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第60話「三竦み-16」

「へへへ、目標の二人以外は俺たちの自由にしていいか」

「くくく、たまんねえなぁ……」

「ひひひ、今から楽しみで仕方がないぜ」

 暗い夜道を灯りもつけずに進んでいく男たちは、小声でそんな事を話しつつも、慣れた様子で周囲に自分たち以外のヒトが居ないかを探り、もしも誰かに見られたら、その人物を即座に消せるように自分の得物に手をかけていた。

 そんな彼ら……ただの傭兵崩れに夜の闇を恐れる様子が無いのは、今の彼らの目には周囲の光景が昼間とさほど変わらないように見えているからだろう。

 うん、彼らの様子だけ見ても、暗視の魔法の厄介さが良く分かる。


「どれだけの稼ぎになるかねぇ……」

「あれだけの大きさの宿だ。たっぷり溜め込んでいるはずだぜぇ」

「金も、酒も、肉もなぁ……ぎひひひひ」

 ただ彼らは気付いていないのだろう。

 自分たちがただの捨て駒でしかないと言う事実に、この襲撃を成功させて生き延びても、自分たちを雇った二人の魔法使いによって殺される運命にあると言う事に。

 更に言えば、『クランカの宿』の一階ではマスターが雇った傭兵たちが酒宴に見せかけて、準備万端で備えていると言う事実にも。


「魔法使いは宿の表から来る気は無さそうね」

「うん、たぶんだけど、宿の一階にヒトが居る事に気づいてる」

 対する魔法使いたちの様子は実に落ち着いたものだ。

 今は歩くのを止め、建物の陰から宿の様子を窺っているが、視線の動きからして目標である私とシェルナーシュが居るはずの部屋も把握しているようだし、マスターの備えにも気づいている節がある。

 尤も、頭上で観察をしている私たちに気づいた様子が無い点からして、探知の為の魔法を持っているのではなく、単純に昼間調べた情報から推測しているだけであろうが。


「それじゃあそろそろ……」

「行こうか」

 いずれにしても、彼らが襲撃を実行に移せば騒ぎになる。

 と言うわけで、早いところ仕留めてしまう事にしよう。


「ふっ」

「とうっ!」

 私とトーコは潜んでいた屋根の上から、宙へとその身を躍らせる。


「お前たち、そりゃ……!?」

「あぴゃ!?」

 そして、落下先に居た二人……私は男たちを諌めようとした魔法使いを頭頂から真っ直ぐにハルバードで刺し貫き、トーコは男の一人の頸部に一本のナイフを深々と突き刺して仕留める。


「なっ……に……ぎゃ……」

 私はハルバードを手放すと、即座に隣に居た魔法使いの首筋に噛みついて、麻痺毒を注入。

 全身の筋肉を弛緩させることによって、自分の意思では身体を動かせなくさせる。


「てっ……」

「だれっ……」

「お前はっ……」

「やっ!」

「「「!?」」」

 と同時に、トーコが水平方向に跳躍。

 すれ違いざまに進行方向上に居た三人の男の首筋をもう一本のナイフで切りつけると、男たちの首からは揃って血が噴水のように噴き上がり、全員がその場で倒れ込む。


「助けて……ぎゃ!?」

「ば、化け物だ……あがっ!?」

 そして残り二人の男の内、片方は身体を反転するついでにトーコが振るったナイフによって喉を切り裂かれて絶命。

 もう一人の男は私が全力……より少し弱めの威力で首を蹴り飛ばす事によって仕留める。


「あ……ぐ……」

 そしてこの場は麻痺毒によって動けなくなっている魔法使いの小さな呻き声が聞き取れるほどの静寂に包まれた。

 よし、無事に騒がれる事無く仕留める事に成功した。


「それじゃあトーコ」

「分かっているって、私はシェルナーシュへのお土産とお金を回収しておけばいいんでしょ」

「ええそうよ」

 とは言え、何時この場に巡回の衛視たちがやって来るかは分からない。

 と言うわけで、後の処理は手早くやってしまうに限るだろう。

 私はトーコが殺した男たちの懐から金目の物を回収しているのを横目に確認しつつ、麻痺毒を注入した魔法使いの身ぐるみを剥いでいく。

 で、腹の中で暴れる手段が無い事を確認した所で丸呑みにする。

 するが……


「うげぇ……クソ不味いわね。歳が多少いっている事と男だってことを差し引いても不味いわ」

 吐き気を催しそうになる程度には私が食べた魔法使いは不味かった。

 それこそ、今まで食べたヒトの中で最も不味いと評しても問題はない程に不味かった。

 記憶を奪うと言う目的が無ければ、二度と食べたくない程に不味かった。

 あー、口直しに可愛い女の子でも食べたい。


「そんなに不味かったの?」

「汚物を下水で煮詰めて毒草で彩った料理って感じね」

「うげえ……そんなの料理なんて呼ばないでよ」

 私の表現に、金目の物を一通り奪い、男たちの身体のパーツの一部を血が漏れないように加工した袋に入れたトーコが凄く嫌そうな表情をする。

 ただ、トーコ。

 たぶんだけど、貴女が思っている数倍は不味いからね。

 嫌いな相手にすら味わせたいと思えないような味だから、これ以上詳しくは言わないけど。


「でもまあ、『闇の刃』関係の記憶はきちんと揃っているわ」

「良かったねーソフィアん」

「本当よ」

 ただ幸いな事に、目的である記憶についてはきちんと奪い取る事が出来ていた。

 うん、『闇の刃』がどういう組織であるのか、使う魔法、構成員、修行方法、マダレム・エーネミだけでなく、マダレム・セントールとマダレム・シーヤにある拠点の位置まではっきりとしていて、分からないのは魔石の加工方法ぐらいだ。

 これなら十分すぎる成果と言えるだろう。


「それじゃあ逃げようか」

「そうね。そうしましょうか」

 私たちはその場から立ち去る。

 そして、微かな物音に気付いたのか、単純に巡回のルート上だったのかは分からないが、衛視たちが男たちの死体を発見し、大声を上げる頃には、私とトーコはシェルナーシュが待つ部屋に誰にも気づかれる事無く帰還していた。

食事中の皆様申し訳ありませんでした(今更)


04/05誤字訂正

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