第87話「堕落都市-17」
「っつ……!?」
私は目の前の光景に一瞬呆けざるを得なかった。
「これって……」
「先手を打たれたか……」
「トーコ、シェルナーシュ。そのまま付いて来て」
が、直ぐに何が起きたのかを察した私はトーコとシェルナーシュに付いてくるように言うと、時折火事によって焼け落ちた建物の跡を見つめつつ、歩速を変えずにその場から立ち去る。
「はあぁぁぁ……さて、ここまで来たらもう大丈夫かしらね」
やがて、火事現場から十分に距離を取ったところで、私たちは建物の影の一つに入り、私は全身を脱力させ、背後の建物の壁によりかかる。
「で、あの火事はそう言う事でいいんだな」
「ええ、十中八九懲罰部隊による証拠隠滅でしょうね」
「うえっ!?幾らなんでも早過ぎない!?」
私はシェルナーシュの言葉に頷きながら、内心で懲罰部隊の動きの速さに称賛の言葉を上げる他なかった。
と同時に考える。
何故これほどまでに早く懲罰部隊は対抗策を打ち出して来れたのか。
理由として考えられるのは……
「すまない。恐らく小生が仕留めた魔法使い。奴が自分は殺されたと証明しながら死んだことが原因だろうな」
「もしくは私たちが戦った懲罰部隊が、一定の時間までに拠点に帰って来なかったら、有無を言わさず拠点を廃棄する。そう言う取り決めが予めされていたのかもしれないわね」
「ほへー……」
シェルナーシュと私が挙げたこの二つだろう。
それでも次の日の朝一と言う、ヒトでは有り得ないタイミングでやってきた私たちよりも早く判断し、事を済ませているのだから、伝達役の有能さが窺えると言うものである。
「でもまあ、流石に昨日の今日で私たちがあの場に来る事は想定していなかったと思うわ」
「そうだな。仮に小生たちが犯人だとばれていたら、今頃は少なくない数の懲罰部隊が小生たちの後を付けているはずだ」
「うーん、確かに誰かに付けられているような気配はしないね」
ただ、それだけの対応力を見せてきた伝達役でも、流石にこのタイミングで私たちがやって来たことは想定できなかった。
または、想定出来ていても、私たちが犯人だとは分からなかったらしい。
今、私たちに監視が付けられていないのが、その傍証となるだろう。
なにせ、もしもあの場に数日後に行っていたら、先程の私の僅かな驚きや呆けを気取られて、犯人だとばれ、後を付けられていたはずだからだ。
この状況を作り上げた伝達役なら、それが出来るぐらいの実力者は用意しておくだろう。
「それでソフィア。これからどうするつもりだ?」
「そうね……」
私は軽く目を閉じ、周囲の雑踏が交わしている声に耳を傾ける。
「どっちの火事もマカクソウ中毒者が火を付けたんだとさ」
「へー、それで犯人は?」
「火に巻かれて焼け死んだって話だ」
「ああ、そいつは良かった」
「しかし最近は物騒だよなぁ……」
行き交う人々の話は当然ながら、昨日の火事の話題が中心になっている。
ただ、そこにマカクソウに反対する決戦派が、開戦派に味方する商店の倉庫に火をつけたと言う話は一切存在しない。
それはつまり……
「とりあえず私たちが先導する形で内乱を起こすのは諦めた方がいいわね」
「理由は?」
「継戦派の連中の方が、私たちよりも正確にマダレム・エーネミの状況を把握し、操作する事が出来ているからよ」
私は再び群衆の声に耳を傾ける。
が、そこにはやはり私が望むようなストーリー……つまりは決戦派と開戦派が仲違いし、内乱が起きると言った話は含まれておらず、代わりに犯人はマカクソウ狂いの異常者で、既に死んでいると言う話ばかりが聞こえてくる。
それはマダレム・エーネミの民が内乱は望んでいないと言うのもあるだろうが、それ以上に誰かが一般大衆の動きを自分にとって都合のいいように動かしている事を疑わせる様な話だった。
勿論、ここで言う誰かとは、継戦派に属する誰かなわけだが。
「現に、民衆の間では昨日の事件は単独の事件として片づけられてしまっているわ。懲罰部隊が一部隊消えているのを向こうも把握しているはずなのにね」
「ふうむ……」
「それと、もう一度懲罰部隊を誘い込むのも辞めた方がいいわね」
「ああ、そっちは分かる。これだけ対応が早いとなると、何度やってもいたちごっこだろうし、回数を重ねればそれだけ小生たちの正体と能力がばれて、討伐される危険性が増す事になるからな」
で、これからどうするかについてだが……とりあえず内乱を起こすのは諦めた方がいいだろう。
向こうの方が情報操作については上手のようだし、これだけ手際が良いとなると、私たちが何かをしたところで、内乱が起きる前に適当な身代わりを立てられて、その身代わりに全ての罪を着せて処断する事によって全てを無かった事にするぐらいは何のためらいも無くやって見せるだろう。
そして懲罰部隊をこれ以上相手取るのも、シェルナーシュの言う理由でもって止めた方がいい。
ただまあそうなるとだ。
「じゃあどこから魔石関係の情報を得るの?」
今後の活動の為に必要な情報を得るための手段は嫌でも限られてくる。
「出来れば相手にしたくは無かったけれど、確実に魔石関係の情報を持っていると言えるヒトが居るから、その人物を狙うわ」
「それってもしかして……」
「一時的な危険度で言えば懲罰部隊を相手取る以上になりそうだな」
だが、それらの情報を確実に持っていると言えるヒトが誰なのかは既に分かっている。
そう……
「でも、これが一番勝ち目があるわ」
マダレム・エーネミを治める長と、その側近たちだ。