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第70話「マダレム・エーネミ-9」

「ちょっ!?ソフィアん何言っちゃてるの!?その子『闇の刃』の首領を名乗っているんだよ!?それなのに『闇の刃』を滅ぼしに来たって言っちゃうとか何考えてるの!?」

「そうね。トーコって子の言うとおりだと思うわ。真実か否かはともかく、目の前の相手が治めている組織を滅ぼしに来ただなんて、マトモな神経をしているなら間違っても口には出さないわよ」

「ソフィア。事と次第によっては小生はここで貴様との縁を切らせてもらうぞ」

 私の言葉にトーコは慌てふためき、フローライトは怪訝そうな表情を浮かべ、シェルナーシュは嫌悪の感情を込めた声を上げる。

 うん、予想通りの反応と言えば予想通りの反応だ。

 私だって、何の考えも無しに同じような事を口走るヒトに遭遇したら、呆れるか、頬を引き攣らせるかはするだろう。

 が、二人とも安心して欲しい。

 ちゃんと考えあっての事である。


「心配しなくても大丈夫よ。もしもフローライトが実務上でも『闇の刃』の首領であるなら、とっくの昔にこの部屋は『闇の刃』の魔法使いで溢れかえっているし、そもそもフローライトにこんな無骨な首輪が付いている筈がないもの」

「あら」

「へ?」

「む……」

 と言うわけで、私は自分の首を数度指で叩きながら、大丈夫だと思った根拠を述べる。


「おまけに侍女であるはずのアブレアはフローライト以外のヒトの指示でもってこの部屋を訪れていたようだしね。つまり、フローライトが本当に『闇の刃』の首領であっても、その権力は奪われていると考えていいわ」

「ふうん。でも、だからと言って、さっきの発言をしても大丈夫って事にはならないわよ?」

「大丈夫よ。だってフローライトなら、私が滅ぼしたい『闇の刃』と言うのが、さっき自分がクソ爺と呼んだ相手によって治められている『闇の刃』である事ぐらいは分かるもの。なら、私たちを放置して、今の『闇の刃』を破壊するか、引っ掻き回してくれた方が良いと思うはずよ」

「初対面の相手に対してよくそんな事を言えるわね……違ってたらどうするのよ」

「その時は私の首が飛ぶだけ。掛け金としては妥当な所よ」

「ふふ、大した度胸ね」

 フローライトは半ば呆れつつも、私の言葉に笑顔で応えてくる。

 うん、どうやら危機は脱したらしい。

 ちなみに、私が滅ぼしたい『闇の刃』にフローライトが含まれていないとフローライト自身が判断できるのは、フローライトがこの部屋の外に出る事が出来ず、一般の魔法使いたちには自分の存在自体碌に知られていない事を理解しているからだ。

 と言うか、フローライトの存在が知られているなら、絶対に誰かが担ぎ上げているはずである。

 仮に名目上だけであっても、自分が所属している組織の首領なのだし。

 で、私がこんな情報を知っているのは『闇の刃』の魔法使いを既に二人ほど丸呑みにして、フローライトの事を知らないと言う記憶を奪い取っているからである。


「でもそうね。ソフィアの言うとおり、私は『闇の刃』の首領であっても、権力は何も持っていない小娘。十年前にクソ爺たちによって殺された先代インダーク……『闇の刃』の首領だった父親の跡を継いだだけに過ぎないわ」

 フローライトは自嘲気味にそう言う。

 ああうん、そんな悲しそうな表情はしないでほしい。

 折角可愛い顔をしているのだし。

 ああ後、インダークって何かと思ったら、称号みたいなものだったのね。


「けどそれも今日で終わりよ」

「と言うと?」

「ソフィア。貴方たちは普段傭兵か何かに扮して、ヒトの中に紛れ込んでいるんじゃないかしら?」

「ええその通りよ」

 フローライトの言葉に私は素直に答える。

 そして、それと同時に笑顔も浮かべる。

 フローライトが私たちに何を望んでいるのかを理解したがために。


「それならソフィア、シェルナーシュ、トーコ。貴方たち三人を雇わせてもらうわ」

「「!?」」

「ふふっ……」

 ああやっぱり。

 シェルナーシュとトーコは驚いているが、私としては予想通りと言う他ない。

 でもそれならだ。


「傭兵として、幾つか質問をさせてもらうわ。私たちを雇う目的は?」

 傭兵のソフィアとして、きちんと交渉させてもらうとしよう。


「『闇の刃』を滅ぼす……いえ、出来る事ならマダレム・エーネミとマダレム・セントールも滅ぼしたいわ。どちらも私から父と母を奪った憎い相手だもの」

「ふうん、なら報酬は?」

「私の財産と言える物は、この部屋にある物とアブレアぐらいね。だから、その範囲内にあるものなら貴方たちの自由にしてくれていいわ」

「ふうん……」

 私は部屋の中を一通り見回す。

 この部屋の中で私が欲しいもの……うん、一つだけあるか。


「いいでしょう。私はフローライト……貴女に雇われてあげるわ」

「ソフィアん!?」

「ソフィア!?」

「ありがとうソフィア。それで貴方が求める報酬は?」

 私はフローライトに近づきながら言葉を紡ぐ。


「私は貴女自身が報酬として欲しいわね。こうしている今も貴女の事を食べたくて仕方がないもの」

 そして、フローライトの頬に手を当て、顔を近づけ、そう言い放つ。

 対するフローライトの返事は?


「良いでしょう。事が終わった後なら、私の事はどうしても構わないわ。それこそ、生きたまま食べたっていいわ」

「ありがとう。なら契約成立ね」

 了承だった。

 ああ素晴らしいわ。

 ネリー程ではないとはいえ、それでもこんなに美味しそう子を食べられるなんて……素敵過ぎて、これだけで百人のヒトを相手にしても勝てそうな気がするわ。

 気がするだけだから、実際にはやらないけれど。


「それでシェルナーシュとトーコはどうするの?」

 と、ここでフローライトが私の背後に居る二人に声をかける。

 そしてフローライトの依頼に対する二人の返事は……


「んー……依頼は受けてもいいけど、報酬はちょっと考えさせて。今はまだ思いつかないし」

「いいだろう。依頼は受けてやる。が、小生は前払いとして、この部屋にある本を。それから『闇の刃』の拠点を落とした際には連中が所有していた本も貰うぞ」

「ふふっ、交渉成立ね」

 私程乗り気では無さそうだったが、フローライトの依頼を受けると言うものだった。

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