第59話「三竦み-15」
「さて、いい感じの月夜ね」
夜、私とトーコはシェルナーシュを部屋に残すと、本来の服装に着替えた上でこっそりと『クランカの宿』の屋根上に上がっていた。
「適度に雲が出ていて、視界が悪いから良い天気なの?」
「ええそうよ」
ちなみに私本来の服装を見たトーコの第一声は『ソフィアんの胸が縮んだ!?』だった。
着替えるところを見せなかったとはいえ、正直突っ込みどころが違うだろうと私もシェルナーシュも思った。
思ったが……面白いので、敢えて突っ込まずにおき、普段は本来の服を入れて誤魔化していたと素直に言っておく。
トーコの頭の緩さは今に始まった事じゃないし。
「やっぱり月が出ているとそれだけ明るくはなるのよ。だから、松明と魔法、どちらをヒトが頼っているにしても、月が無い方が私たちにとっては有利なのよ」
「まあ、それはそうだよね」
なお、トーコの方はヒトの服の下に本来の服を身に着けていたので、昼の内に買い与えておいた複数の武器を持てるように多少調整すれば、それで準備は終わりだった。
うん、簡単に服を着替えられると言うのは実に楽そうだ。
「で、やっぱり多いね」
さて、トーコの事はこれぐらいにしておくとして、そろそろ周囲の状況を正確に把握しておくとしよう。
「まあ、私とシェルナーシュが狙われているのは明確だもの。マトモな為政者なら密な警備を置いておくし、マスターだって対策をしないわけにはいかないわよ」
現在『クランカの宿』の周囲には複数の明かりが灯っており、それらの明かりは数個の明かりを一塊として、塊ごとにゆっくりと少しずつ移動を続けている。
そして、『クランカの宿』の一階部分にも灯りが灯っており、マスターが雇った複数人の傭兵が詰めている。
彼らの目的は言うまでもない。
私とシェルナーシュの二人を狙っている『闇の刃』を捕える為だ。
つまり……
「そんな事してくれなくていいのに」
「諦めなさい。彼らはどちらかと言えば善意で動いているんだから」
『闇の刃』についての情報を得たい私たちにとってはただの邪魔者である。
しかも邪魔者だからと言って無闇に殺すのもどうかと思わせるヒトたちである。
なお、シェルナーシュが部屋に留まっているのは、身体能力の問題もあるが、それ以上に彼らが何かしらの用事でもって私たちの部屋を訪ねた際に誤魔化してもらうためでもある。
以前キノクレオさんから私が貰った紙で文字の練習をすると言っていたから、今晩はずっと起きているつもりだろうしね。
「まあいいわ。『闇の刃』も彼らに見つからないように動いてくれているだろうし、彼らを逆利用させてもらう事にしましょう」
さて、それで肝心の『闇の刃』の連中だが……居た。
細い路地の中を数人の男が灯りも付けずに、周囲を警戒しながら歩いている。
「あれがそうなの?」
「ええ、そうでしょうね」
数は……八人か。
ちょっと多いかもしれない。
「でも、どう見ても魔法使いじゃなくて野盗の格好をしているヒトが居るんだけど」
「傭兵崩れを雇ったんでしょうね。私たちを浚うついでに『クランカの宿』にある金目の物を奪うつもりなら、それを報酬に引き込めるでしょうし」
「夜目については?」
「暗視の魔法が自分以外にも掛けられる魔法なら、何の問題も無いわ」
「なるほど」
見た目から判断する限りでは、傭兵崩れが六人に魔法使いが二人か。
尤も、傭兵崩れに偽装した魔法使いと言う可能性も捨てきれず、見た目がみすぼらしくても油断は出来ないと言うのが本当の所だけど。
なにせアスクレオさんがそうだったように、杖のような分かり易い物に魔石を填め込まず、指輪や短剣の柄と言ったように、一件そうとは分からない所に魔石を仕込んで、相手の不意を衝くように魔法を使うヒトだっているわけだし。
「それでトーコ。分かっているわよね」
さて、相手の姿を確認できたところで、しっかりと今回の行動の目標を確認しておくとしよう。
「分かってる分かってる。最低でも魔法使いを一人は生け捕りにして、ソフィアんが丸呑みにするんでしょう」
「ええそうよ。そうすれば、幾らかの記憶を奪う事が出来るわ」
今回の目的は私たちにちょっかいをかけてくる『闇の刃』を始末する事。
それと同時に、『闇の刃』に関する各種情報を奪う事である。
勿論、誰にも私たちの仕業だと知られないように……だ。
「うーん、良い能力だなぁ。アタシも相手を丸呑みに出来るような口が欲しかった」
で、その為に相手を生きたまま丸呑みにする事によって、記憶を奪えると言う私の能力を使う。
この能力を用いれば、食べた相手の状態や地位にもよるが、少なくない量の情報を得られるだろう。
そしてその中には当然、『闇の刃』やマダレム・エーネミの実情や拠点、使う魔法についての情報も含まれているはずである。
これらの情報が判明すれば……『闇の刃』を潰すために必要な手も見えてくるはずである。
「こればかりは変わり者の妖魔の欠点としか言う他ないわね」
「だねー」
なお、蛙の妖魔と言う獲物の丸呑みが出来そうな種族であるにも関わらず、トーコが得物を丸呑みに出来ないのは、ヒトに近い外見の分だけ、口の構造もヒトに近いからである。
もしかしたら、トーコがヒトを調理して食べるのは、その辺りの事情もあるのかもしれない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「うん」
さて、『闇の刃』の連中は『クランカの宿』を襲うために、ノコノコとこちらへと近づいてきている。
が、宿が襲われれば騒ぎになり、私が『闇の刃』の魔法使いを丸呑みにする機会も失われるだろう。
だから私たちは、彼らが『クランカの宿』に近づきすぎる前に始末を付ける必要が有る。
「静かな祭りを始めましょう」
そして私たちは屋根の上を移動し始めた。
トーコは気づいていません