第94話「エーネミの裏-3」
「いやいやいや、ソフィアん。そんなの有り得ないでしょう。運び込んだ物をそのままにしてたら、どんなに大きな倉庫でも直ぐに満杯になっちゃうから。どこからも何も運び込んでいない倉庫から物を取り出せるはずがないから」
「まあ、時間も惜しいし、その辺りの話は下に降りてから、ゆっくり歩きつつ話しましょうか」
「分かった。そうしよう」
「ちょっ!?ソフィアん!?シエルん!?」
私はいつも通りに井戸に縄梯子を掛けると、地下水路へと降りて行き、混乱しているトーコを置いてシェルナーシュも降りてくる。
「ううっ……前々から感じてたけど、私の扱い酷くない……?」
「酷くないだろ」
「もっと重要な事が有るだけよ」
で、自らの扱いに対して不満を述べながらもトーコも地下水路に降りてきたところで、私たちはゆっくりと地下水路を歩き始める。
「で、話の続きだけど、魔石の運搬方法については……そうね。とりあえず三通りは思いつくわね」
「そんなに?」
「聞かせてもらってもいいか?」
「ええ、勿論」
さて、目的地に着くまでしばらく時間がかかるので、その間に先程の話……『闇の刃』の魔石の搬入場所から加工場所への移動、加工場所から搬出場所への移動について話すとしよう。
と言っても、どの方法が正しいかを確かめるのはこれからになので、現状ではただの推測に過ぎないが。
「一つ目は、普段私がハルバードを持ち歩く時に布を巻いて杖に見せかけているように、魔石をそうとは分からない何かに見せかけて持ち運ぶ方法ね」
「と言うと?」
「中が空洞になっている杖でも用意して、その中に魔石を詰め込んで運ぶと言う方法が、一先ず思いついたな」
「他にも『闇の刃』が身に着けているローブの内側に沢山のポケットを付けて、そこに魔石を入れて運ぶと言う方法もあるわね」
「ほへー……よくそんな方法考えるね」
一つ目の方法は偽装と言う至極単純な方法である。
実際魔石のように一個一個は小さいが、その価値が高い物ならば、この方法で運んでも十分に事足りるだろう。
が、感心しているトーコには悪いが、マダレム・エーネミではこの方法は微妙だろう。
「でも、この都市の治安や、魔石の加工場所を隠すと言う意味では悪手だし、多分違うわね」
「え!?」
「そうだな。偽装と言う方法上むやみやたらに護衛を付ける事も出来ないのに、運び手が誰かバレれば、魔石の加工場所が分かってしまうし、秘密を守るためには、迂闊に運び手を増やすわけにもいかない。この方法はないだろう」
「えー……」
なにせ『闇の刃』がこの方法を使っているのならば、独自に調査をしていたギギラスたちも魔石の加工場所を知っていて当然の筈だからだ。
そうでなくとも、シェルナーシュの言う理由でもって魔石の加工場所が露見すると言うリスクを抱えるのは、何かと都合がよくないだろう。
「ソフィア。二つ目の方法は?」
「んー……特殊な魔法を利用している場合ね」
「特殊な魔法?」
「ええ、例えば魔石の搬入場所と加工場所の間にある距離や建物をゼロにして繋ぐような魔法があれば、魔法を使う前に搬入場所である倉庫の中からヒトを立ち退かせておけば、運搬方法も加工方法も知られずに魔石を運ぶことが出来るわ」
「シエルん。そんな魔法有り得るの?」
「小生の知識には無い。が、無いと断じる事は誰にも出来ないだろうな。なにせ、魔法の全てを知っている者などこの世の何処にもまだ居ないはずだからな」
二つ目の方法は『闇の刃』が特殊な魔法を運搬に用いている場合。
この方法ならば、倉庫内の管理さえ徹底しておけば、魔石を誰かに奪われる心配も、加工場所がバレる心配もせずに済むだろう。
ただまあ、もし本当にそんな魔法があるのであるならばだ。
「ただまあ、そんな魔法があるならば、マダレム・エーネミはとっくの昔にマダレム・セントールとマダレム・シーヤを滅ぼしているだろう」
シェルナーシュの言うとおりになっていないとおかしいわけだが。
「えーと、つまり?」
「『闇の刃』はこんな魔法は持っていないし、別の方法で魔石を運搬していると言う事よ」
「なるほど」
実際、そんな瞬間移動としか称しようのない魔法があるなら、どれだけ高い城壁も、どれほど強固な警備も意味を無くすだろう。
言うなれば、この魔法は私たち妖魔がこの世に現れる時と同じような力を持つ魔法なのだから。
まあ、いずれにしてもシェルナーシュが言った理由でもって、この魔法を『闇の刃』が所有している可能性は考えなくていい。
「でもそれじゃあ、『闇の刃』はいったいどんな方法を使っているの?」
「私が考えているのは……そうね。地下を利用する方法ね」
「地下?」
「ええ、魔石の搬入場所、加工場所、搬出場所を地下に掘った通路で繋げるの。そうすれば、二つ目の方法と同じで、倉庫の中に部外者を入れない様にだけ注意をすれば、運ぶ途中で魔石を奪われる心配も、加工場所が露見する心配もしなくていいわ」
「おまけに加工場所が分からなければ、通路そのものを発見すること自体難しい……か。なるほど先の二つの案よりかはよほど現実的だな」
で、三つ目の方法は……ある意味これも単純な方法だが、地下にそれぞれの施設を繋ぐ穴を掘って、その穴を通す形で魔石を運ぶと言う方法。
「でも、地下に通路なんて掘ったら、地下水路から水が流れ込んだりしないの?」
「別に穴を掘る時点で地下水路を避けるように、通路を掘ればいいだけの話よ」
「そうだな。別に一直線にそれぞれの施設を繋げる必然性も無い」
この方法なら、それこそ魔石を移動させる方法次第では、搬入場所と搬出場所に居る構成員には加工場所が何処にあるのかを教える必要すらない可能性だってあるぐらいであり、加工場所を隠すと言う意味では相当利便性の高い方法ではないかと思う。
そしてこの方法に考えが至ったからこそ……。
「なるほど。でも、そんな方法を使っているのなら……って、もしかして今アタシたちが地下に居るのって」
「ええ、別にちょっとした用事もあるけど、そんな通路が存在する余地があるのかを確かめに行くのよ」
私は今地下水路に居るのだった。
転移魔法は送れる質量や体積が僅かで、諸々の制限がかかってもなお凶悪だと思っています。