第71話「堕落都市-1」
「さて、まずは地理を把握しないとね」
「だね」
翌朝。
私とトーコの二人はアブレアの案内の下、フローライトが閉じ込められている屋敷から脱出すると、『闇の刃』の魔法使いがマダレム・エーネミの都市内で身に着けている衣装を多少アレンジしたものを着て、マダレム・エーネミの市街へと繰り出していた。
なお、アレンジの内容は適当なボロ布を顔に巻き付ける事によって、顔を隠すと言うものと、ハルバードに布を巻き付けて杖のように見せると言うものである。
うん、顔や武器を見られたら色々と面倒な事態が起きる事は想像に難くないし、妥当な対策だろう。
「じゃ、大通りの方に向かいましょうか」
ちなみにシェルナーシュはフローライトと一緒にお留守番である。
フローライトと暗い密室で二人きりだなんて羨ましい。
本当に羨ましい。
シェルナーシュじゃないと出来ない作業が有ったから譲ったけれど、出来る事ならシェルナーシュと私の役目を代わりたかった。
ま、私の役目も私以外には出来ない仕事なのだから、諦めて私の事前計画とフローライトの指示通り、まずは現状のマダレム・エーネミについて調べることとしよう。
「よう、調子はどうだい?」
「ははっ、まあボチボチってところでさぁ」
「この辺りは普通の街みたいだね」
「見た目上はそうみたいね」
さて、マダレム・エーネミの構造だが、門は街の四方にあり、その門から真っ直ぐに伸びる道が大通りである。
で、この大通りだが、ざっと見た限りでは多くのヒトが行き交い、活発に商売を行っている様に見える。
それこそ他の都市国家と同じようにだ。
「見た目上は?」
「よく見てみなさいな」
「それで例のブツは?」
「ありますよ。どうぞどうぞ」
「ようっ、今月の金は用意できたか?」
「え、ええ、こちらに」
だがしかし、そうして行き交う人々の表情としている事をよく観察してみれば、この都市の異常性が見えてくる。
とある店では『闇の刃』の魔法使いと思しき男が店主にお金を渡して、それと引き換えに怪し気な薬品を受け取っているし、また別の店ではあくどい笑みを浮かべた『闇の刃』の魔法使いが、店主から何かしらの硬貨が入った袋を受け取っている。
「おう、テメエ誰に断ってここで物を売ってんだ?」
「バルトーロ様だよ。ああん?文句でもあんのか?」
「バルトーロ?あんなクズ……」
「よう、ギギラスの狗が何の用だ?」
そして、ある店では店主と『闇の刃』の魔法使いが何か揉めており……今別の魔法使いが割って入ってきた。
「どういう事?ソフィアん」
「この都市では『闇の刃』の庇護下に居なければ、マトモに商売をする事も出来ないの。いえ、それどころか……」
トーコが何が問題なんだと言う顔をしているので、私は軽く説明をしてあげる。
実のところを言えば、『闇の刃』と各店が癒着していること自体は問題ない。
問題は彼らが『闇の刃』との繋がりを持たない店、繋がりを無碍にするような行いをした店に対して行っている事の内容。
つまりは……
「ぺっ、舐めた真似をしてんじゃねえよ」
「あっ……ぐっ……」
「ひでぇ……」
「おい、口を噤んでおけ」
「いいか、明日までにしっかりと揃えておくんだぞ。これが最後の警告だ」
「すみませんすみませんすみません」
暴力と脅迫。
場合によっては殺人に誘拐、監禁、拷問、強盗その他諸々だ。
「おらぁ!何見てんだテメエら!見世物じゃねえぞ!!」
「「ひぃ!?」」
「命すら危うい事になるのよ」
「なにそれ意味わかんない……」
正直私もトーコと同意見である。
誰が何処で聞き耳を立ているか分かったものでは無いので、口には出さないが。
「こんな事をしていて都市が回るの?と言うか衛視はどうしているの?」
「都市については表面上は回っているように見えるけど、実情はかなりヤバいわね。他の都市や村から財貨を奪わないと駄目なんだから。衛視については完全に『闇の刃』の味方になっているから、問題が起きれば『闇の刃』に反抗したヒトの方を捕まえるでしょうね」
「もう本当に訳が分かんないよ……」
余りにも酷い状況に、トーコが若干涙目になっている。
だがこれでもここは表通りだ。
他の都市のヒトの目も多少はある関係で、まだマシな状態になっている。
「言っておくけど、一本裏の通りに入ればもっと酷い事になっているわよ」
「……」
私たちは適当なわき道に足を向け、大通りから外れる。
「見てみなさいな」
「ヒドイ……」
そこに広がっていたのは生気のない顔を浮かべたヒトがまばらに行き交い、陰鬱な空気を撒き散らす姿。
いや、それだけならばまだいい。
建物の影には飢えによってくぼんだ瞳をこちらへと向けてくる子供が居るし、建物の間の細い通りには何者かによって強姦され、気絶した所でその場に捨てられたであろう女性が転がっている。
朝から酒に酔っている浮浪者の姿も少なくないし、酒よりもヤバい何かを使っている男が建物に背を預けた状態でブツブツと意味不明な言葉を呟いている姿もある。
そして多くのヒトは、私たちに対して強い警戒心と恐怖心を抱いている視線を一瞬だけ向け、すぐさま視線を逸らすようにしていた。
そう、私たちの目の前には、『闇の刃』が作り上げたこの世の終わりのような光景の一端と評しても問題の無いような光景が広がっていたのだ。
「ねぇ、ソフィアん。どうしてこの都市のヒトたちはこんな状態で居られるの?こんなの妖魔の側から見ても、ヒトの側から見てもおかしいに決まっているじゃない」
「さあ?私にも連中の考えは理解できないわ。と言うか、理解したくもない」
トーコは私の服の袖をつかむと、周りのヒトに顔が見られないように俯く。
「さ、行きましょう。トーコ。貴女が何を考えているのかは分からないけれど、今やるべき事は一つよ」
「うん、分かってる」
そして私たちは更に濃く暗い気配が漂ってくる方に向けて、足を進め始めた。
04/17誤字訂正