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第52話「三竦み-8」

「戦果は隣人トラブルの解決が一件。と」

 陽が落ちてから、私たちは担当地区を一通り見て回った。

 で、見回りの中で家が隣同士の住人が起こしたトラブルを発見したため、私とラグタッタさんが掴み合いをしていた男たちを抑え、チャールさんとデルートさんの二人が仲裁に入り、トラブルを解決した。

 以上が、一回目の見回りの戦果である。


「ま、大した事件が起きてなくて良かった。と言う所じゃないのか?」

「そうそう、ただの殴り合いを止めるだけで追加報酬なんだ。美味しいと思っておけよ」

「ははは、まあ、傭兵の皆様にとってはそうでしょうね」

 そして今は休憩中。

 大通りで松明を中心に談笑をしている。

 うん、初日から例の事件の犯人に接触できるとは思っていなかったし、あの程度で追加報酬がもらえるのなら、シーヴォウさんの言うとおり、美味しいと思っておくのが妥当な所ではあるだろう。


「それで、見回りは後二回と言う所か?」

「そうですね。時間的にはそれぐらいだと思います」

 さて、正確な時刻は分からないが、今は夜が三分の一ぐらい終わったところである。

 なので、一回目の見回りと同じペースで見回りをするのであれば、後二回見回りを行う事になる。


「後二回かぁ……例の事件の犯人に遭遇する事は有り得ると思う?」

 私の質問にラグタッタさんたちが松明の明かりに照らされた悩ましげな顔を見せる。


「遭遇するか否かという話なら、どちらでも有り得ると思う」

「そうですね。出会うかどうかだけなら、今ここで突然襲われる事だって有り得るでしょう」

「あんな猟奇的な殺し方をする奴だしな。何を考えているかだなんて誰にも分からねえよ」

 シェルナーシュの答えはさて置いて、チャールさんとシーヴォウさんの言葉はその通りだろう。

 実際、例の事件の犯人がどういう性格なのかはまだ誰も分からないのだから。


「ただまあ、あー……依頼主には悪いと思うが、出来れば遭遇したくないと思う所ではあるな」

「今の話は聞かなかった事にしておきます。私も出会いたくないと思う事については同感ですから」

 で、ラグタッタさんとデルートさんの答えは……まあ、分からなくもない。


「……。あら、そんなこと言ってもいいの?例の事件の犯人を捕まえれば、報酬はたっぷりよ」

 分からなくもないが……私の後ろに居る連中の為にも、敢えて突っ込んでおく。

 多少苛立ったかのように、ハルバードの柄で地面を二度叩き、穂先を私の後ろに向けると言う動作と、動作に見合わない笑顔を加えてだが。


「……。命あっての物種。だろ。傭兵業ってのはそう言うものだ」

「……。そうだな。遭遇してしまったのなら戦うしかないが、出来れば危険とは無縁の方が良い」

「……。確かに。毎日酒と美味い飯を食って、楽しく過ごせるなら、そっちの方が断然いいに決まってる」

「……。それは確かに良い暮らしですねぇ」

「……。ただその暮らしの為にもお金は要るんですよねぇ」

 うん、全員気付いてくれた。

 そして皆の視線がこう言っている。

 何人居るんだ?と。


「はぁ……みんな堅実ねぇ……」

 だから私は背後にいる連中から見えないように、胸の前でまずは指を三本立て、その後指の数を五本にする。


「そりゃあそうだろ。堅実じゃない奴は、自分の身の丈に合わない相手に挑んで死ぬ。それがこの世界だ」

「まぁ、そう言うものよね」

 私の指の数を見たラグタッタさんが、全員に目配せをし、それに対してみんな軽く頷く。


「じゃっ、堅実に行きましょうか」

「そうだな」

「それがいい」

 私たちは全員一斉に立ち上がると、私の背後に向けて全員で得物を構える。


「質問させてもらうわ」

「「「!?」」」

 明かりの届かない闇の中から動揺した様子がラグタッタさんたちに伝わる。

 勿論、明かりなど必要としない私とシェルナーシュの目には、男たちの動揺している姿も、男たちが身に着けている装備品についても、はっきりと捉えている。


「貴方たちはそこで何をしているのかしら?今、マダレム・シーヤでは許可を得ていないものの夜間外出を禁じているのだけど」

 男たちの数は五人。

 闇に紛れる為なのか、全員全身を真っ黒に染め上げており、得物についても炭か何かでもって黒く色づけられている。


「「「……」」」

 返事はない。

 が、想定外の事態にどうしたものかと、男たち自身迷っているらしく、小さく口を動かしているのが見える。

 それにしても男たちが持っている武器……短剣はともかくとして、三人が長柄の杖を持っているのか……この明かりなしでは足元も碌に見えない闇の中で不自由なく行動している様子といい、夜間活動に特化した魔法使いと見るのが適当かもしれない。


「チャールさん。質問だけど、マダレム・シーヤに魔法使いの組織は?」

「あります。が、今回の見回りでは、傭兵や衛視に混ざっている可能性はあっても、ああしてコソコソと活動することはないですし、闇の中で不自由なく活動できる魔法を持つ流派は別の都市に根を張っていると噂で聞いています」

「そもそも、この時点で友好的に出てこようとしない時点で、後ろ暗い何かが有るのは確定事項だろ」

「ま、それはそうよね」

 彼らが相談している間に、一応私たちの方でも彼らが真っ当な組織かを相談し合ってみるが……相談するまでも無かったかもしれない。

 彼らの行動で後ろ暗い事がないと言う方が難しいだろうし。

 勿論、こうして話している間にも、戦いに備えてそれぞれの位置を変えておくことは忘れない。


「シーヤの狗共よ。我々に気づいたことに敬意を表し、多少の妥協をしてやろう。そこの女二人を置いて去れば、残りの連中は見逃しても……」

 そして男たちの中の一人が論外の要求をしたところで……


「シェルナーシュ」

「ん。(アシド)性化(フィケイション)

「ヨガッ!?」

 シェルナーシュの魔法がその男の胸の中で発動した。

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