第90話「堕落都市-20」
「右よし、左よし」
「後方にも敵影は無いわね」
「天気は程よく月が隠れる程度か。都合がいい」
二週間後の夜。
若干雲がかかった月から、僅かな光が周囲を照らし出し、街全体が静寂に包まれている中、私たちはターゲットと見定めたヒトが住む屋敷の近くへとやって来ていた。
「二人とも分かっていると思うけど……」
「分かってるよ。お互いの名前は言わない。でしょ」
「遭遇したヒトは、全員暗視の魔法がかかっていると思え。だろう」
「それと出来る限り音を立てずによ」
今回の作戦では、相手側に暗視の魔法がある以上、夜の暗闇は私たちを利することにはならない。
が、それでも大半のヒトが眠りにつき、警備が緩まざるを得ない夜の方が、これから私たちがやろうとしている事を考えたら、有利な事には違いないと言う事で、作戦時刻には夜を選択した。
「じゃ、行くわよ」
二人が無言で頷いたのを見た私は、目の前の屋敷の壁に向かって音も無く駆けていき、木の枝に登る要領でもって屋敷の周囲を囲む塀の上へと難なく昇る。
「よっと」
私に続けてトーコが塀の上へと跳び上がり、音も無く着地する。
で、私とトーコが塀の上に上ったところで、塀の外に向けてロープを降ろし……
「ふんっ」
「はいっ」
「助かる」
私たちより身体能力が劣るシェルナーシュを塀の上へと引き摺り上げる。
「じゃっ、予定通り行きましょう」
「うん」
「分かった」
周囲に見回りの人間が居ない事を確認した私たちは、塀の上から飛び降り、屋敷の中に無音で着地すると、物陰にその身を潜ませる。
そして、誰にも気づかれていない事を手早く確認すると、手近な扉を開け、部屋の中へと忍び込む。
「「「……」」」
屋敷の中に入り込んでまずやることは?
屋敷内に関して最新の情報を得る事だ。
と言うわけで、忍び込んだ部屋の中に居た侍女たちを、ナイフで音を立てたり、騒がれたりしないように気を付けつつ、適当な一人を除いて全員始末。
そして、残した一人を私が生きたまま丸呑みにすることによって、記憶を奪取。
屋敷内の最新の状況を把握する。
「状況は?」
「事前の想定通り。命令違反が無い限りは、作戦通りでいいわ」
「了解」
侍女から情報を奪った私たちは、部屋の外に出る。
次にやるべき事は?
見回りの人間を全員始末する事だ。
「ん?何のお……ぐっ!?」
なので、私とトーコの二人でもって見回りの人間を一人ずつ始末しつつ、見回りの人間が寝泊まりしている部屋に踏み込むと、起きていたヒトは殺害、寝ているヒトはトーコの鍋に入れて持ち込んだ、私の焼き菓子の毒を混ぜた酒を口の中に流し込むことによって静かに永眠してもらう。
「乾燥」
「おい、何をして……あっ?」
で、その間に暗視の魔法を掛けていた『闇の刃』の魔法使いたちについては、シェルナーシュの乾燥の魔法を部屋全体にかける事によって、全員何が起きたのかも理解できないままに死んでもらうと、死体は厨房に設置されていた井戸の中へと投げ込んでおく。
これで後になって死体が発見されても、死因は特定できなくなるだろう。
「時間は?」
「大丈夫よ」
「じゃっ、残りも手早く済ませちゃおうか」
さて、ここからが問題だ。
「行ってくるね」
「任せたぞ」
「頑張ってね」
まずトーコがこの屋敷の主……ギギラスの部屋へと、今回の為にとある場所から拝借した鉄剣を持って向かう。
なお、ギギラスの部屋の前に控えている兵士は既に始末済みで、ギギラスとその家族が寝ている事は確認済みである。
「では小生たちも」
「そうね」
で、私とシェルナーシュの二人は、ギギラスの側近とマダレム・セントールに所属する流派『獣の牙』の魔法使いが寝泊まりしている建物へと向かう。
「灯りは点いてないけど……」
「これは起きているな」
私たちが着いた建物は、トイレを除けば一室しか無いような小さな石造りの建物で、灯りは点いていない。
が、部屋の中からは微かにヒトが動いている気配と物音が伝わってくる。
数は……恐らく四人ほど。
「どうする?」
「第一優先目標はギギラスの側近の持っている情報よ。だから、『獣の牙』の魔法使いには死んでもらっても構わないわ」
「分かった。では、小生が相手をする」
「お願いするわ」
私とシェルナーシュは二手に分かれると、私は建物の入り口の脇に、シェルナーシュは窓の横へと身を潜める。
で、中の様子を探るべく耳を澄ませてみるが……うん、聞かない方が良かった。
思いっきりヤってる最中だ。
ただまあ、魔法使い相手に油断は禁物。
と言う事で、私は建物の中を気を付けて覗く。
「「……」」
数は予想通り四人で、男三人に女一人。
で、私の記憶が確かなら、今ベッドの上で女を押し倒している男が『獣の牙』の魔法使いで、それを眺めている二人の男の片方がギギラスの側近の一人だったはず。
これは……うん、シェルナーシュには悪いけど予定変更。
私は手を伸ばして、シェルナーシュに指の動きだけで指示を出すと、息を整える。
「ん?誰……ぎゃっ!?」
「あぐっ!?」
十分に息が整ったところで、私は部屋の中に飛び込むと、トーコの持っていた鉄剣と同じデザインの鉄剣でもって、ベッドの上に居た二人を串刺しにする。
「何……ぐっ!?」
「誰……ムグッ!?」
「接着」
と同時に、叫び声を上げようとした二人も、ベッドの上に居た二人も、口がシェルナーシュの接着の魔法でくっつけられ、開かないようになる。
「むぐっ!?むぐぐぐ!?」
「むががが!?」
「じゃっ、さようなら」
そして二人が慌てている間に私は接近、二人の首に麻痺毒の牙を突き立てて動きを止める。
「御馳走様でしたと」
で、ベッドの上に居た二人の息の根を止めると、私は麻痺毒を注ぎ込んだ二人を丸呑みにし、完全では無いものの、だいたいの記憶を奪い取る。
「予定通り終わったよー。そっちは?」
「問題なく終わったわ」
と、ここで剣を持たない姿でトーコが私たちに合流したので、私たちは部屋に火をつけると、とある方向へと逃げる途中でわざとその後ろ姿だけを見せ、その後に行方を眩ませてからフローライトの下に戻ったのだった。
暗殺完了です