<< 前へ次へ >>  更新
7/322

第7話「妖魔ソフィア-6」

「身長や歩き方からして、村長、ヘイロートさん、ユースタスさん……かな?」

 夜。

 私は山の中からタケマッソ村の様子を窺っていた。

 普通のヒトの目ならば何も見えなくとも、生物の放つ熱を見れる私なら、屋外の何処に誰が居て、何をしているかぐらいは分かるからだ。


「うーん、村長は二人に何かを手渡した。そして、その何かを受け取った二人はそれぞれ自分の家へと帰っていった……」

 勿論、屋内の何処に誰が居るかや、何を話しているのかといった事は分からない。

 なので、分かるのは村長の家でタケマッソ村の男たちが何かしらの話し合いが行われ、その話し合いに結論が出て解散。

 その後、ヘイロートさんとユースタスさんの二人だけが村長に呼び止められて、何かを渡された。


「受け取ったのは……何だろう……」

 今日の集まりが私に対抗するための何かであることは間違いない。

 となれば、ヘイロートさんとユースタスさんが受け取った何かもそれ関連と見るべきだ。

 そして、二人だけが呼び止められたと言う事は、その二人は他の面々とは別行動を取ると考えていいはず。

 では、別行動をして何をするのか?


「ヘイロートさんもユースタスさんも優秀な狩人で戦士。他の村にも顔が利く……」

 私はヘイロートさんとユースタスさんについて思い出す……ああいや、少女の方のソフィアから記憶を引っ張ってくる。

 二人は優秀な狩人で、アムプル山脈の険しい山道でも普通に動ける上に、熊や狼ぐらいだったら難なく蹴散らせた。

 そして、豚の妖魔(オーク)ぐらいなら、勝つ事は出来なくとも、深手を負うことなく逃げ切る事ぐらいは出来る。

 当然、これだけ優秀なヒトなのだから、他の村のヒトにも顔が利くし、顔が利くのだから二人がする話も信用されやすい。


「うん、受け取ったのは私の人相書きか何かで、二人は他の村へ私の存在を伝えに行く。そんな所かな」

 それだけの人間をわざわざ別に動かすのだから、他の村への使者と言うのが、やはり妥当な所だろう。


「ならチャンスだね」

 そしてだ。

 あの二人が別行動と言うのは、私にとっては大きなチャンスが存在している事を意味している。


「明日の村の行動は、恐らく山狩りをして私を仕留めようと言うグループ。村を守るグループ。他の村へ情報を伝えるグループに分かれて行動するはず」

 私は改めて、頭の中で状況を整理し、明日どうするべきかを考える。


「ヘイロートさんとユースタスさんを食べる事は出来ない。絶対に逃げられる」

 まず他の村に私の情報が伝わる事については、素直に諦める。

 私一人ではどう足掻いても二人を同時に仕留める事は出来ないからだ。

 と言うか、下手をすると返り討ちに遭いかねない。


「山狩りのグループを襲うのも無し」

 山狩りのグループを襲う事も出来ない。

 彼らは既に私の情報を持っているし、今日のようにバラけたりもしないだろうから、不意を衝いて一人か二人仕留めた所で、袋叩きにされるのが目に見えている。

 まず間違いなく村長の息子さんが指揮を執っているだろうから、多少の事で混乱するとも思えないし。


「でもそれなら村は……」

 私は改めてタケマッソ村の様子を観察する。

 タケマッソ村は今、複数の篝火を焚いて、交代で男たちが周囲を警戒している。

 そして、この状況は明日以降も変わりないだろう。

 見かけ上は。


「手薄になるよね」

 私は知っている。

 確かにタケマッソ村には、協力すれば妖魔にも抵抗できるだけの人材が揃っている。

 が、その中核に成り得る人材は決まっている事を。

 そして、その中核に成り得る人物は明日の朝以降、ほぼ全員が村の外に出るであろう事もだ。


「村は収穫作業の途中」

 情報は他にも有る。

 現在村は秋の収穫作業中で、男たちが私に対応する以上は、女子供が収穫作業を行うしかない。

 この作業の手を止めてしまえば、村は冬を越せなくなってしまうからだ。


「隙は幾らでもある」

 収穫するのは麦。

 故に、収穫される前の麦が生えた畑に身を伏せれば私の姿を隠す事は出来るし、収穫された麦が運ばれる専用の納屋の中にも、私が隠れるためのスペースは幾らでもある。

 そして、収穫作業の忙しさを考えれば、途中で誰かの姿が見えなくなっても、気にする余裕が無いであろうと言う事もだ。


「ふふふ、ちょっと楽しくなってきた」

 勿論、村を直接襲う以上、侵入から脱出まで私は見つかってはいけない。

 見つかれば、数の暴力でもって抑え込まれてしまうのは間違いないからだ。

 そして、村を直接襲った以上、明後日以降の私への攻撃がより苛烈な物になる事も目に見えている。

 なので、明日村を襲い、無事に脱出したならば、そのまま私の事も少女の方のソフィアの事も知らない場所まで移動する事も確定。

 と同時に、その移動の為に必要な物……妖魔であることを隠すための衣服や、何かと便利な路銀と言った物も明日一緒に回収しておくべきなのも間違いない。

 うん、私の味方が、私一人しかいない事が地味に響いてる。


「よし、移動開始」

 いずれにしても、狙うものは決まった。

 となれば、後は行動あるのみだ。

麦と言ってますが、麦と言う名の別の何かでしょうね。

山間部で作れていますし。

<< 前へ次へ >>目次  更新