第93話「エーネミの裏-2」
「やっぱり、警戒が厳しいと面倒ね」
「そうなるように動いた張本人が何を言っている」
ギギラスを暗殺してから二週間経った。
で、ギギラスの立場を考えれば当然の事ではあるものの、この二週間マダレム・エーネミでは大きな動きが幾つもあり、その中には私が予想していた物もあれば、予想だにしないものもあった。
「まあ、そうなんだけどね」
私が予想した通りに動いたものとしては……まずはギギラスを暗殺した犯人は表向きは不明で、噂や『闇の刃』内ではバルトーロの手の者がやったと言う話になっている事か。
これはギギラスの身に着けていた装飾品をバルトーロの屋敷の中に投げ込んで、適当なヒトに見つけさせると言う工作もしたので、なって当然の展開ではあった。
また、この事件に合わせて、市中や門の警戒が強まっているのもまた確かではあった。
「でも、全部が考え通りに行ったわけでは無いわ」
私が予想した範囲外で動いてしまった事としては、ドーラムの屋敷の警備が表向きのものだけでなく、裏側のものまで厳しくなってしまった事が一番大きい。
おかげで、フローライトに会うためにちょくちょく屋敷を出入りしている身としては、色々と面倒になってしまった。
まあ、元から顔を殆ど出していなかったドーラム傘下の魔法使いの名前を何人分か蓄えているので、その人物たちの顔見知りと直接遭遇したりしなければ今後も問題はないだろうし、最悪ドーラムから秘密の任務を受けていると言ってゴリ押しする手の他、幾つかの手段を考えてはあるので、そこまで問題にはならないが。
「ドーラムの屋敷の件か」
「明らかに警備が厳しくなったよねぇ」
ただ、こうして表だけでなく裏の警備までもが厳しくなったと言う事実から、多少穿ったものの見方をすればドーラムはギギラスを殺した人物……つまりは私たちを危険な対象と見定め、大いに警戒していると言う事でもある。
そして、ギギラスの装飾品を投げ込む際に行ったバルトーロの屋敷の周辺にドーラムの手の者が殆ど居なかった事からして、ドーラムはギギラスを殺した人物をバルトーロの手の者だと考えていないと言うも分かる。
うん、流石は継戦派のトップだと言う他ない。
しっかりと自分の下に居る者たちの能力を把握している。
で、ここまでしっかりと状況を見定めている相手となると、フローライトはマダレム・エーネミが滅びて絶望するその時までドーラムには生きていてほしいと願うかもしれないが、確実にマダレム・エーネミを滅ぼすためにも、何処か適当なところで暗殺しておくのは普通に選択肢の一つとして考えておくべきだろう。
「ま、あれぐらいなら何とかはなるわよ」
なお、マダレム・エーネミに起きた変化の中には、私たちにとってはどうでもいい変化もある。
その一つがギギラスの居たマダレム・エーネミ七人の長の座の後釜に、どちらかと言えばドーラム寄りの、けれど『闇の刃』の構成員ではないトルトノスと言う人物が着いた事であり、他にはギギラスの配下だったヒトたちが、独立またはバルトーロ以外の重要人物の配下に加わった事もある。
うん、正直どうでもいい。
「で、魔石の搬入場所と搬出場所の警備についてはどうなっている」
シェルナーシュが一応周囲にヒトの気配がないかを確かめてから、小声でそう聞いてくる。
そんなに心配しなくても、私たちが地下水路に行くための入り口として確保しているこの場所の安全性は確保済みなのだけれど……まあ、人目が無い場所でなら、どれだけ注意を払って見た目が不審なものになったとしても問題はないか。
「んー……私の頭の中にある限りの記憶と比べて、特に警戒が厳しくなっている。と言う感じはしなかったわね」
「てことは、アタシたちがギギラスの屋敷を襲った理由には辿り着けてない事だね」
「表に出せない施設である以上、安易に警戒を強化できる場所でもないと言う考え方もあるが……まあ、バレていない可能性の方が高そうではあるな」
「まあ、正体がバレるのが怖くて、どっちの施設にも一度しか行っていないから、実際の所は分からないけどね」
で、ギギラスの屋敷を襲った本当の理由である魔石の供給や加工関係の情報の裏については、特に問題なく確かめる事が出来たし、そちら方面の警備は特に厳しくなったりはしていないようだった。
まあ、私のヒトから記憶を奪う能力について、マダレム・エーネミ側は知らないので、当然の展開とも言えるが。
「ただ、やっぱり加工場所について突きとめるのは一筋縄では行かないと思うわ」
「と言うと?」
ただ、問題もある。
それは私たちにとっての最重要項目である魔石の加工場所については、依然としてその所在を掴む事が出来ていないと言う点。
おまけに、本来ならば未加工の魔石の搬入場所を観察していれば、何処かで確実に魔石を運び出す姿が見られるはずなのに……。
「どうにも、周辺の住民の記憶を探った限りだと、搬入場所には魔石が運び込まれるだけで、何処かに運び出した様子が無いのよ。で、搬出場所はその逆ね」
私が軽く探ってみた限り、その魔石が集められている建物から、何かが運び出された事が無かったのである。
そして魔石が運び出される建物に何かが運び込まれることも無かった。
で、この事実を聞いた二人は……。
「へ?」
「何?」
あからさまに有り得ないものを見るような目を私に向けていた。
05/08誤字訂正