第85話「堕落都市-15」
「あら、私たちが何をしたと言うのかしら?私たちはたださっき起きた火事を上に報告しに行っているだけよ」
私たちの周囲に居る懲罰部隊は、私が感知できる範囲に限れば正面に二人、背後の建物の陰に二人。
それと私の想像通りならば、感知できない程離れた場所に一人は居るはずである。
「上に報告……か。確かに貴様等が直接何かしたのを見たわけでは無いが……」
正面の二人だが、どちらも私たちと同じように布で顔を隠し、腰には魔石の填め込まれた短剣が挿されている。
で、今話している方は声からして女で、まだ抜いていないが、手は短剣の柄を握り、何時でも抜けるようにしている。
そしてもう一人のヒトだが、今話している女から適度に離れた場所で、何時でも短剣を抜ける状態でこちらの様子を窺っている。
「火事が起きた直後から特等席で人目に触れないように観察を続け、消し切れないような大火になった時点で人目を憚るように移動を始める。これを怪しいと言わずして、一体誰が怪しいと言うのだ?」
背後の二人についてはよく分からない。
よく分からないと言うか、装備品を確認する程の余裕がない。
此処で背後を向いたりしたら、間違いなく一瞬隙が生じ、その一瞬の隙の間に一撃を貰う羽目になる。
そして、今私たちが対峙している相手だと、その一撃は致命的なものになるだろう。
「あら、それがそんなに怪しい事かしら?」
「怪しいな。そもそもこの期に及んで報告しに行くと言う上の者の名を明かさない事も含めて」
強敵。
彼女らはそう言うに相応しい敵なのは間違いないだろう。
「さて、素直に我々に拘束されるのであれば、痛い目は見ずに済む。だが抵抗するならば……命を失う可能性も……」
ではそんな強敵を相手にする場合の基本は?
そんなもの決まっている。
「トーコ!」
「うん!」
奇襲だ。
「ふんっ!」
「か……!?」
「!?」
勿論単純に奇襲を仕掛けても、彼らほどの強敵相手には通用しない。
少なくとも、今私の目の前で起きている様に完全に虚を突かれ、私のハルバードによって頭のてっぺんから股下まで切り裂かれるような事にはならなかっただろう。
私たちが居た場所に向かって放たれた何かが、私にも後方に向かって跳躍したトーコにも当たらず空を切るような事も無かっただろう。
「なっ!?」
では何故今回の奇襲が成功したのか?
なんてことはない。
単純に彼女たちに私たちの身体能力を見誤らせただけだ。
私たちはここに来るまで、ヒトの身体能力の範囲内でのみ行動するように心がけていた。
そして今ここで、私たちは初めて妖魔としての身体能力を見せた。
その結果が今私たちの前に広がる光景だ。
「とうっ……」
「貴様等『闇の刃』ではないな!?」
だがまだ戦いは終わっていない。
機先を制することが出来ただけだ。
だから私は振り下ろしたハルバードをまるでハンマーでも振るうかのように、刃の腹を向けつつ回転、跳躍。
「とうっ!」
「ぐおっ!?」
「ぎゃっ!?」
その回転を行っている一瞬の間に、私はトーコの方を見て、トーコが建物の影に隠れていた二人の懲罰部隊の首を切り裂き、杖を持っている方の腕を切り落とす姿を目撃する。
どうやらトーコの方はもう心配しないでよさそうだ。
「りゃあああぁぁぁ!!」
「黒帯!」
で、私の方だが、残る一人の頭をハルバードの腹で殴ろうと思ったのだが……フローライトも使っていた黒い帯状の何かでもって、私の攻撃は防がれる。
この黒い帯の正体は分からない。
が、フローライトが使っていたのを見る限り、攻撃にも防御にも使える強力な魔法だ。
ただ、この黒い帯は視界を遮ってしまう。
つまり目の前の女がこの後に取る行動は……
「捕えろ!」
このままこの黒い帯を動かして私を攻撃するか、黒い帯を消して別の攻撃を仕掛けるかの二択。
そしてこの女は黒い帯を動かし、私を拘束する意図の動きを見せた。
対する私の行動は単純だ。
「甘いわね」
「なっ!?」
ハルバードを手放し、回転の勢いを生かす事によって相手の横をすり抜ける。
「ぐっ!?」
そして相手の脚に軽く噛み付いて麻痺毒を注入。
「こ……」
で、どうにも効きが悪いので、そこから更に首筋に噛みつき、麻痺毒を追加で注入。
動きを更に抑制する。
「よう……ま……だと……」
「あら、これでもまだ動けるのね」
が、驚いたことに、口だけとは言え、女はまだ動けるようだった。
うーん、大の男でも全身が麻痺して、呼吸も出来なくなり、死ぬ量の麻痺毒を注入したはずなんだけど……まあ、どうして大丈夫だったかは彼女の記憶を奪えば分かるか。
「まあいいわ」
と言うわけで、もう少し麻痺毒を加えると私は手早く処理をして、彼女を丸呑みにする。
記憶は……うん、大丈夫。
「ソフィアん。こっちも終わったよ」
トーコも私が殺した一人の分も含めて死体を回収して、こっちにやってくる。
「シエルんも……大丈夫そうだね」
「そうみたいね」
で、夜目が利く上に視力が良い者にしか分からないだろうが、遠くの建物の上でシェルナーシュが片手を挙げている姿が見えた。
どうやら、私たちの感知範囲外に居た懲罰部隊も無事に仕留められたらしい。
「それじゃあ、早いところ逃げましょうか」
「だね」
そうして目的を達した私たちは完全に気配を殺し切る形で、その場から姿を眩ませたのだった。
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