第9話「妖魔ソフィア-8」
「何処に行った!?」
「探せ!まだ近くに居るはずだ!」
私は山の中を駆け、山狩りに出ていたタケマッソ村の男たちに見つからないように気を付けつつ、タケマッソ村から離れていく。
私にとって誤算だったのは、狼煙か何かでもって、村を守るグループと山狩りに出るグループの間で情報の共有が可能だったと言う点だ。
そのために、予想以上に追われていると言う状況から脱出するのに時間がかかっている。
「よっと」
だが悲しいかな。
タケマッソ村の住人は所詮はただのヒトであり、山の中で単独行動を取ると言う選択肢は彼らには無い。
そして、同行するヒトの数が増えれば増えるほど、警戒能力や戦闘能力は上がっても、移動能力は大きく落ちていく。
そのために、私が逃げる事に専念している限り、タケマッソ村の男たちが私を止める事は不可能と言ってよかった。
「此処まで来ればいいかな」
やがて私は隣の村へと繋がる山道の途中……峠の部分へとやって来ていた。
既に陽は半ばまで沈み、周囲では私にとっては味方である闇が自らの色合いを深めている。
ここまで陽が落ちてしまえば、もう今日はこれ以上タケマッソ村の男たちが追って来る事はない。
私がそう思った時だった。
「ソフィアアァァ!」
「あら」
背後から掛けられたムカつく男の声に、私は半分だけ振り返る。
「ディランじゃない。どうしたの?」
「どうしたじゃない!」
そこに居たのは、私と結婚するはずだった男であるディラン。
その手には剣が握られ、背には弓と矢が携えられている。
「何故祖父さんと母さんを殺した!何故妖魔になった!いや……何で妖魔がソフィアの顔をしている!!」
ディランの全身は汗まみれで、此処までかなりの無理をして急いできたことが見て取れた。
そして、真っ赤にした顔からして、本気で怒り狂っている事も見て取れた。
ただ私にとっては至極どうでもいい事だ。
「返と……ぐっ!?」
「妖魔を前にして、ぺちゃくちゃお喋りをするなんて随分と余裕ね」
私はディランに駆け寄ると、首を右手で掴み、ディランの右手首を左手で握り潰して、手に持った剣を落とさせる。
「何故私がソフィアの顔をしているのか?そんなの私が聞きたいぐらいよ」
すぐ目の前に、妖魔である私にとっては食料でしかないヒトが居る。
が、なぜか私は目の前の男を食べたいとは思わなかった。
むしろ、今すぐにでもただ殺したいと思った。
「ああでもね。一つ良い事を教えてあげる」
「良い事……だと……」
何故そんな風に思ったのか、ただの直感ではあるが、理由は直ぐに分かった。
今までで唯一私が生きたまま食べた少女……ソフィアがそう思っているからだと。
そして、それを理解した途端、私の口は極自然にソフィアの意思を代弁するかのように動くようになっていた。
「ディラン。ソフィアは貴方の事が大嫌いだった。村長と村長の息子の奥さんと同じくらいに。それこそ、殺す機会があるのならば殺してしまいたいほどに」
「!?」
信じられないものを見たかのように、ディランの目と口が大きく開かれる。
恐らく彼にも分かったのだろう。
私が言っている事が、本当にソフィアが思い抱いていたことだと。
「な……なん……」
「だって、好きになんてなれるわけがないじゃない。貴方には小さい頃から散々迷惑を掛けられたのよ。アルマが貴方の代わりにいつも私に謝ってくれていたから、表面上は許していたけど、とても許せるものじゃなかったわ」
「……」
「おまけに貴方は村長の孫であることを笠に着て、自分に都合の悪い事が有れば直ぐ暴力に訴えるし、酒癖も女癖も悪かった。私が知らないとでも思ったの?」
「ソ……ぐっ!?」
私は左の手でディランの鼻を軽く殴りつける。
骨が折れ、血が流れ出るが……気にする必要は無い。
だってまだ私の言いたい事は終わっていないのだから。
「しかも、ウチに父親が居なくて、兄しか男の働き手が居ないのに付け込んで、村長と貴方の母親は私に貴方へと嫁ぐように迫ってきた。私が嫁がなければ、家族を村の集まりから締め出すぞってね」
「あ……ぐ……」
ディランの首を抑える右手に、自然と力がこもり、その口から薄汚い苦悶の声が漏れ出てくる。
「まだあるわ。村長と貴方の母親は、妖魔を殺した後に出てくる石を売って、お金を蓄えていたの」
「それ……は……」
「村の為の金?いいえ違うわ。だったら隠す意味なんてないし、きちんと使うべき時に使っていたはずよ。村長は自分の家の為だけにお金を蓄え、使っていたの。だから村の皆が飢えている時も、村長の家だけは飢えずに済んでいた。これはアルマが教えてくれたことよ」
「そん……」
「あの家で本当に村の為に動いていたのは村長の息子さんとアルマぐらいだったわ……だからね。ディラン」
私はディランの肩を軽く噛んで、麻痺毒ともう一種類の毒を流し込むと、唾ごと口の中に入ったディランの血を吐き捨てる。
こんな男の血は一滴たりとも身体の中に取り込みたくないからだ。
「貴方にも死んでもらう。それが妖魔と一つになった私が、村に出来る唯一の恩返しよ」
「ぎ……が……」
毒が効いて来たのか、ディランの四肢から力が抜け、口と鼻から先程殴って出来た傷とは別に血が流れ出始める。
このまま放っておいてもディランは間違いなく死ぬだろう。
だが、目の前で死んだことを確認できなければ、私は納得がいかなかったし、安心も出来なかった。
「死になさい」
だから私はディランを全力で蹴り飛ばして、道の横の壁に叩きつけると、先程ディランが落とした剣を拾う。
「助け……」
「ただの骸になる形でね」
そして、ディランが完全に動かなくなるまで、その腹に剣を突き刺し続けた。
本作はエログロバイオレンスマシマシカーニバルな作品です(今更)
02/13誤字訂正