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第84話「堕落都市-14」

「……!?」

「これでよし……と」

 夜。

 私とトーコの二人は、開戦派が所有する建物の一つの前にやって来ていた。

 足元に転がるのは、上から強襲し、口を塞いだ上で首を折る事によって仕留めた見張りの男。


「この男はこのまま放置でいいんだよね」

「ええ、今回は死体は残さないといけないから、このままにしておくわ」

 ただし、この男は食べる為に仕留めたわけではなく、この後の行動も含めて、相当な強硬手段を取る者がいると思わせる為の死体なので、建物の中に一緒に持って行く。


「へー、色々あるんだね」

「まあ、この建物は表向きは真っ当な商店の倉庫だもの。色々と店の商品は置かれていてもおかしくはないわ」

 建物の中には種類ごとに分けられる形で、様々な物品が置かれている。

 そしてそうやって各種物品が置かれている中、私たちはとある物をばら撒きながら探索をし、建物の奥の方に私たちがこの建物に狙いを定めた理由となる物品が袋に詰められた状態で山積みにされているのを発見する。


「で、これが全部そうなの?」

「ええ、全部そうよ」

「うへぇ、馬鹿みたい。こんな葉っぱをこんなに集めるだなんて」

「本当よね」

 トーコが袋の一つを開けて、その中身を確かめる。

 で、袋の中身だが……当然ながら、十分に乾燥させられたジャヨケの葉である。

 うん、これだけあれば、廃人を十数人は作り出せるだろうし、その廃人になるヒトから相応の金品を本人たちにとっては合法的に巻き上げられるだろう。


「さ、早いところ仕事をこなしてしまいましょうか」

「だね」

 私たちは持ってきた袋の中から、今までばら撒いて来た物と同じ油を染み込ませた布切れを取り出すと、目の前の積み重なった袋の上にそれらをばら撒く。

 で、私は自分で加工した魔石を手に持つと、意識を集中し始める。


「……」

 勿論、私の加工した魔石はそこまで質が良い物ではない。

 が、それでも『闇の刃』の使い方では無く、『大地の探究者』の使い方……自分の中にある力の塊の一部を切り離し、小さな力の塊を手に持った魔石の中へと移動させ、魔法を発動させる準備を整えると言う方法であれば、問題はない。


着火(イグニッション)

 私は準備が整ったところで腕を一振りする。

 するとそれに合わせて魔石から小さな火が発せられ、目の前にある袋と布切れに火が付く。

 さて、今の建物内の状況で火を付けたりすればどうなるか。


「さ、逃げるわよ」

「うん」

 十分に乾燥した植物の葉と油、そして火。

 そう、これだけ条件が揃っているのならば、当然のように火は直ぐさま炎になり、一気に燃え上がり始める。

 そして炎はぱちぱちと火が燃え盛る音と共に、周囲に置かれた様々な物にも燃え移り、その火勢を確実に強めていく。


「うひゃあ……凄いね。ソフィアん」

「ええ、でも周囲に燃え広がる心配はそれほどしなくてもいいわ」

 私たちは建物の外に脱出すると、誰かに姿を見られる前に、通りの向こうにある建物の屋上へと駆けのぼり、建物がきちんと燃えているかを観察する。


「火事だああぁぁ!」

「倉庫が燃えているぞ!?」

 扉や換気用の小窓から火が漏れ始めたところで、周囲の住民や『闇の刃』の魔法使いたちが集まり始め、どうにかして火を消せないかと動き始める。

 が、もう遅い。

 マダレム・エーネミの建物は基本的に石造りなので、火事が起きても燃え広がる事は少ないし、大規模な火事も起き辛いが、今回は事前に私たちが油を撒いている。

 故にヒトが止める暇も無く、水を掛けようが何をしようが、火はその勢いを増していき、黒煙を噴き上げながら、迂闊に近づいた愚か者ごと燃え盛るだけである。


「え?何あれ……」

「恐らくはジャヨケ中毒者ね。煙の臭いに誘われてきたんでしょ」

 と、ここで明らかに正気を失った様子の男たちが、煙に誘われるように炎の中へ向けて大量に飛び込み始める。

 そして、そんな男たちに押される形で、マトモな精神状態のヒトも炎の中に取り込まれ、悲痛な叫び声を上げながら焼け死んでいく。


「ま、私たちが気にする必要はないわ。この場に来ている連中なんて先に飛び込んだ連中にジャヨケを売って儲けていた連中が大半でしょうし」

「う、うん……」

 トーコは何か言いたそうな顔をしているが、私はそれを無視して、今も燃え盛る建物に背を向ける。


「さ、そろそろ退くわよ」

「分かったよソフィアん」

 そして、普通のヒトが出来る動きでもって燃えている建物があるのとは逆の方向に降りると、事前に決めた通りの方向に向けて普通のヒトが走る速さでもって駆け出す。


「トーコ、分かっているでしょうけど……」

「分かってるから大丈夫」

 今回の火付けの目的はジャヨケを焼く事ではない。

 私が把握している限りでも、ジャヨケの保管場所はマダレム・エーネミ内に十数か所あるので、ここ一つ焼いたところでそこまで被害はないからだ。


「本番はこれから。でしょ」

「ええそうよ」

 そう、今回の火付けの目的は別にある。

 一つは決戦派と開戦派の間に存在する亀裂を決定的な物にし、継戦派が意図しない場所で内乱を起こす切っ掛けの一つとして。

 もう一つは……


「さ、来るわよ」

「止まれ」

 まるで表に出てこない『闇の刃』の懲罰部隊を呼び寄せる為である。


「貴様等何者だ?」

 そして懲罰部隊は私たちの前に姿を現した。

 つまり……本番はこれからである。

04/30誤字訂正

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