第86話「堕落都市-16」
「それじゃあ確かに死体は回収出来ないわねぇ」
翌朝。
私たち三人はとある場所に向けて、昨日の事を話しながら歩いていた。
勿論声量を私たち以外のヒトには聞こえないようにかなり抑え、口元を布で覆う事によって話している事を傍目には分からないようにした上でだが。
「ああ、見事にしてやられた。まさか、心臓が溶かされている状況であれほどの声を上げるとは思わなかった」
「流石って感じだねぇ」
で、昨晩の戦いについてだが、シェルナーシュが仕留めた者も含めて、やはり懲罰部隊は今までの下っ端とは格が違ったらしい。
「アタシが相手をした二人も、反撃をしようとはしていたし、トドメを刺すまで油断する気にはならなかったかなぁ」
「そう言えば、私の方も完璧に不意を衝いたのに、一方的に仕留められたのは一人だったわねぇ」
シェルナーシュが相手をしていた懲罰部隊……万が一に備えて遠くから私たちと他の隊員を監視していた一人は、民衆に紛れたシェルナーシュが放った酸性化の魔法を受けた瞬間に、自分が死ぬ事を察し、自分が何かの攻撃を受けた事を示すように大声を上げ、本物の『闇の刃』の魔法使いでなければ決して手出しできないような状況を作り上げて見せたらしい。
トーコが相手をした二人も、片腕を切り飛ばされ、喉を裂かれたにも関わらず、トーコを仕留めようと一撃ずつではあるが、何かしらの魔法を放って見せたそうだ。
で、私が相手をした二人も、片方が死んで驚きはしても、呆然とはせず、私の追撃を一撃目は見事に防御して見せていた。
うん、今思い返してみても、それまで相手にしてきた『闇の刃』の下っ端連中とはあらゆる面で動きが違っていた。
それにだ。
「まあ、彼らはジャヨケを使わずに魔法を使えるようになるだけの研鑽を積んでいたようだし、あの強さはある意味当然なのかもしれないわね」
「そう言えばソフィアん昨日は気分悪そうにしてなかったね」
「つまりただ修羅場に慣れているだけでなく、マトモな思考能力とちゃんとした状況判断力も持っていたわけか」
「そう言う事になるわね」
昨日懲罰部隊の一人を丸呑みした時点で気付いたのだが、懲罰部隊は基本的にジャヨケの使用を禁じているようで、自分に何が出来て何が出来ないのかもきちんと把握していた。
そしてその上で、最低限自分が果たすべき役割が何かと言う事も理解していた。
なので、下っ端連中とは動きが違うのは当然なのかもしれない。
「で、ソフィアん。今向っているのは懲罰部隊の拠点って事でいいんだよね」
「正確に言えば、私たちを襲ってきた一部隊が拠点としていた建物。と言ったところね」
「ふむ?」
ただ、それだけの人材であるがゆえに、私が丸呑みにした懲罰部隊の女が持っている情報は、今までの調査は何だったのかと思わせるような質と量だった。
そして、それらの情報の中には当然ながら彼女が所属していた懲罰部隊に関する情報も存在していた。
「ソフィア。もしかして懲罰部隊のヒトは、別の部隊に所属するヒトについて知らないのか?」
「ええ、その通りよ」
と言うわけで、彼女が把握していた限りではあるが、私は懲罰部隊の構成についてシェルナーシュたちに説明する。
「簡単に言うと……」
まず懲罰部隊は、名前しかわからないトップ……ピータムを頂点とし、その下に複数の伝達役が居る。
で、伝達役の下に五人一組の実行部隊が、伝達役一人につき数組存在しているらしい。
でまあ、この伝達役と実行部隊だが、伝達役は自分の保持している実行部隊の顔しか、実行部隊は同じ部隊のヒトの顔しか知らないようで、かなり秘匿性が高い部隊になっている。
実際には他にも色々と細々としたものがあるようだったが、とりあえずはこんなものである。
「じゃあ昨日の今日で懲罰部隊の拠点にアタシたちが向かっているのは……」
「手がかりを抹消される前に、次につながる手がかりを探す為よ」
さて、懲罰部隊の秘匿性の高さが分かったところで、仕事に出た部隊員が帰って来なかったと言う状況を考えてみる。
そんな場合、行方知れずになった部隊直上の伝達役は何をするだろうか。
そんなものは決まっている。
自分に繋がる証拠の抹消し、それ以上追えなくするのだ。
懲罰部隊のヒトは拷問や自白に対する訓練も受けているようだが、私が伝達役ならば、部下が話さない事に賭けたりはしない。
と言うより、時間稼ぎをしてくれている部下の為にもするべきではないだろう。
まあ、私の能力の前ではそんな訓練など無意味であったし、流石にこの速さで情報を引き出せるとは相手も思っていないだろうから、今日明日程度は証拠が隠滅されていないと私は思っているが。
「さ、もうそろそろよ」
やがて私たちは目的とする建物がある通りに入る。
だが、そこで私は自分の読みが甘かった事を思い知らされる。
「なっ!?」
「これは……」
「流石と言う他ないな」
私たちが目指していた懲罰部隊の拠点は……
「火事だとさ……」
「二件続けてだなんて嫌だねぇ……」
「ああ、恐ろしい恐ろしい……」
僅かな痕跡も残す気がないかのように、完全に焼け落ちていた。
裏の部隊はかなり優秀です