第80話「堕落都市-10」
「さて……と」
数日後。
私とシェルナーシュの二人はマダレム・エーネミの片隅、どちらかと言えば貧民街に属するような場所で、目的の施設を持つ家を見つける事に成功した。
「縄梯子はこんな物でいいかしらね」
「必要な分の壁と屋根の修復も完了した。これで降りる姿を見られることも無いはずだ」
その施設とはマダレム・エーネミの地下に広がる入り組んだ水路に繋がる井戸である。
うん、これで、私たちが最初に侵入した取水口が修理されていなければ、後は多少の注意を払うだけで自由にマダレム・エーネミの外と行き来が出来るだろう。
「しかし、この家は何故打ち捨てられていたんだ?他の家々に比べれば、まだまだ使えそうな感じだが……」
「んー……周辺の住民の記憶から察するに、この家は元々は『闇の刃』の有力者……あ、フローライトの父親じゃないわよ」
「分かってる。それで有力者が何だって?」
「この家は元々『闇の刃』の有力者の物だったらしいけど、その有力者が死んだ後は建っている場所が悪いせいで買い手が見つからず、おまけにその死んだはずの有力者が化けて出て来るとか言う噂話もあって、誰も近づかなくなったみたい」
「幽霊と言う奴か」
「そうそう」
で、この家だが、家の中に専用の井戸を持つと言うだけあってそれなりに大きな家なのだが、誰も住んでいないために、壁も屋根もボロボロで、中庭には雑草が生い茂っていた。
ただ幽霊について言わせてもらうのであるならばだ。
「ま、幽霊の正体はここに隠し財産を蓄えていて、定期的に無事を確認しに来ている『闇の刃』の連中なんだけどね」
私たちと同じように、顔が分からないように変装しただけの『闇の刃』の魔法使いなのだが。
どうやら暗視の魔法によって灯りを付けずに行動している魔法使いの姿を見て勘違いした住人が居て、その噂にこの家を利用している『闇の刃』も乗っかったらしい。
「は!?お、おい、ソフィア。それは……」
「大丈夫よ。連中が財産を蓄えているのは井戸がある場所の真反対で、何時確認に来ているのかも私は把握しているから」
「信じるぞ……」
と言うわけで、私たちもその噂に乗らせてもらう。
利用できるものは利用してナンボである。
「さ、降りましょう」
「分かった」
そして私とシェルナーシュは井戸の縁にかけた縄梯子を降りることで、地下水路へと入っていった。
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「この道はもう行ったから……」
「次はこっちだな」
地下水路へと降りた私たちは、昼間でもほとんど明るい場所が存在しない水路を、簡易の地図を作成しながら歩いていた。
「ふう。結構かかったわね」
「まったく、どうしてこれほどまでに入り組んでいるのやら」
そして探索する事数時間。
私たちはようやく目的の場所であるシェルナーシュが溶かしたままになっている鉄柵がある取水口に辿り着いた。
「この都市のヒトの事だから、ウチにもウチにもと無秩序に水路を拡張していった結果じゃないの?」
「凄く納得がいく理由だな……」
なお、マダレム・エーネミの水路が入り組んでいる理由は本当の所よく分からない。
この都市のヒトならば自分にとって有利になるよう無秩序に広げる事もあり得るだろうが、それと同じくらい地下水路から侵入する敵を警戒したと言う可能性もあり得るからだ。
まあ、出入り口に鉄柵が付けられた上に、その存在を半ば忘れられている節がある今となっては、誰にも理由は分からないだろうが。
「ま、そんな事よりも、今は目的を果たしましょう」
「そうだな」
シェルナーシュが袋から取り出した干し肉を私に投げ、干し肉を受け取った私は、干し肉を水に浸けながら鉄柵の向こうへと突き出す。
すると……
「ギギャギャ!」
「肉ダ肉ダ!」
「肉ノ匂イガスルゾ!」
「おっと」
「「「!?」」」
すぐさまベノマー河の方から魚の妖魔を始めとする水棲の妖魔がやって来たので、私は干し肉をこちら側に引っ込めつつ、集まってきた妖魔たちの事を睨み付け、騒がないようにする。
「みんなよく集まってくれたわね」
「「「……」」」
「今日は皆にお願い事が有って来たの。私のお願い事を聞いてくれるなら、後ろの袋の中に入っている肉を全部あげるわ」
「「「!?」」」
私の言葉にシェルナーシュは軽く袋を揺らし、その存在感をアピールする。
そして、袋から漂ってくるヒトの肉の匂いに反応してか、多くの妖魔が生唾を呑み込むような様子を見せる。
うん、これなら大丈夫だろう。
「お願い事の内容は単純よ。今から私の言う事を、出来る限り多くの妖魔に伝えて欲しいの。勿論、河の中に居る妖魔だけじゃなくて、陸の上に住んでいる妖魔にも……ね」
「「「……」」」
妖魔たちが勢いよく何度も頷く。
「じゃあ言うわよ。『サブカへ。マダレム・セントールの地下を調べ、マダレム・エーネミに来なさい』……以上よ。はい、復唱」
「「「『サブカへ。マダレム・セントールの地下を調べ、マダレム・エーネミに来なさい』」」」
「はい、よく出来ました。じゃ、頼んだわよ」
私の合図を受けて、シェルナーシュが袋の中身を鉄柵の向こうへとバラ撒く。
すると妖魔たちは我先にと干し肉を喰らい始め、干し肉が無くなると一斉に散らばっていく。
うん、これで一応の手は打てた。
後の問題は……
「さてソフィア。そろそろ何を企んでいるのか小生に教えてもらってもいいか?」
「分かったわ」
シェルナーシュにどう説明するかだ。