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第78話「堕落都市-8」

「和解派はマダレム・セントールとマダレム・シーヤ、この二都市との和解を目的として出来上がった派閥で、批判される問題があったから継戦派と同じく表には出れなかったけれど、私の両親も含めてそれなりの規模ではあったわ」

「それなりの規模?マダレム・エーネミとマダレム・セントールとの仲は最悪だと聞いていたが、それでも参加するヒトが居たのか?」

「余りにも長くマダレム・エーネミとの戦いが続いたせいでしょうね。もう戦いは嫌だって言う気分になっていたヒトは少なからず居たみたいなの」

 居たみたい……か。

 まあ、フローライトの年齢は私の見た目と同じくらいだし、十年前に父親が死んだことを考えると、フローライト自身と和解派の繋がりが薄いか存在しないかで、実感がないのは仕方がない事だろう。


「それにマダレム・セントールに攻め込むにあたって、拠点として適当な位置にあったと言う事で、マダレム・エーネミはマダレム・シーヤを奪うべく時々攻め込んでいたけれど、そちらの戦いが完全な膠着状態に陥っていたと言うのも、和解派が生まれた背景にはあるでしょうね」

「ふむ。いずれにしても、これ以上戦いが続かないようにどうにか出来ないかと考えているヒトが居たわけか」

「良い事だねー。戦いが無くなれば、無駄にヒトが死ぬ事も無くなるわけだし」

「ええそうね」

 なお、フローライトには悪いが、トーコが無駄にヒトが死なない事を喜んでいるのは、その方が新鮮な材料を入手しやすく、飢える可能性も減るからである。

 そしてこの点については、私もトーコと同意見である。

 わざわざ口に出したりはしないが。


「それで、アブレアから聞いた話だと、マダレム・セントールとマダレム・シーヤにも、同じような和解派が居たらしいわ」

「ほう。では……」

「ええ、それを知った父は当然二つの都市の和解派と連絡を取り合い始めて、どうにか戦いを終わらせる方向に持って行けないかと動き始めたわ。けれど……」

 フローライトは一度私の方へと視線を向ける。

 それに対して私は一度肯いてから、何が起きたのかを話すべく口を開く。


「ここからは私が話すわ。十年前、マダレム・エーネミとマダレム・セントールの一部の人間が、些細な諍いから戦いを始めた。そしてそれを切っ掛けとして、一気に両都市全体が臨戦態勢に入り、私が把握している限りで最も大きな戦いが起きた」

 私が話すのは、私が丸呑みにして記憶を奪った魔法使いの一人が把握している情報。

 その魔法使いは、この十年前の戦いにも『闇の刃』の魔法使いとして参加していた。

 なお、私自身の感覚ではこの魔法使い自身の想念を可能な限り排除して記憶を見ていると思うが……視点が一つしかないので、細かい情報の確度はそれなりと思っており、今回は話さないでおく。


「お互いの実力は拮抗していた。だから、形勢を傾ける為には何かしらの策が必要だった。そしてその策の一つとして両都市は敵方の陣地へと奇襲を行い……奇襲をモロに受ける事になった両都市の和解派は壊滅することになった」

「へ?」

「おい待てソフィア!今の話は確実におかしいだろう!」

「「……」」

 私の言葉にトーコは妙な声を上げ、シェルナーシュは疑問の声を上げ、フローライトとアブレアは私の言葉に聞き入るように黙っていた。

 シェルナーシュがどの点をおかしいと思ったのか。

 それは考えるまでも無い。

 私も同じ点をおかしいと思ったからだ。


「お互いに奇襲を仕掛け合ったのはともかくとして、その結果として何故二つの都市の和解派が壊滅する!?マダレム・セントールの和解派はまだしも、マダレム・エーネミの和解派の頭首は『闇の刃』の首領だったはずだ。それほどの人物の周囲ではその地位に見合うだけの警備が敷かれ、簡単に落ちる事が無いように人材も揃っていたはずだぞ!」

「ええ、その通りよ。でも事実として両都市の和解派はそこで壊滅した。そしてその後はお互いの戦力の大部分は概ね淀みなく撤退したわ。で……」

「ソフィアの考えている通り、幼かった私とアブレアはクソ爺に騙されて、元の家から移動させられ、私はこの部屋に監禁。アブレアは私唯一の世話役にされた。それとアブレアの話だと、都市に残っていた和解派の人たちは敵に情報を流した売国奴として処刑されたと言う話らしいわ」

「な……」

「酷い……」

 私とフローライトの話にシェルナーシュとトーコが絶句する。

 十年前に何が起こったのかを察する事が出来てしまったであろうが為に。

 そう、十年前の戦争は完全に仕組まれたものだったのだ。

 その発端も、誰が大きな被害を受けるかも、その被害が生じた責が誰にあるかまでもだ。

 では誰がそれを仕組んだのか、それは十中八九継戦派のヒト……その後の動きまで考えれば、まず間違いなく私たちが居るこの屋敷の主であるドーラムと、マダレム・セントールの継戦派の有力者だろう。


「……」

 私はフローライトの方をチラリと見る。

 そして思う。

 十年前の戦いは全てが継戦派の思惑通りに進んだわけでは無い。

 何故なら、ドーラムからしてみれば、本来フローライトはこんな場所に監禁するのではなく、傀儡として自分にとって都合のいいように操りたい相手であったはずだからだ。

 となれば恐らくは、アブレア経由で戦争直後には生き残っていた和解派の誰かが、真実を伝えたのだろう。

 私はその見ず知らずの誰かに敬意を表したい。

 貴方のおかげでフローライトは小汚い老人の道具として良いように使われずに済んだと。


「さて、過去の話はこれぐらいにしておきましょう。私たちが今考えるべきは、過去に何があったのかではなく、どうやってマダレム・エーネミとマダレム・セントールを滅ぼすかよ」

 だから、その誰かの為にも、私自身の為にも、ヒトと言う種の健全性を保つためにも、私は全力でフローライトの願いを叶えるとしよう。

04/23誤字訂正

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