第64話「マダレム・エーネミ-3」
「御馳走様でした」
「さて……」
さて、これで計画の概要については話し終わった。
と言うわけで、今まで無視していた事柄について意識を向けるとしよう。
「トーコ。貴女は一体どこからその鍋を……」
「ん?何?ソフィアん」
私はトーコの方を向き、トーコに料理の為に取り出した調理用具を何処から出したのかを尋ねようとする。
が、私の目の前で、包丁やまな板と言った調理用具と、小型の器にスプーンと言った食器類を入れた鉄製の鍋が跡形もなく消え去る。
「「……」」
「いや、だからどうしたの?ソフィアん。それにシエルんも」
確かにそこに有ったはずの物が、前触れも無く消え去る。
そんな有り得ない光景に、私もシェルナーシュも絶句する他なかった。
「……。トーコ。本気で尋ねるわ。今、貴女は鍋を何処にどうやって消したのかしら?」
私は自分の頬が若干ヒク付いている事を感じながらも、出来る限り平静を保ち続ける様に努力をしつつ、トーコに尋ねるべき質問を言う。
「んー……何処って言われても……よく分からないかな?」
だが、そんな私の質問に対して、トーコは多少悩んだ様子は見せたが、明確な答えは返してくれなかった。
いや、と言うかよく分からないって……よく分からないって……。
「そんな顔されても分からないものは分からないんだって、アタシも感覚的に使っているだけなんだし」
そう言うとトーコは腕を一振りする。
すると、ただそれだけの動作で、トーコの目の前に先程消えたばかりの鍋とその中身が現れる。
うーん、うーん、これはもしかしなくてもそう言う事なのかしら?
「魔法……なのかしらね?」
「まあ、一番有り得るのはそれだろうなぁ……もしくは、そう言う能力だ」
「そうなるわよねぇ」
どうやら私と同じ結論にシェルナーシュも至ったらしい。
まあ、実際問題として、目の前のそれはトーコの魔法もしくは能力と考えておくのが一番妥当と言うか、納得がいくと思う。
しかし、そうなると……うん、幾つかトーコに聞いておくべき事が有る。
「トーコ。貴女自身の認識として、それは魔法?それとも能力?」
「んー、能力かな。アタシは魔法って言うものの使い方が良く分からないし。たぶんだけど、ソフィアんが獲物を丸呑み出来るのと同じじゃないかな?」
「なるほど」
まずトーコ自身の認識は能力と。
で、トーコの指摘で気づいたが、確かに私が獲物を丸呑みに出来るのも、この能力に似ていると言われれば似ているかもしれない。
なにせトーコの能力のようなものが無ければ、普通のヒトと同じ体格である私が、自分と同じ大きさの物を呑み込めるわけがないのだから。
「まあ私は呑み込むだけで、取り出す事なんて出来ないけどね」
「そう言えばそうだね」
ただ相違点もある。
トーコは出し入れが自由であるようだが、私は呑み込むだけだ。
いやまあ、吐けば出せるのかもしれないが、そんな真似はしたくない。
「じゃあ次。どれぐらいの物を入れられるの?」
「んー、この鍋に入る物ぐらいかな。あ、でも生物は無理だよ」
「なるほど」
入る物は生物を除いた、鍋に入るサイズの物だけ……か。
鍋のサイズがトーコの顔よりちょっと大きいサイズなので、それほど多くの物は入らないと見た方がいいかな。
それでも表だって持ち運ぶわけにはいかない物品を、バレる心配をせずに自由に持ち運べると言うのは、色々と便利だろう。
「ん?これは……トーコ。この能力は生まれつきの物か?」
「んー、どうだったかな?ちょっと覚えていないかも」
「では、鍋や食器の類は何処で手に入れた?」
「鍋は一人で旅をしている頃に、襲ったヒトがたまたま持っていたの。食器類も色んな家でヒトを食べるついでに手に入れた感じかな?」
「なるほど」
と、ここで鍋をじっくりと観察しているシェルナーシュが質問を挟んでくる。
ふむ?鍋や食器類の出元が何故気になるのだろうか?
「恐らくこの鍋もソフィアのハルバードと一緒だな」
「は?」
「どういう事?」
トーコの鍋が私のハルバードと同じ?
一体どういう事だろうか。
「見てみろ。鍋の裏側にソフィアのハルバードに刻まれているのと同じ紋章がうっすらと入っている」
「あ、本当だ」
「確かに……って、トーコ。貴女、自分の物なのに気づいてなかったの?」
「うん、知らなかった。と言うか、こんな薄いの気付かないって」
「まあ小生も気付いたのは偶々だがな」
シェルナーシュに促されて、トーコの鍋の裏側を見た私は、そこに確かに私のハルバードに刻まれている紋章……六脚、六翼、六角の細長い生物を描いたような紋章が刻まれているのを確認する。
「だがこれで自由に出し入れできるのはトーコの能力では無く、この鍋自体の性質の可能性も出てきたな。いやまあ、その性質を扱えるのはトーコだけなら、結局はトーコの能力なのかもしれないが」
「そうなの?」
「ああ、ソフィアのハルバードも常識外に頑丈だからな。あの強度はどう考えてもただの金属製の武器では有り得ない」
「あー、確かに私のハルバードは異常に頑丈ではあるわね」
自由に出し入れできる鍋に、絶対に壊れないハルバード。
確かにどちらも普通では有り得ない物か。
でも鍋にもハルバードにも魔石らしき物が使われている気配はない。
うん、本当に不思議で有り得ない。
で、その二つには同じ紋章が刻まれている。
それはつまり、この二つの道具の作者は同じか、近しい存在と言う事になるが……。
「で、結局はどういう事なの?」
「こういう謎の物品を作れるヒトがいると言う事だな。現状それ以上の情報は出しようがない」
結局、ヒトの側に謎の技術の保有者が居ると言う事が分かっただけか。
「まあ今後、同じ紋章が刻まれている物品を見かけたら回収しておくべきだろうな。それもまた妙な力を持っている可能性もある」
「それはそうでしょうね」
「りょうかーい」
ま、それが分かっただけでも、まだマシか。
今はそう思っておくほかない。
「ブツブツ(しかし、虚空……いや、謎の空間に物品を収納する技術か……今後の事を考えれば、小生もどうにかして使えるようになっておくべきだな。となると……)」
なお、シェルナーシュはトーコの鍋から妙な影響を受けたらしく、その日から暇を見ては何かに悩んでいる様子を見せ始めた。
出し入れ自由な鍋。ただそれだけです。