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第50話「三竦み-6」

「毒か……便利そうだな」

「一度に造れる量は少ないけどね」

 私は左手を握りしめると同時に、消えろと念じる。

 すると焼き菓子の毒は跡形もなく消え去り、部屋の中に漂っていた匂いも消えてなくなる。

 うん、これだけでもこの魔法の便利さが窺えると言うものだ。


「それに、私が使える魔法はこれだけで、後は蛇の妖魔の能力が一部と、純粋な身体能力とハルバードだけなのよ。正直、魔法と知識、武器を除けば、普通の蛇の妖魔(ラミア)以下かもしれないわね」

 尤も、私が他に使える魔法は無いし、焼き菓子の毒も直接戦闘に生かすのは少々難しい魔法だ。

 戦闘に生かすとしたら、ハルバードに塗るか、手を口の中に突っ込んで流し込むぐらいしかないだろう。

 その為、私の戦闘能力は蛇の妖魔としての力と、ハルバード頼みと言う事になる。

 で、その妖魔としての力で何が出来るのかについてもシェルナーシュに詳しく話したところ。


「ふむ。まあ、小生よりはマシかもしれないな」

「と言うと?」

 なんだか羨ましそうに頷かれた。


「小生の方は貴様よりも厳しいぞ」

 そう言うと、シェルナーシュは荷物の中から適当な果物を取り出し、机の上に置く。


「何をする気?」

「まあ、見てみろ。乾燥(ドライ)

 そしてシェルナーシュが机の上に置いた果物に杖を向け、一言呟いた時だった。


「へぇ……」

 果物が乾いていく。

 明らかに自然では有り得ない早さでもってだ。


「これが小生の使える三つの魔法の内の一つ。乾燥だ」

「便利な魔法じゃない」

 やがて机の上に置かれた果物は全ての水分が抜け落ち、しわしわに萎びた姿になる。

 で、手で触ってみれば分かるが、本当にカラカラになっており、相当長く保存できそうになっていた。

 うん、ほぼ間違いなくあの干し肉もこの魔法で作ったものだろう。


「そうだな。通用する相手は限られているし、相手の大きさ次第でかかる時間もかなり変わるが、便利な魔法ではある」

「でしょうね」

 とりあえず私の焼き菓子の毒と違い、直接戦闘に使えるのは大きい。

 それに先程シェルナーシュは三つの魔法と言っていた。

 つまりだ。


「それで他の二つの魔法はどんな魔法なの?」

「それはだな……」

 シェルナーシュには後二つ、何かしらの魔法が有ると言う事になる。

 で、その二つの魔法の内容について聞いた私は……


「へぇ……」

「っつ!?」

 思わずシェルナーシュが飛び退くような笑みを浮かべてしまっていた。

 それほどまでにシェルナーシュの持っている三つの魔法は素晴らしい物だった。

 だがそれだけに気になる事が有る。


「それで、これだけの魔法が使えるのに、どうして私より厳しいなんて言ったの?」

「簡単な話だ」

 先程シェルナーシュはこう言っていた。

 『小生の方は貴様よりも厳しいぞ』と。

 うん、魔法が三種類も使える時点で、どう考えても私より色々と便利だと思うんだけど?なのに厳しい?さて、一体どういう理由かしらね。


「小生の身体能力は普通のヒトと同程度でしかない。それこそ、武器と魔法が無ければ、普通の傭兵や衛視にも勝てないだろう」

「はぁ!?」

 そうしてシェルナーシュが話した理由は、私にとっても流石に予想外と言う他の無い理由だった。

 妖魔なのに身体能力が普通のヒト並って……いったいどうなっているの?


「おまけに小生は蛞蝓の妖魔だが、蛞蝓の妖魔として使える能力と言えば、壁や天井に張り付く事と、唾を多少酸性にするぐらいだ」

「うわぁ……」

 おまけに妖魔としての能力も極々限られたもの……と。

 ああうん、これは確かに厳しいかもしれない。

 いやまあ、蛞蝓の妖魔と言う存在自体殆ど聞いたことが無いから、普通の蛞蝓の妖魔がどう言うものなのかは分からない。

 分からないけど、それでも厳しいと思わずにはいられない能力だった。

 しかしここまで来るとなるとだ。


「つまりシェルナーシュは魔法特化なのね」

「まあそう言う事だろうな」

 シェルナーシュがどういう妖魔なのかが嫌でも分かる。

 そう、シェルナーシュは魔法に特化した妖魔なのだ。

 私が生きる為に必要な量以上のヒトを食べた場合、身体能力が強化されるのと同じように、シェルナーシュも生きる為に必要な量以上にヒトを食べれば、魔法に関係する力が強化される。

 そう考えるべきだろう。


「何と言うかピーキーな能力ね」

「小生自身でもそれは感じている」

 ちなみに、シェルナーシュに聞いたところ、シェルナーシュが今身に着けている魔法使い風の衣装は生まれた時に着ていた服であるらしい。

 杖についてはそこら辺に転がっていた適当な石と木の枝を組み合わせただけの代物であるらしいが。


「それで、先程あれだけの笑みを浮かべていたのだ。ソフィア。貴様は小生の魔法の内容を聞いて、どんな利用法を思いついた?」

 と、ここでシェルナーシュがこんな事を言ってくるが……。


「別に大した利用法は思いついてないわよ。今はそこまで大きな目標も控えていないしね」

「本当にそうか?」

「本当よ。まあでもそうね。ヒト相手に有効的に使う方法なら多少思いついたわ」

「……」

 大きな目標も無い今だと、流石にそこまで特別な何かを思いついたりはしない。

 とりあえず今夜の依頼に備えて、思いついたそれらはシェルナーシュに話しておくこととしたが。

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