第83話「堕落都市-13」
「ふうむ……」
私たちがフローライトに雇われてから三週間が経った。
この三週間、私たちはマダレム・エーネミの内外を問わずに活動を行い、情報収集を行うと共に、内乱を起こすための下準備として開戦派と決戦派の間に不和をもたらすように幾らかの手を打った。
「やはり手がかりが少ないのが痛いな」
「そうねー……此処まで難しいと秘匿されるのも納得だわ」
そして、それらの活動の合間を見て、とある研究も行っていたのだが……そちらの進捗具合は芳しくなかった。
「そんなに魔石の加工って難しいの?」
「ええ、難しいわ。単純にサンプルを真似て形を整えるだけだと、大抵の場合狙っていたのと別の魔法が発現するか、そもそも魔法を使うための魔石にならないかのどちらかになって、目指している魔法が出てこないのよ」
「おまけに同じように加工をしたはずなのに、結果が違う事もあるからな。かなり厄介な事になっている」
「うへー」
私とシェルナーシュの間に並べられているのは、マダレム・エーネミの外で集めてきた未加工の魔石と、私たちが仕留めた『闇の刃』の魔法使いが持っていた加工済みの魔石、それに私たちが『闇の刃』の物を真似て加工をしてみた魔石の三つ。
で、未加工の魔石は脇に置いておくとして、外見的には『闇の刃』が加工した魔石と、私たちが真似て加工した魔石の間には差はない。
これは、この三週間暇を見てではあっても、地道に魔石加工の練習を行ってきた成果だろう。
しかし、この二つの魔石には明らかな差がある。
「それでも、魔石として使えるようになっているんだから、ソフィアとシェルナーシュは凄いと思うわ。私にはさっぱりだったもの」
「ありがとうフローライト」
私は二つの魔石をそれぞれの手に持ち、『闇の刃』式の魔法発動法……自分の中にある力の塊から細い力を二つの魔石の中に伸ばし、魔石の中にある力を掬い出すと、それを魔石の外に向かって投じる。
「でもどうして、こんな差が出るのかしらね」
すると、右手に持った『闇の刃』が加工した魔石の上には闇円盤と呼ばれる黒い円盤が生じ、ゆっくりと回転をし始める。
対して左手に持った私たちが加工した魔石の上には小さな火花が幾つも生じるも、直ぐに部屋の中に広がる闇に飲み込まれてその姿を消してしまう。
うん、フローライトは褒めてくれたが、こんな小さな火花を起こせるだけの魔法では、殆ど何の役にも立たないだろう。
「単純に考えれば、『闇の刃』では物理的な加工以外の何かを行っているんだろう。だからその差が結果として出てくる」
「ふうん……まあ、料理だって、同じ材料を使っても調理法や下拵えの違いで全く別の料理が出来上がるし、当然と言えば当然なのかな」
「まあ、そう言う事になるわよね……」
「伊達に何十年も研究をしていないって事なのね」
部屋の中に微妙に暗い雰囲気が漂う。
まあ、よくよく考えてみれば、『闇の刃』だって最初は真面目に研究して魔法を開発していたんだろうし、その数十年分の研究成果にたかが三週間の研究で追いつこうと言うのは、幾らなんでもおこがましいと言う他ないだろう。
「まあ、多少は進展があったし、これが必要になるのはまだまだ先だから、ゆっくりとやっていきましょう」
「そうだな。こればかりは地道にやるしかない」
それにそもそもとして、私が求めているのは『闇の刃』が使っている魔法では無く、とある目的をたった一度果たす為だけに必要な魔法なのだ。
そして、既にどういう要素がその魔法に必要なのかは分かっているのだし、後は量産性や安定性を度外視して、その要素を生み出すための加工法を地道に探り当てればいい。
つまり知識は有ればうれしいが、必須と言うほどではないのである。
と言うわけで、この件についてはまあ、ゆっくりと進める予定である。
「で、アチラについてはどうする?」
「んー……正直に言って、多少の危険を冒さないと、どうしようもないと思うのよねぇ」
で、話は多少変わるが、この三週間の調査では、マダレム・エーネミに居る九人の重要人物とその周囲に居るヒトに関する基本的な情報や、ジャヨケの保管場所を含む幾つかの重要施設の位置については割り出せた。
が、どうやっても探り出せなかった情報も存在する。
「魔石の加工関連と『闇の刃』の懲罰部隊だっけ。どうしてこんなに情報が出てこないんだろうね?」
それは各魔法使いの流派にとって最高位の機密情報である魔石の加工に関わる部分と、『闇の刃』の中で裏切り者や著しい失態を晒した者を処罰する懲罰部隊だ。
どちらもマダレム・エーネミの中にその施設が置かれているのは周辺情報から間違いないのに、その実態や詳細についてはまるで探り出せなかった。
何故探り出せないのか。
「それだけ重要と言う事だろう」
「万が一壊滅したりすれば、『闇の刃』全体に影響が出るものね」
恐らくはシェルナーシュが言うように、それだけ重要で、口が堅く、重要な情報であるが為に、『闇の刃』内でも極一部のヒトにしかその詳細が教えられていないからなのだと思う。
知るヒトが少なければ、それだけ情報がバレる可能性も低い。
単純な話だ。
「で、動くのか?」
だがそれでもフローライトの願いを叶える為には、この二つの情報は絶対に探り出す必要が有る情報である。
「そうね。動くしかないと思うわ。これは危険を冒してでも絶対に調べるべき情報だもの」
だから私たちは一つ、大きな動きを見せる事にした。