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第75話「堕落都市-5」

「シェルナーシュは私が魔石を持っているとは考えないの?」

「貴様が魔石を持っていると言うのは有り得ない事だ。小生が貴様を捕えている者ならば、強力な武器になり得る魔石を貴様に持たせるような真似は絶対にしない」

 フローライトとシェルナーシュのお互いの腹の内を探る様な視線が交錯し、それに合わせる様にランタンの火と周囲の闇が揺れ動く。

 それはまるで、二人の関係性を表しているかのような光景だった。


「アブレアが持ってきた。と言う可能性もあるわよ」

「それもないな。貴様の侍女であるアブレアに魔石を渡すのは、貴様に魔石を渡す事と同義だ。それにアブレアが魔石を手に出来る状況にあるのであるならば、あの時この部屋に踏み込んできたアブレアはランタンを持っていた事の説明がつかない」

「そうかしら?」

「そうだとも。あの時小生たちはこの部屋に突然踏み込んできたのだ。なら、もしもアブレアが魔石を使える状況にあるのならば、ランタンを持ってでは無く、暗視の魔法を使って部屋の中に入ってくるはずだ」

 シェルナーシュの言葉に、暗闇の中でフローライトは笑顔を浮かべる。

 なお、シェルナーシュは説明を省いたが、仮にアブレアが暗視の魔法を使えない魔法使いで、実は何かしらの方法でもって魔石を持ち出せる立場にあったとしても、フローライトが魔石を持っている可能性は低いと考えていた。

 と言うのも、シェルナーシュたちが部屋の中に入ってきた時、アブレアの口を塞いだのはフローライトの魔法であり、もしもフローライトが魔石を使って魔法を使っているのであれば、そんな些事に貴重な魔石を使うのは勿体無いように感じたからだ。


「ふうん、一理あるわね……」

「ふん。それで、もう一度改めて訊かせてもらうぞ」

 また、この考えに至るにあたって、ソフィアから教えられた暗視の魔法が掛けられている衛視が少ないと言う情報も少なからず影響を受けている。

 なにせ暗視の魔法は『闇の刃』で一人前の魔法使いと認められるための条件であり、使えないヒトが少ないとは考えづらい魔法である。

 では何故暗視の魔法がかかっている衛視が少なかったのか。

 場所や手間暇、やる気などの要素もあるだろうが……それ以上に暗視の魔法を初め、『闇の刃』の魔法は魔石の消耗が激しいのではないかとシェルナーシュは考えた。

 そうした考えをまとめ上げた結果が、魔石が貴重な物であると言う考えであり、フローライトは魔石を使わずに魔法を使っていると言う考えだった。


「何故貴様は魔石無しに魔法を使える?」

「うーん……」

 シェルナーシュの言葉にフローライトはどう答えたものかと言いたげな声を上げながら、周囲へと幾度か視線を向ける。


「そうね。教えても私に損になる事じゃないし、教えてあげるわ」

「……」

 やがて、仕方がないと言った様子でフローライトはその口を開く。


「まずシェルナーシュには悪いけど、何故私が魔石なしに魔法を使えるのかは、私自身にも分からないと言っておくわ」

「何?」

「しょうがないじゃない。父が死んだ後、この部屋に閉じ込められて、それからしばらく経った頃に突然使えるようになったんだもの。切っ掛けも何も無かったし、魔法の修行だってそれまで一度もやったことなかった。なのに突然魔法が使えるようになったのよ、説明のしようがないわ」

「……」

 フローライトの言葉に、今度はシェルナーシュが困った様子を見せる。

 ただ、困った様子を見せると同時にシェルナーシュは考える。

 フローライトの言葉が本当であるか否かを、仮に本当であるとするならば、何故使えるようになったのかを。

 そうして思案した結果として、幾つかの考えがシェルナーシュの中に浮かんでくる。


「一応聞いておくが、貴様の両親。ああそれと祖父母たちもヒトで間違いないのか?」

「少なくともシェルナーシュの思っている様に、私の血縁者に妖魔が混じっている。と言う話は聞いたことはないわね。ああ、私が魔石なしに魔法を使えるとクソ爺たちが聞いた時は、散々私の事を妖魔混じりだと蔑んでいたと言う話ならアブレアから聞いたわね」

「今のマダレム・エーネミを作り出した連中の話など参考になるか」

「でしょうね」

 考えの一つ、フローライトに妖魔の血が混じっている可能性は否定される。

 実際、よほどの事が無ければ妖魔の血を引いた子が生まれ育つなど有り得ないとシェルナーシュも考えていたので、この可能性が否定されるのは想像の範囲内だった。


「ではもう一つ。貴様はどうやって魔法を使っている?」

「どうやってと言われても……ちょっと使いたいと思えば、勝手に使えるわ。暗視の魔法に至っては勝手に発動しているぐらいだし」

「ほう……」

 そしてもう一つの考えが合っているかどうかを確かめるべく放った質問によって、シェルナーシュはその考えが答えに近い物だと判断する。

 と同時に、それが答えであるならば、自分は魔法の真理へと一歩近づいたとシェルナーシュは感じていた。


「何か分かったのかしら?」

「ああ、多少は分かった。分かったが故に話せんな」

「なによそれ」

「ふふふ、一つ確かなのは、貴様をこんなところに閉じ込めている『闇の刃』の連中は真性の愚か者だと言う事だ」

「今更な話ね」

「ああ、今更な話だ。だがこれで一つの決心がついた」

「?」

「小生も自分の意思でもって貴様の望みを叶えてやる。そうすれば小生が見たいものを、エーネミとセントールの二都市を滅ぼしたいと言った貴様は見せてくれるだろうからな」

「ふうん、まあ、ソフィアと一緒に私の望みを叶えてくれると言うのなら、私からそれ以上に言う事はないわ。改めてよろしく頼むわね。シェルナーシュ」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。フローライト」

 暗い室内にフローライトとシェルナーシュの笑い声が響き渡る。

 それは、マダレム・エーネミとマダレム・セントールと言う二都市の終わりがまた一歩近づいた瞬間でもあった。


「た、ただいまー」

 そして、二人の話が終わってからしばらく経った頃。

 気絶したソフィアを背負ったトーコが、部屋の中に戻ってきたのだった。

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