第56話「三竦み-12」
「おはよう。マスター」
「おはようと言うより、こんにちはと言うべき時間帯だがな」
次の日。
私は昼前に目を覚ますと、身なりを整え、『クランカの宿』の一階に降りる。
「仕方がないでしょう。昨日は夜の巡回を仕事にしていたんだから」
「おまけに『闇の刃』と例の事件の犯人に遭遇だったか。まあ、疲れるのも当然か」
「個人的には戦闘よりも、その後の取り調べの方が面倒だったけどね……」
「まあ、命が有っただけマシだったと思うこったな」
で、マスターに愚痴を吐きつつ、私はカウンター席の一つに腰掛けると、その場で項垂れ、カウンターの上にだらりと体を伸ばす。
うん、本当に昨日は大変だった。
基本的に事実しか話していないけど、それでもバレたら何かと拙い事柄が私には有ったし。
それでも、取り調べをしたマダレム・シーヤ側の衛視が良い人だったから、乗り切れたけど。
なにせ、魔法を使っているとしか思えない筋力で戦っている以上、その辺りについて無理やり口を割らせると言う展開もあり得たわけだし。
私の見た目上、妙な事を考えない阿呆が居ないとも限らないし。
そうなったら妖魔だと言う事がバレないようにするためにも、大暴れする他なかったし。
うん、本当に無事に乗り切れてよかった。
「ま、そう思っておくわ。と言うわけで、適当に朝ごはんよろしくー」
「朝じゃなくてもう昼だけどな」
「どっちでもいいわー」
「もう一人の分は用意しておくか?」
「んー、シェルナーシュはもう少し寝ていると言っていたから、用意しなくていいと思う」
「そうか」
さて、昨日の事はそれぐらいにしておくとして、とりあえずは今日の朝食と言う名の昼食を摂るとしよう。
と言うわけで、私はマスターが用意してくれた食事をゆっくりと食べ始める。
うん、昼に備えて作られたであろう焼き立てのパンが美味しい。
「それで、今晩はまた巡回に入るのか?」
「モグモグ、それは分からないわね。今日これからの予定の結果次第の面もあるもの。そうでなくとも、色々とやらないと拙そうな事柄も出来ているし、場合によっては宿を出る事も考えないと拙いのよねぇ……」
「宿を出る……ねぇ。『闇の刃』関係か?」
「そう言う事。ま、その辺りは日暮れ前までにシェルナーシュと相談した上で決めるわ」
「荒事になりそうだったら、素直に衛視を呼んでおけよ。傭兵連中も追加報酬目当てに集まるだろうしな」
「そうね。考えておくわ。御馳走様でしたっと」
で、無事に食事は食べ終わる。
それで今日の予定は……例の少女との会合、昨日遭遇した『闇の刃』対策、後は今後の行動方針について考える……かな。
例の少女については会ってみて、協力体制を結べないのなら始末しないといけないし、協力体制を結べるのなら何故あんな事件を起こしたのかを訊かないといけない。
『闇の刃』については、昨日の昼から私とシェルナーシュの二人を見張っていた以上、上へ報告していないと言う事は考えづらいし、『クランカの宿』も把握しているだろうから、彼らが諦めたと判断出来るまでは何かしらの対策が必要だろう。
今後の行動方針については……ちょっと考えている事が有る。
正直に言って、あまり気乗りはしないのだけど。
「お、いらっしゃい」
「ん?」
と、ここで宿の中に一人の少女が入ってくる。
背は私より低く、髪は黒で短く切り揃えられており、目は赤い。
服装は頭にベレー帽を被っているが、他の部分については普通のヒトが身に着けているような服だ。
「何にす……」
「マスター。彼女は私の客よ。ごめんなさいね」
で、その顔は……昨日の夜に遭遇した例の少女のものであり、多少不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「……。人の店を待ち合わせ場所に使うなら、事前に教えておいてくれ」
「ごめんなさいね。本当に来るか分からなかったから」
私は席から立ち上がるとマスターに多少のお金を渡す。
そして、少女に手と視線だけでついてくるように指示をする。
「分かった」
そうして私と少女は、シェルナーシュが今も寝ている部屋へと向かった。
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「ふわっ……ソフィアに……昨日の奴か」
「ええそうよ。さ、早く入って」
「うん」
部屋の中では眠たそうにしているシェルナーシュが干し肉を齧っていた。
どうやらまだ頭が覚め切っていないらしい。
まあ、それは別にいい。
私は少女を部屋の中に招き入れると、部屋の扉をしっかりと閉め、部屋の周囲に隠れているヒトが居ないかや、宿の外からこちらを窺っているヒトが居ないかを調べる。
で、十分に調べて、安全が確保できたところで、私は適当な場所に腰掛ける。
「さて、まずは自己紹介と行きましょうか。私はソフィア。蛇の妖魔よ」
「小生はシェルナーシュ。蛞蝓の妖魔だ」
私とシェルナーシュは少女に対してそう言い、反応を窺う。
「ふーん……」
うーん、私に対してはどうにも嫌そうな顔を向けているが、シェルナーシュに対しては特にそう言う表情はしていない。
ふうむ?
これはもしかしなくてもそう言う事かもしれない。
「それで貴女は?」
私が一つの予想を立てつつ、少女に自己紹介をするように促す。
「アタシ?アタシはトーコ。蛙の妖魔だよ」
そして少女が名乗ったのは、私の予想通りと言ってもいいものだった。
三竦み揃いました