「あれ?誰か居るね」
さて、加工場所に関する説明も終わったところで、私たちは二ヶ月ほど前にマダレム・エーネミに侵入する際に使った取水口の前へとやって来ていた。
が、どうやら先客が居たらしい。
取水口入口の鉄柵を越えた所に、フードを目深に被った人物が、窮屈そうに立っていた。
「……」
「ソフィアん誰か分かる?」
その姿を見たシェルナーシュは無言で杖を構え、トーコも気楽そうに私に声を掛けつつも、自身の得物を何時でも取り出せるように身構える。
「……」
そして、そんな二人の動きに反応して、フードを目深に被った人物も、全身を覆っているマントの下で何かの柄を持ち、何時でも抜ける様に構えを取る。
「「「……」」」
そして両者の行動の結果として、取水口入口の空気は一触即発の気配を漂わせ始めるが……うん、皆ちょっと落ち着こうか。
「久しぶりね。サブカ。シェルナーシュ、トーコ、心配しなくても味方よ。さ、武器を降ろして」
「む?」
「何だと?」
「へ?」
私は私以外の三人に、目の前に居る相手が敵でない事を示すよう両手を広げ、出来る限り明るい声で臨戦態勢を解くように告げる。
「本当にソフィアか」
「失礼ね。そう言うサブカはどうしてそんなに深くフードを被っているのよ」
「これは少しでもヒトに俺の正体がばれる可能性を下げる為だが……」
私はサブカの方へとゆっくり近づく。
すると、フードの下に隠された蠍の妖魔特有の多数の甲殻によって形作られた顔が見えてくる。
ふむ、確かに全身をマントで覆い、フードを目深に被って顔を隠せば、よほど接近されたり、マントの下を見られたりしなければ、妖魔である事がばれる可能性は下がるかもしれない。
まあ、可能性が下がるだけで、マントの下の四本腕を見られたら一発でばれるわけだが。
「まあいいわ。とりあえず、まずはお互いの自己紹介を済ましちゃいましょう。変わり者の妖魔同士ね」
「あ、ああ……」
「分かった」
「りょうかーい」
ま、何にしても、まずはお互いに自己紹介をした方が何かと都合がいいと言う事で、私が誘導する形で、サブカたちには自己紹介をしてもらう事となった。
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「へー……サブカんは八本も剣を持ってるんだね。大変じゃないの?」
「ああ、各手に一本、替えで一本と考えると、どうしてもこれぐらいは必要になってな。大変ではあるが、背に腹は代えられなくてな」
で、自己紹介が終わる頃には、何故かトーコとサブカの仲が異様によくなっていた。
あれぇ、私がサブカの協力を得るのはそれなりに大変だった覚えがあるんだけどなぁ……。
まあ、この件については置いておくとして、今はサブカに依頼したあの件について尋ねるとしよう。
「ところでサブカ?私の予想よりもだいぶこの場にやってくるのが早かったけど、私が頼んだ件についてはきちんと調べてくれたの?」
「マダレム・セントールの地下についてだろう。そこまで詳しくじゃないが、きちんと調べてきたから安心しろ」
「ふむ、流石サブカね」
私の問いかけにサブカは深く頷いて、調べてきたと答えてくれる。
うん、流石はサブカだ。
「じゃっ、これからちょっと移動するけど、その時にでも一緒に教えてちょうだい」
「分かった」
では、時間が惜しいので、移動しながらと言う形になるが、サブカからの報告を受け取るとしよう。
「マダレム・セントールの地下だが、基本はこことよく似た構造になっているな」
「よく似た?具体的には何処が似ていて、どこが違うの?」
「似ている点としては……そうだな、ベノマー河だったか。あの河に対して取水口と排水口を設けている点では一致しているな。後は基本的に石と煉瓦で水路を形作っている点も同じだな」
「ふむふむ」
「違う点としては取水口や水路の構造だな。あちらは取水口の各部に木製の板を落とせる場所が有って、状況に合わせて流れを止めたり、変えたりできるようだった。それに水路は地下に埋められていなくて、上が開けているようだったな」
「ふうん……街中に水路は張り巡らされているようだった?」
「ああ、マダレム・セントールの隅々にまで流れる様に、水路は掘られているようだったぞ。まあ、水門を落とさない限り、ほぼ常に新しい水が供給されているのはこっちと同じだがな」
「なるほどねぇ……」
「「「……」」」
私はサブカからの報告に、思わず笑みを深める。
何故笑みを深めてしまうのか?
そんなの決まっている。
サブカが教えてくれたマダレム・セントールの水路の構造が、私が別口で得ていた情報と一致した上に、その構造が私にとって非常に都合の良いものだったからだ。
そんな情報を与えられたら、周囲が暗闇で人目が無いのも相まって、笑みを深めずにはいられない。
「……。おい、ソフィア」
「何?サブカ」
「ここに来る前から聞こうと思っていたんだが、お前はどういう目的でもって俺にこんな依頼をしたんだ?」
「そんなのマダレム・エーネミとマダレム・セントールを同時に滅ぼすためだけど?」
「女か?」
「両方とも滅ぼせたら、フローライトが手に入る事にはなっているわね」
「「「……」」」
と、そんな事を思っていたら、サブカが声をかけてきた。
そして、会話が終わると同時に何故か手で目の辺りを覆っていた。
しかも、何故かは知らないが、トーコとシェルナーシュの二人がサブカを慰める様に背を手で軽く叩いている。
ううん?一体どういう事だろうか?
「まあいいわ。一応言っておくけど、失礼の無いように頼むわよ」
まあ、サブカがこういう反応をするのはマダレム・ダーイの時もそうだったし、特に深く気にしなくてもいいか。
「ん?」
というわけで、サブカが来たことで追加された本日の目的地その二に着いたところで、私は困惑するサブカを前に、石と木が奇妙に溶けあった壁を軽く手で叩く。
すると……
「今開けるわ」
「!?」
驚くサブカの前で、壁が丸くくり抜かれ、フローライトがその姿を現すのだった。