第5話「妖魔ソフィア-4」
「はー……これは驚かれる訳だ」
アムプル山脈の山中を流れる清流のほとりにやってきた私は、水面に映る自分の姿を見て、思わずそう漏らしてしまった。
ただ、そうやって漏らしてしまうのも仕方がないだろう。
「うん、そっくりだ」
湖面に映った私の顔は、茶色の長い髪に青い目、白い肌を持っており、目鼻や口のパーツは綺麗に整っている。
それこそ私の顔を見れば百人中九十人ぐらいは美しいと褒めてくれるような顔だ。
だが驚くべき点はその整った顔では無く、私は私の顔を以前に見たことが有ると言う点だった。
「これ、あの子と私は双子だって名乗ったら、たぶん通るね」
そう、私の顔は私が最初に食べた少女の顔と瓜二つだったのだ。
「んー……」
勿論、私と彼女の間には明確な違いも存在している。
傍目から見て一番分かり易いのは……胸かな。
彼女はそれなりの大きさのものを持っていたと認識しているが、私は真っ平らである。
まあ、有っても邪魔なだけなんだけど。
「ついでだし、持ち物とかも改めて整理しようかな。水浴びもしたいし」
私は身体と服に付いた汚れを落とすべく、服を脱ぎ、水浴びを始める。
冬も近いので、少々どころでなく水が冷たいが……まあ、妖魔である私にとって、この程度の寒さは関係ない。
「ふぅ……」
で、水浴びをしつつ、私は改めて自分の身に着けていた物を整理する。
まず上着は膝下まで丈があり、フードも付いているロングのコート。
これは木の肌や山の地面に紛れ込むような色合いをしていて、森の中で私の姿を隠すのに一役買ってくれている。
で、下は何故か膝上までしかないミニのスカート。
……。
何でスカート?
いやまあ、布製だから動きを阻害することはないし、妖魔である私の肌はヒトの肌に比べて強靭だから少々の事では傷つかないから何の問題はないけど……何でスカート?
と言うか、普通はズボンだと思うんだけど……何でスカート?
まあ気にしても仕方がないか。
次に革製と思しきブーツ。
ただ靴底は革とは思えない柔らかくも硬い、不思議な物質で出来ている。
ふうん、どうやらこの靴底のおかげで、山の中を派手に動き回っても、それほど音がしないらしい。
手は……穴あきの手袋で、指の付け根から先を出せる様になっている。
そして、掌の部分には滑り止めのようなものが付いていて、手をついたり、何かを持った時に滑りづらいようになっている。
うん、これも何かと役に立ってそうだ。
最後は私の長い髪をまとめるために使われている金色の環。
蛇が自分の尾を咥えるような姿を取っているそれは、見た目だけで判断するなら純金で出来ているようにも見える。
が、その割には軽いし、硬い気がする。
それにだ。
「この環……何か感じる」
何となくではあるが、この金色の蛇の環からは何かしらの力のような物を感じる。
その力が何なのか、今の私には分からないが、そう易々と捨ててはいけないものだと言う事だけは分かる。
例え、この環が森の中では目立ち、ヒトの目を惹くような代物であってもだ。
「ま、その内分かるよね」
金色の蛇の環が持つ力の正体については、いずれ調べればいい。
私はそう判断して、水で濡れた髪をまとめ、環で束ねて止める。
そして、色々な汚れを落とした衣服を身に着けていく。
ちなみに、妖魔の衣服は半分体の一部なので、汚れは別に落とす必要はあっても、濡れているのを一瞬で乾かすぐらいの事は出来る。
実に便利だ。
「それにしても……」
私は改めて水面に映る自分の姿を見る。
と同時に、先程の水浴び中に確認した、一糸まとわぬ姿の自分の姿も思い出す。
「騙せる……よね」
私の顔は最初に食べた少女そっくりだ。
そして、私の身体の中で、詳しく調べればまた別ではあるが、傍から見て私が妖魔であると一目でばれる様な要素は存在しない。
となればだ。
「服は……着替えて……」
明らかにヒトが使う物とは異なる素材で出来ているコートやブーツを脱ぎ、普通のヒトが着るような衣服を身に纏えば、私がヒトの間に紛れ込む事は不可能ではないかもしれない。
いやまあ、油断しきった状態で屯する大量のヒトを目の前にして私が妖魔としての本能を抑え込めるのかという問題や、最初に食べた少女の事を知っている人間と出くわしたらどうするのだとか、色々と問題は山積みなのだけれども。
「でも……不可能ではない……よね」
でも決して不可能ではないと思う。
「ーーーーー!」
「ん?」
そうして具体的にどうやってヒトの中に紛れ込むかを考え始めた時だった。
こちらに向かって複数のヒトが近づいてくる気配がした。
そして、複数のヒトが発する声もだ。
「と、隠れないと」
私は適当な樹の上に登って身を隠すと、気配の主を確かめる。
「ソフィアアァァ!何処だ!何処に居る!!」
「落ち着けディラン!アレはソフィアじゃない!」
「そうだぞ!ソフィアは人間だ!だがマルトを襲ったアイツの動きは……」
「ああ、どう考えてもヒトの物じゃなかった」
気配の主は、先程私が食べた男と一緒に居た男たちだった。
どうやら、私の事を探しているらしい。
襲ってもいい。襲ってもいいが……
「くっ……だが、ならどうしてソフィアの顔をしていたんだ!」
「それは……」
もう今日は一人食べているし、何となくだけど男よりも女の方が美味しそうな気がするんだよなぁ……。
うん、警戒もされているし、今日の所は放っておこう。
私はそう結論付けて、音もなくその場を後にすることにした。
あ、身に着けているのは本当にこれだけです。
下着なんてありません。
02/09誤字訂正