前へ次へ
55/322

第55話「三竦み-11」

「以上が報告となります」

「ご苦労。もう下がっていいぞ」

「はっ!」

 夜明け前。

 マダレム・シーヤ中心部に存在する塔の近くに、その建物は有り、建物の中には壮年の男性が数人居た。


「まさか初日からとはな……」

「まったくだ」

 ここはマダレム・シーヤ統治の中心、庁舎であり、彼らは各部署の責任者であった。

 そして、彼らが直面している事態の深刻さを表すように、時間が時間であるにも関わらず、彼らの表情には一分の気の緩みもない。


「まあまずは状況を整理しよう」

「そうだな」

 彼らはお互いに頷き合うと、先程一人の衛視が持ってきた資料に目を通し、報告を頭の中で反芻し始める。


「まず、衛視二名……チャールとデルート。傭兵四名……ラグタッタ、シーヴォウ、ソフィア、シェルナーシュが街の南西部で不審な五人組に遭遇。戦闘になった」

「戦闘はこちら側の優位に進み、このまま行けば五人組の内二人は捕えられたであろう。と、報告にはあるな」

「が、その際中に例の事件の犯人と思しき女性が現れ、傭兵ラグタッタと傭兵シーヴォウの二名を殺害。捕えようとしていた男二人も殺された」

「その後、女性は他の隊が近づいてくる事に勘付いてか、行方をくらませた。か。概要はこれだけだな」

「「「ううむ……」」」

 衛視が挙げてきた報告に、男性たちは思わずと言った様子で唸り声を上げる。

 何故彼らはそのような声を上げたのか。

 それは、挙げられてきた報告の中に、幾つもの見過ごすわけには行かない情報が含まれていたからだ。


「とりあえず、不審な五人組についてはマダレム・エーネミに存在する魔法使いの流派『闇の刃』の構成員として見ていいだろう」

「だろうな。本人たちがそう口を滑らしているし、闇円盤の魔法も灯り喰いの魔法も、奴らが使う物だ」

「服装や装備品についても、過去に捕えた連中と類似点が見られるな」

「なによりも、夜の闇の中でも昼間とまるで変わりなく、しかも組織だって活動出来るのは奴らぐらいだ。間違いないと見ていいだろう」

「目的については……まあ、報告書通り傭兵ソフィアと傭兵シェルナーシュの魔法技術だろう。新たな魔法技術と言うのは、どこの組織にとっても喉から手が出るほどに欲しいはずだ」

 まず一つ目の情報。

 ソフィアたちが遭遇した不審な五人組については、彼らの知識から直ぐに結論が出た。

 実際、『闇の刃』がマダレム・エーネミと協力する形で、各地の魔法使いの流派から魔法の技術を得ようとしていると言う情報は、彼らの耳にも届いていたし、その情報を裏付けるような動きも彼らはそれぞれの手管でもって察していた。


「推定だが、傭兵ソフィアは身体強化の魔法。傭兵シェルナーシュは隠密性に優れる攻撃魔法か」

「具体的にどうやって傭兵シェルナーシュが相手の命を奪ったかはまだ分かっていないが、衛視二人の報告によれば、何かを飛ばしたような様子はなかったそうだ」

「死んだ男の身体にも目立った傷は無し……か。どういう魔法か分からないと言うのは恐ろしいな」

「魔法の詳細については……まあ、当然と言えば当然か。誰にも教える気はないらしい」

「しかしそれでも万が一に備えて対策は考えねばな」

「それは彼らに任せればいいだろう。我々は魔法使いではない」

「それもそうか」

 二つ目の情報はソフィアとシェルナーシュが使った魔法について。

 特にシェルナーシュが使った魔法は、彼らの関心を大きく買っていた。

 が、ソフィアとシェルナーシュの二人にとっては幸いな事に、彼らには二人の保有する魔法について無理矢理聞き出すつもりはなかった。

 それは彼らの流儀に反すると言う事もあったが、ソフィアとシェルナーシュの二人、引いては彼女らの背後に存在するであろう魔法使いの組織の怒りに触れ、今後有り得るかもしれないその組織との協力の可能性の芽を潰したり、無闇な争いを引き起こさない為でもあった。

 実際にはそんな組織は存在しないので、彼らの心配は杞憂だったのだが。

 尤も、ソフィアたちの魔法は妖魔として感覚的に行使している魔法なので、教えようと思っても、他人に使い方を教えられるようなものでは無かったりするのだが。


「残る問題は……例の事件の犯人と思しき女性とやらか。どう思う?」

「今日の事件だけを見れば、『闇の刃』の始末人……任務を失敗したものを処罰するための人員とも思えるが……」

「まあ、『闇の刃』とは関係ないだろうな。夜目については魔法無しでも何とかなるかもしれないが、地面から建物の屋上まで、素の脚力だけで一足飛びに飛べるような人は居ない」

「ああそう言えば、身体強化魔法を連中は持っていなかったな。その点だけでも奴らと関わりが無いことは確定か」

「派手に戦っている点からして、傭兵ソフィアたちと繋がっていて、自演をしたと言うのも考えづらいな」

「となると残る問題はコイツの背後に何処の流派が居るかだが……」

「マダレム・セントールの『獣の牙』は有り得るか?身体強化魔法は奴らの十八番だろう」

「いや、それだと先日の事件を何故起こしたのかと言う話になってしまう」

「ふうむ……逆に誰も付いていないかもしれんな。あんな事件を起こすような輩だ。誰も背後に付きたいとは思わないだろう」

「つまりは流れの魔法使いか。それも確かにありそうではあるな」

「いずれにしても、犯人を捕まえてみなければ、正体を掴む事は出来なさそうだな。あまりにも候補が多すぎる」

「そうだな。まずはどうにかして捕まえる事。それが先決だ」

「同意する」

「では、その方針で行くとしよう」

「そうだな」

 三つ目の情報はソフィアが戦った少女の情報。

 ただこちらについてはあまりにも情報が少なかった。

 そのため、男たちは話を先送りにする以外に選択肢はなかった。

 真実はもっと恐ろしい物であったにも関わらず。

彼らも無能ではない。無能ではないが……

前へ次へ目次