第65話「マダレム・エーネミ-4」
「さて、ようやく着いたわね」
マダレム・シーヤを旅立ってから数日後の夜。
私たちはようやく目的の場所近くにまでやって来ていた。
「やっぱり広い河だねぇ」
「そうだな。これを渡るのは大変そうだ」
目の前に流れる大きな河は、アムプル山脈から流れ出て、マダレム・エーネミ、マダレム・セントールの両都市の傍を流れる河で、その名をベノマー河と言う。
ああいや、エーネミとセントールの傍を流れると言うか、その二都市がベノマー河に沿うように作られたと言う方が正しいか。
なお、河の表面上は水が流れているのかも分からない程に緩やかな流れだが、表層のすぐ下からはそれなりに流れは速くなっている。
まあ、泳ぐのに支障がない程度には水温もあるし、河の生物や妖魔を気にする必要のない私たちなら、手持ちの荷物と川辺の衛視たちにだけ注意すれば、問題なく渡れるだろう。
「で、向こう岸にはマダレム・エーネミがある。と」
で、そんなベノマー河の向こう岸にはマダレム・エーネミが灯り一つ灯さず、静かに聳え立っている。
勿論、これは普通の都市国家では有り得ないが、マダレム・エーネミに限って言えば、これは決しておかしなことではない。
「普通の衛視にも暗視の魔法を使っているみたいだね」
「こうして組織的に使われているのを見ると、暗視の魔法の厄介さが良く分かるわね」
「灯りの有無で敵の位置や探索範囲を探る事が出来ないわけだしな」
そう、暗視の魔法だ。
『闇の刃』の魔法使いが、マダレム・エーネミの四方を囲む城壁の上で警備をしている衛視たちに暗視の魔法をかける事によって、灯りを灯す必要が無くなっているから、灯りが一切灯っていないのだ。
正直、暗視の魔法の効果時間や魔石の加工、衛視一人一人に魔法をかける手間などを考えたら、普通に松明を灯すのよりも面倒な気がしなくともないのだが、こうして都市全体のレベルで運用されているのを見ると、やはり暗視の魔法は脅威と言う他ない。
うん、絶対に潰すべきだ。
「それで、どうやって忍び込むつもりだ?」
「そうねぇ……」
さて、暗視の魔法への感想はここまでにしておくとして、マダレム・エーネミの構造や警備状況について目を向けてみるとしよう。
「んー……」
まずマダレム・エーネミの四方は、ベノマー河の氾濫に備えてなのか多少の盛り土をされていて、その上に高い城壁が築かれている。
で、この距離からでは正確な数や装備は分からないが、城壁の上では複数のヒトが動いているのが私の目には見えている。
城壁の材質は石で、厚みも十分にあることから、私たち三人だけではどうやっても破れないだろうし、門についても他の場所より多くの衛視が割かれているため、強行突破と言うのは難しいだろう。
それで、河の行き来に用いられるのか、河沿いの城壁に造られた門からは桟橋が幾つも伸びており、桟橋には大小様々な船が泊められている。
「とりあえず今日の所は様子を見ておきましょう。情報が足りなさすぎるわ」
「分かった」
「了解っと」
総評すると、やはり夜陰に乗じて侵入することは難しい。
そう言う他ない構造と警備状況だった。
と言うわけで、私が持っている情報が、マダレム・シーヤの拠点にそれなりに長い間滞在していた『闇の刃』の魔法使いのものであるという事もあるので、今夜の内に河を渡って潜入する事は諦める事にした。
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で、翌日。
「さて、動き出したわね」
「そのようだな」
私たちはベノマー河近くの森の中に身を潜め、マダレム・エーネミの方から馬車を乗せた船がこちら側に複数やってくるのを見ていた。
今日の目的は?
都市内部に潜入するための情報収集だ。
と言うわけで、マダレム・エーネミから出てきたヒトを狙い、私が生きたまま丸呑みにする事によって、情報を奪い取る。
そのために、私たちは待っていた。
手ごろな人数の護衛を付けたヒトの集団を。
「あの馬車が良いんじゃない?」
「護衛役三人に御者が一人か」
「いえ、馬車の中にもう一人居るわ。たぶん、『闇の刃』の魔法使いね」
やがて、こちら側の川岸に着いた馬車たちは、それぞれの目的に従って方々に向かい始める。
そして、そんな馬車の中から、私たちは一つの馬車に目を付ける。
「「「……」」」
その馬車は東の方へと向かっていく馬車で、護衛の傭兵と思しきヒトが外に三人、馬を操る御者が一人、それに熱源しか確認できないが、馬車の中に杖を持っている魔法使いらしきヒトが一人居た。
うん、まず間違いなく馬車の中に居るのは『闇の刃』の魔法使いだ。
「魔法使いを動けなくして、食べるわ」
「分かった。じゃあ、他のは私とシエルんでやっちゃうね」
「そうだな。そうするとしよう」
都市内部の情報を一番多く持っているであろうヒトは?
当然、『闇の刃』の魔法使いだろう。
と言うわけで、私はそちらに専念し、他の四人はトーコとシェルナーシュに任せる。
「それじゃ……」
方針も決まったところで、私たちは音も無く木の上を移動していき、馬車の上を取れるような位置へと眼下のヒトに気づかれる事無く辿り着く。
「いきましょうか」
「うん」
「分かった」
そして私たちは、眼下の馬車と護衛たちへと襲い掛かった。