第57話「三竦み-13」
「ふうん、蛙ねぇ……」
「蛙か……」
「うっ……」
少女改めトーコの名乗りに私は目を細め、見つめる。
するとトーコは一瞬身を強張らせ、凄く嫌そうな顔を私の方へと向ける。
だがまあそれも当然の事だろう。
「蛙って意外とおいしいのよね」
「ひいっ!?」
蛇が蛞蝓を苦手とするように、蛙も蛇を苦手とするのだ。
その苦手さはただ食べられてしまうからと言うレベルでは済まず、今そうなっている様に睨み付けるだけで身を強張らせ、動けなくなってしまうほどである。
「シ、シエルん!ソフィアんが凄く怖いんだけど!?何とかして!?お願い!」
「いや、いきなりそんな事言われても、小生も困るんだが……」
「冗談よ冗談。そもそも妖魔は死んだら魔石になるんだから、食べられないじゃない」
「そ、そうだけど……」
ちなみに蛞蝓は蛇には強いが、蛙には弱い。
これは普通に食べられてしまうだけでなく、蛞蝓ではどう足掻いても蛙からは逃げられないからだろう。
うん、見事な三竦みが成立している。
「それはそれとして、今のソフィアんてのは?後シエルんてのも」
「へ?普通に二人の愛称だけど?」
「ふうん……」
で、トーコだけど、やはり少々頭が緩いと言うか、ヒトの常識のようなものが欠けているのかもしれない。
なにせ愛称だと言うのなら、私の場合はソフィーかソフィが妥当であるし、シェルナーシュの場合はシエルだろう。
少なくとも妙な「ん」は付かない。
まあ敢えて気にしないでおくか。
「じゃあついでにもう一つ。なんであんな事件を貴女は起こしたの?」
「事件?」
「一昨日の夜の話よ。あれは貴女の仕業でしょう?」
「あー、あれか」
トーコの何の話だと言う顔に、私の頭の中では一瞬もう一匹私たちと同じレベルの妖魔が居るのかとか、もしくは流れの魔法使いが犯人だったのか、と嫌な考えが色々とよぎるが、直後に何かを思い出したようなトーコの表情に私はほっとする。
うん、本当に良かった。
これで例の事件の犯人がまた別人だったら、この上なく面倒な事になっているところだった。
冗談抜きに良かった……。
「で、事件を起こした理由は?」
「あれはね。血抜きを試してみたかったの」
「血抜き?」
で、トーコが事件を起こした理由だが……私には少々理解しがたい理由だった。
と言うのも、トーコは以前ほどよく焼けたヒトの肉と言うものを偶然口にする機会が有ったそうだ。
で、その時に食べた肉の味に感動。
どうにかしてもう一度同じぐらいに美味しいお肉を食べられないかと考え、色々と試してみる事にしたらしい。
そして、そうやって色々と試す過程で、ヒトの行う料理と言う技術を知り、そのヒトの技術に従えば美味しく肉の調理をする前には、下処理として血抜きと言う行為が必要になることを知ったそうだ。
でまあ、その結果が一昨日の事件であったらしい。
「血抜き一つでそんなに変わる物なのか」
「んー……個人的には食べられればそれでいいと私は思っているからなぁ……ヒト相手だと基本丸呑みだし」
ちなみに私は小型の動物相手の血抜きなら出来るが、ヒトを含めた大型の生物の血抜きとなると流石にやり方は分からない。
更に言えば、私の食べ方は蛇らしく相手を丸呑みにする方法なので、血抜きと言うものをそもそも必要としないと言うか、血抜きをした方がたぶん美味しくなくなる。
「それにしても……」
「ん?」
ただまあ、あの事件を起こした動機以上に私がドン引きするのは……。
「それでね。それでね。この前食べた適切に血抜きをしたお肉に塩を振って程よく焼いたお肉なんて、一口口に含んだだけで……」
「よくもまあ、周りの事が見えなくなる程に、一つの事に熱心になれるわよねぇ……」
その事を語るトーコの様子だった。
何と言うか、恋する乙女としか評しようのない嬉々とした様子でもって、自分が今までに食べたヒトが作った料理と、ヒトで作ってみた料理について語るのだ。
いやもう本当にね。
適当な料理を店主に造らせてから、その店主も同じように調理して食うとか、趣味が悪いにも程が有るでしょうが。
「……。貴様がそれを言うのか」
「ん?どういう事?」
「いや、何でもない」
と、シェルナーシュが凄く不満そうな顔で私の方を見ているが、一体どういう事だろうか?
私にはそんな目で見られる覚えなどないのだが。
「それよりもだ。ソフィア、貴様はこれからどうするつもりだ?」
「そうねぇ……」
とりあえずシェルナーシュが話題を変えたので、私も素直にそれに従う事とする。
「とりあえず現状では特に特別な目標は無いのよねぇ……やるべきことはあるけど。まあ、その目標を見つけたら、そっちを最優先ね。トーコは?」
「アタシはもっと料理の技術を磨きたいかな。まだまだ学ぶべき事が沢山あるみたいだし。シエルんは?」
「小生は魔法について知りたいな。昨日の連中との攻防だけでも、世の中には小生が知らない魔法が数限りなくある事は確信できたし、小生としては一つでも多くの魔法を使いこなし、ゆくゆくはその深奥に到達したいと思っている。ふふふ、たった一つの魔法だけで千のヒトを薙ぎ払い、天候を変え、大地を揺らすことなどが出来れば実に……」
が、うん。駄目だ。
「うわぁ……」
「思わぬところで本性を見た気分ね」
方向性は違うが、シェルナーシュもトーコと同じだ。
これと決めた一つの事柄に対しては、周りが見えなくなるぐらい全力投球だ。
「でも、こうなると、私ってばとても健全ね。ネリーを食べる為に街一つ落としたし、今でも時々思い出してはエクスタシーを感じているけど、これは妖魔として普通の事だもの」
「えっ、なにそれ怖い」
「そんな普通があって堪るか」
と言うわけで、私が一番マトモだと言おうとしたら……なんか二人から理解できないと言う表情をされた。
ああうん、まあ、別に理解されなくてもいいわ。
ネリーの可愛さ、美味しさは私だけが知っていればいいんだし。
「それよりも、二人がこれからしたい事がそう言う事なら、私から一つ提案が有るわ」
「何?」
「何だ?」
とりあえずこの話題についてはこの辺りにしておこう。
今私が話すべき事はただ一つ。
「魔法使いの流派、『闇の刃』を潰しましょう」
全員の希望を叶えられる提案とその理由についてだ。
サブカ「ふぐおぅ!?突然腹が痛くなってきたぞ!?」