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第69話「マダレム・エーネミ-8」

「さて、無事に開いたわね」

 私は破壊された壁の向こう側にある部屋へと踏み込む。

 部屋の中は深い深い闇が広がっているが……まあ、私には関係ない。

 部屋全体に高級そうな敷物が敷かれている事も、天蓋付きの高級そうなベッドが置かれている事も、質の良さそうな壺や大量の書物が収められた本棚が部屋の隅に置かれている事も私の目ははっきりと捉えている。


「そうね。見事な大穴だわ」

 勿論、ベッドの上で佇んでいる少女の姿もだ。


「それで……」

 私は少女を観察する。

 少女はこの闇の中でもはっきりと私の姿を捉えており、こんな場所にいる為なのか肉付きは良くないが、長く綺麗な髪をベッドの下まで伸ばし、背筋も真っ直ぐに伸び、その全身は生命力に満ち溢れており、見る者全てを魅了するような美しさを有している。

 ただ、身に着けている薄手の粗末なローブはともかくとして、そんな少女の美しさを大きく損ねる要素が一点だけある。


「貴方たちは何者なの?地下水路の壁を壊して、この部屋に踏み込むだなんて普通の妖魔には思いつかない事だと思うのだけど」

 それは少女の首に付けられた金属製の輪と、輪から壁の一点へと伸びる鎖だ。

 ああ本当に勿体無い。

 こんな不躾な物を、ネリー程ではないけれどこんなに美味しそうな子に付けるだなんて。

 それにしても……


「こういう状況なら叫び声を上げるのが普通のヒトだと私は思うのだけれど」

「だって私は普通じゃないもの」

「まあ……そうみたいね」

 この状況で叫び声を上げる事も無く、私を普通の妖魔でないと見極め、しかもまだ地下水路に居るトーコとシェルナーシュの存在を知覚するだなんて、どうやら目の前の少女は相当特別な存在であるらしい。

 いやまあ、こんな場所で首輪に繋がれている時点で普通じゃないのは確実なわけだけど。


「それで貴方は何者なの?」

「私はソフィア。蛇の妖魔(ラミア)よ。で、後ろに居るのが蛞蝓の妖魔であるシェルナーシュと、蛙の妖魔であるトーコよ」

「っつ!?」

「ソフィアん!?」

 とりあえず名乗りぐらいはしておこう。

 この場で彼女の機嫌を損ねるのはよろしくなさそうだ。

 背後でシェルナーシュとトーコが分かりやすく動揺しているが……こちらは後ろの二人に私が掌を向ける事によって、部屋の中に入らないように動きを制しておく。


「で、私たちに名乗らせた以上は、貴女も名乗ってくれるのよね」

「ええ、勿論」

 私の問いに少女は鷹揚に頷く。

 うん、この動作だけでも、少女に襲い掛かりたくなってしまうぐらいに魅力が満ち溢れている。

 尤も、ネリーと出会った私ならば何の問題も無く耐えられるが。

 トーコとシェルナーシュは……むしろ怯えているかもしれない。


「私の名前はフローライト・インダーク。魔法使いの流派の一つ『闇の刃』の首領よ」

「「!?」」

「へぇ……」

 少女……フローライトは見る者全てを魅了するような微笑みを浮かべつつ、私に対してそう名乗る。


「お嬢様!何が有り……」

黒帯(ブラックラップ)

「っつ!?」

「で、今慌てて部屋の中に踏み込んできたのが、私の世話をしてくれている侍女のアブレアよ」

 そして、暗い部屋の中にランタン一つ持って入ってきた侍女の口を黒い帯状の何かでもって塞ぎつつ、フローライトはその侍女の名前も教えてくれる。


「むぐっむぐうっ」

「アブレア。悪いけれど、まずは静かにしてくれる?」

「シェルナーシュ、トーコ。貴方たちも部屋の中に入ってきなさいな。灯りが来たから貴方たちも大丈夫でしょう?」

「う、うん……」

「……」

 フローライトの言葉に従ってアブレアが黙ったところで、フローライトの放った黒い帯状の何かが闇の中に消え去る。

 それに合わせて、トーコが恐る恐る、シェルナーシュが不機嫌そうに部屋の中へと入って来て、妖魔本来の服の機能でもって濡れた服を乾かす。


「アブレア。クソ爺どもはなんて?」

「ケホッ……様子を見て来て、何が有ったか報告しろと言っていました」

「その時の様子は?」

「酷く慌てると同時に怯えてもいました」

「クスクス、それはとても愉快な事ね。ああ、報告は私が夢見が悪くて癇癪を起こしたとでも言っておいて」

「彼女たちの事は報告しなくてよろしいのですね」

「ええ、しないでおいて。私にとってはその方が都合が良さそうだから」

「分かりました。では、報告に行って参ります」

「ああそれと、後で壁を修復するための資材を持って来て。結構な大穴が開いちゃったから」

「はい。それでは失礼させていただきます」

 フローライトの指示を受け終ったアブレアが、一度私の方に視線を向けてから、ランタンを置いて部屋の外へと出ていく。

 うん、当然と言えば当然だが、アブレアは私たちの事を警戒しているらしい。

 フローライトの世話をしていると言うから少々不安だったのだが、これでちょっと安心出来る。


「さて、無視をして悪かったわね。ソフィア」

「私たちの事を匿ってくれるんでしょう。なら文句は言えないわ」

 なにせ、今の言葉でフローライトに異常な点……妖魔である私たちを匿うと言う点が加わってしまったわけだし。


「それでソフィア。わざわざ地下水路なんて場所から、この部屋に入って来た理由は何なのかしら?」

「この部屋に入ってしまったのはただの偶然だけれど、この都市に来た理由は単純よ」

「どんな理由?」

 まあ彼女がどれだけ異常な存在であっても、この場でやるべき事は単純だ。


「『闇の刃』を滅ぼしにきたの」

 そう、彼女を籠絡し、私たちの味方とする事だ。


「「!?」」

「へぇ……」

 そして彼女……フローライトは、私の背後で絶句する二人を尻目に、今までで一番いい笑顔を浮かべて見せた。

やっと今章のヒロイン登場ですよ

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